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レベルアップ

 「そう言えばさ。レベルアップあるかも」

 「え? レベルアップ? 頭も治します?」

 目をまんまるとして、頭のことに本気で心配してきた唯を追い返すと、さっき起きたことを話した。

 すると彼女は、顎に手を添えて下を向く。

 ぶつぶつと聞こえない声で何か言ってると思えば、瞳が真っ直ぐに宗田を捉えた。

 

 「あの……もう一度、魔法で火を出せますか?」

 「火? 大丈夫だけど」

 人差し指を立て、魔法を使う時をイメージする。

 「――イメージは火」

 指先から小さい炎が出現する。それに唯は真剣な眼差しを向けていた。

 最初は我慢していたが、見られていることの圧力に耐えきれなくなり、声をかけようと口を開く。

 

 「神崎さ――」

 言い切る前に、言葉を遮られる。

 「――宗田さん。止まれと念じてください」

 「えっ、あ、わかった。止まれ」

 そう言うとふっと指先から出ていた火が、吸い込まれるように消えた。

 

 「思った通りです。レベルアップはあります。ほぼ確って奴ですね。ちなみに、体調はどうです?」

 「思った通り? 少しだるいなってくらいかな」

 「ふむふむ。宗田さんのために私が教えて差し上げます」

 立ち上がった唯は、腰に手を当て偉そうに解説を始めた。

 「今、時間を数えてたんですが、だいたい以前倒れた時くらいで魔法を止めてもらってます」

 「それってつまり、レベルアップしたから魔力の総量が増えた?」

 「正解。ただ、あくまで宗田さんが気絶したことが、魔力の枯渇が原因とすればですが」

 流石と言いたいが、もしかして違ってた気絶してた?

 

 「俺を人柱にしたな」

 「……てへ。発展には犠牲はつきものですね」

 悪びれた様子は多少あるものの、負に落ちない。

 宗田が冷ややかな眼差しを向けると、唯はぺろりと小さく舌を出す。

 

 「まったく……次は相談してね」

 「はーい」

 反省してるんだか。

 「でもさ、どうして魔法の止め方、分かったの?」

 「えっと、私が宗田さんの傷を治したとき、治って欲しいって願ったんです。もし、魔法が”願いを具現化するもの”だとしたら――」

 「――コントロールできると」

 

 ――とそんな話しをしたのが数時間前。昼間でも薄暗かった部屋は完全に闇が鎮座している。

 「神崎さん、起きてる?」

 宗田は彼女の名前を呼んだ。

 「……よし、寝てるね」

 横になる唯を数秒見つめるが、静かに胸が上下するだけ。

 この気持ちよさそうな寝顔はなんとしても守りたいな。

 なるべく音を出さないように立ち上がると、部屋の入り口へと向かった。

 荷物がごった返す部屋は足の踏み場に困るほど。

 昼間のように転ぶわけには行かないと、慎重に足取りになる。

 

 「ふぅ。バレてないな。死にたくないけど……やらなきゃ」 

 部屋の扉を閉めると、玄関へと向き直る。

 そこには金具が外れかけたドアが、薄暗い闇に沈んでいた。

 隙間からは月明かりが溢れ、宗田を地獄の縁に誘っているように見える。

 

 「唯に、こんなことさせたくない。分かってるけどさ」

 彼女にゾンビは殺させたくない。

 それは甘えだと分かってても、束の間の安らぎを味わってて欲しい。

 

 「だから、ゾンビは俺が――殺す」

 日常と言う最後の理性を捨てることは、宗田にとっては耐えがたい。

 新しい世界の住人になるのは一人で十分。

 その思いが、宗田を突き動かす。

 

 「武器は――これがいいか」

 物入れを漁ると、雪かき用のスコップを見つけた。

 金属でリーチもそれなり。

 大人が本気で叩けば、人間なんて簡単に壊すことができる。

 それを掴むと、無機質な冷たさが手の平から伝わり、もう一度だけ先に進むのかと問いかけてくるような気がした。

 手の平に汗が滲む。

 肺に隙間なく空気を送り込むと、絞るように出した。

 瞼を閉じて呼吸を落ち着かせ、スコップを取り出す。

 

 「――決めたことだから、な」

 玄関を真っ直ぐに見つめると、まだわずかに奴の残り香がある。

 建付けが悪くなったことで、ドアの声がいつもより大きい。

 呼吸が止まる。

 後を振り向いて、部屋の入り口を見つめるが唯が起きる様子はなかった。

 胸を撫で下ろし、月光が広がる世界へと足を踏み出した。

 

 「臭い……」

 月明かりとは正反対の拒絶するような臭いに顔をしかめ、その原因となった死体の元へと向う。

 

 「これ、俺がやったんだよな」

 アパートの下に置き去りになった肉塊に近寄ると、強烈さが増す。

 近づくと、黒い粒が空を舞う。

 一瞬伸ばした手が引っ込むが、拳を握ると再び手を伸ばす。

 蠅の羽音の数が減ると宗田はゾンビの上半身を両手で持ち上げた。

 まるで砂袋を持ち上げているように、力なくしなる体は見ため以上に重たい。

 

 「……よし、他にゾンビは……いないか」

 どうにか引きずってアパートの駐車場に出ると、回りを見渡す。

 近くにゾンビの姿は見えなく、それを処理するため、再び運び始める。


 「この辺で……いいか?」

 二つ隣の民家の庭までどうにかその死体を運んだ。

 それだけで、絞れるくらいの汗をかいた。体も鉛のように重たく、曲げた腰を伸ばすとじんわりした。

 一息つきたいと思い、見回すと民家はただ無言で佇んでいる。

 

 「この家、本当に誰もいないんだよな? 窓割れてるし」

 その先端には血と思しき赤い跡と、服の切れ端のような物がついている。

 「……襲われたのか? でも、どうして破片が外に向かって落ちてる?」

 小さな違和感が脳を通り過ぎた。

 ただ、長居をして見つかるわけにはいかない。

 背中を伝う汗がやけに冷たく感じると、ぶるりと体が震える。

 宗田はすぐにその場を離れることにした。

 「ここから……か」

 スコップを手に、夜の住宅街を彷徨い始めることにした。

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