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「――宗田さんっ!」
沈んでいた意識がゆっくりと浮かび上がると、薄ぼやけた視界に、彼女の顔が見えた。
その表情には陰が差し、触れれば壊れてしまいそうなほど弱く見えた。
視界が次第にクリアになると、ようやく言葉を思いつく。
「……あれ? 俺?」
その言葉が彼女に届くと、熱い息を吐き出し唯の体が離れた。
「急に倒れたから驚きましたよ。しかも、全然起きなくて。もしかしたら……って」
唯が状況を説明すると、気を失った時のことを少しずつ思い出していく。
ゆっくりと上体を起こして、唯に向き直ると声をかけた。
「まさか、こんなことになるなんて。心配かけたね」
彼女が小さく頷きを返してくれる。
「本当に、大丈夫だからさ。言ったでしょ。二人でって」
まだ俯いた彼女を励ますように優しく問いかけると、唯が顔をあげる。
昨日から泣きっぱなしで、充血した彼女の目と重なると、手を取って少し強く握る。
「……はい。ちゃんと二人で、ですね」
少しばかり宗田はこそばゆく身を捩るが、唯の笑った顔を見ることが出来て満足した。
「あの……宗田さん、手が……その」
唯の言葉に慌てて手を引っ込める。
お互いに別々の方向へ顔を逸らすと、甘ったるい部屋の空気に余計に気まずくなった。
しばらく、お互い口を閉じていたが、時間が経つほど気まずさが増していき、腕を擦ってみたり、咳払いしたりと落ち着かない。
痺れを切らしたように唯が話しかけてくれた。
「えーっと、宗田さん……」
「はい、なんでしょう」
思わず変な返答をしてしまった。
「なんでもなくて、その、本当に良かったです」
宗田は目を丸くして「ありがとう」と返すと、ようやく甘い空気が引いていってくれた。
彼女と時間を共にするたびに、どんどん吸い寄せられているような気がする。
その思いだけで、自分が壊れずに済んでいると思うと、唯の存在がかけがえのないものへと変わった気がした。
自分の命なんかよりもっと大切で重い。
それが、今の宗田の心の支えとなっていた。
「そ、そう言えば、なんで倒れたんでしょう?」
耐えきれなくなったのだろうか、唯が唐突に話題を変えてきた。
いつものじゃれ合いは身を潜め、まださっきの余韻を引きずっているようで、彼女の声は上ずっている。
ここで敢えて触れるのはどうかと思い、宗田はそのまま会話を続けることにした。
「あ、これはMP……魔力が切れたって奴じゃないかな? ちょっと代償が大きすぎるけどさ」
「確かにそうですね。使いにくいかもしれないです。今は、体調は大丈夫です?」
「少しだるいけど問題ないかな? 時間経過で回復してるのかも」
なんとか、真面目な会話に舵を切ることができたらしい。
甘酸っぱい空気をもう少し……と名残り惜しくも感じたが、それは後回しにすることにした。
落ち着いたらいくらでもできるんだから、生きることに集中する。
「私も使えるのかな? 試してみよう。――イメージは火よ」
唯の声が揺らしたのはランタンの光と、今ので冷えて寒くなった空気だけだった。
しんと静まり返った空気に耐えれないように、耳元が真っ赤に染まる。
それを見ると、宗田の中の意地悪と言う悪魔が角を生やし始める。
「――ぷぷっ」
あ、口から声が出ちゃったみたい。
その瞬間、唯の黒目が鋭く射抜いてきた。
「嫌い。嫌いすぎます! 大っ嫌いですよっ!」
彼女のいつもの反応に盛大に吹き出した。
自分の魔法を見せてやると言わんばかりに宗田が胸を張ると、適当に思ったことを口にする
「唯もまだまだよの~。――イメージは”コップ一杯の水”」
青い幾何学模様がコップの口に現れると、回転しながら明滅を繰り返した。
そこから湧き出るように水が湧き出て、あっと言う間に中を満たしてしまう。
「え? マジで……できちゃったよ」
どうして?
水の量もちょうど思っていた通にコップにみたされていた。
上手く使えば水問題も解決できるかもしれないが、問題は魔力のほうだろう。
今のだけでも、ごっそり何かが体の中から消えていく感じがした。
火を出し続けてたよりはマシだが、試しに別のをもう一度やってみる。
電気属性はどうだろうか?
「――イメージは”静電気”」
指先から放たれた閃光は唯の瞳を潰すのにちょうど良く光ってくれた。
「――きゃっ! 目が、なくなるー」
両手で目を隠して唯は悶えるように床に転がった。
それを見て面白くなり、もう一度使おうとしたが、頭にピリッとした違和感を覚える。
まるで、それ以上は危険だと本能が警告しているようで、伸ばした腕を下に下げる。
「もう、酷い目に合いましたよ」
悪態を吐きながら唯が起き上がった。
「まさか本当にできるとはね。神崎さんは……残念な結果になったけど」
「まだ、言うなんてイジワル魔王ですね」
文句を言いながら言葉を続ける。
「そう言えば、魔法もそうなんですが、水道とかはどうなんでしょう?」
そう言えば試してなかったと思い、キッチンに向うと蛇口に手を伸ばした。
捻り試したが、乾いた金属音が鳴るだけで、そこからは何も出ることはない。
「……どうしましょう」
「あー、飲み水はしばらく大丈夫。浴槽にも溜めてあるから、トイレの時はそれを使えばいいし、食料もある」
「でも、あまり長く引きこもるわけにはいかなそうですね」
困ったように唯が言う。
この世界を知れば知るほど、追い詰められている気がした。




