【序章2 生贄竜】
序章その2です。
───その竜は宇宙が誕生するより遥か前より在った三体の獣の一体。
宇宙の外・堺・内どこにもない場所、【アレ等】に囚われ脆い檻の中で己の命を全ての宇宙に送り眠る灰色の生贄竜。
狭い檻の中で鎖に繋がれた挙げ句、身も知らない宇宙の為に己の命を送り続ける。
彼の二体の獣から見れば、これ以上無い屈辱的な光景だったろう。
───だが、この竜は違った。
なにせ竜は三体の中で一番正常なまま憎悪と殺意の炎を燃やし続けているのだから………。
竜は態と【アレ等】に囚われ獣の本能を封じたのだ。
そうしたのは正常なまま、嘗て逃してしまった哀れな【■■■■■■■】を殺す為。
【■■■■■■■】が終わったら、次は内で燃やし続けた炎を、自ら封じた本能を解き放って、思うまま【アレ等】を殺し尽くす……それを毎日夢見て竜は眠るのだった───。
……ただ、時々復讐と殺戮以外の夢を視る。
“はじめは歪な檻に覆われた穏やかな灰色の夢
にばんめは赤紫と■■の死と殺戮の夢
さんばんめは赤と碧の約束と決別の夢
よんばんめは黄金と黒の愉悦と憎悪の夢
ごばんめは全ての色が蒼に塗り潰される終りと■の夢
ろくばんめは湖畔色と橙色の譲渡と奪取の夢
さいごはなにもなくなった無色の夢”
ある小さな星、人間という存在として過ごした記憶の夢。
とても短かったが懐かしくて、楽しい、己が穏やかでいられた、死と破壊の呪いの旅の夢。
「………嗚呼、久々ですね。あんなに鮮明な色をした夢を視るのは……」
竜はゆっくりと眼を開ける。
綺麗な蒼い夜空の瞳はなにもない空間をじっと見つめた。
「そうですか。準備が出来たのですね。
───ええ、今度こそ殺します」
誰もいないのに竜はそこに誰かがいるかの様に短く宣言した後、竜は先程視た星の夢を思い出しながら再び眼を閉じた。
* * * * *
─────行かねばならない。
この鎖を引き千切り、檻を破壊し、私の“命”を流す“管”を外し、森を抜け、海を越える。
そして、私の“命”が流れるあの先にいる【■■■■■■■】を殺す・・・・・。
ただ全てを憎み、怨み、殺し、腐らせ、喰らう事で存在を証明しようとする哀れなモノ。
憎まず、怨まず、存在を否定し拒絶した私達が殺し尽くしたモノ。
全て殺したハズだったが・・・・・。
嗚呼、逃れてしまったのか。
何故とは思うまい。
殺し損ねてしまったのならば、殺さねばならない。
私と【■■■■■■■】は《コロスモノ》と《コロサレルモノ》。
それは確定された殺戮。
互いにそれから逃れる事は出来ない“呪い”。
それでも、私はこの身に巣くう“呪い”に従おう。
このくだらない“生贄”の役目を放棄する事も厭わない。
あの先にある数多の“命”がどうなろうとも構わない・・・・・。
だが、嗚呼・・・・・今の私はそれを実行することを躊躇っている。
何故躊躇うのか?それは嫌と言う程分かっている。
分かっているのから、この身を縛る鎖を千切る事も、檻を破る事も出来ない・・・・・・。
だって、あの先には【あの仔等】がいる。
私と同じ“生贄”にならないよう『ここ』から逃がした幼子達─────。
私が役目を放棄すれば、その余波があの先にいる【あの仔等】にも襲い掛かり、諸とも死に絶えるだろう・・・・・。
私には【■■■■■■■】を殺す以外選択肢はない。
だが、今の私の中には【あの仔等】の命という選択肢が存在していた。
不可、不可、不可、不可、不可!
選ぶな!選んではいけない!
アレは存在を許してはいけないモノ。
野放しにすれば───────。
殺すのだ!選ぶことは許されない!
迷うな!今すぐソレ諸ともこの戒めを断ち切れ!!
もう大分永い事動かさなかった身体を僅かに動かす・・・・・。
鎖が檻が僅かに軋む音がする。
“管”がゆらゆらと大きく揺れる。
私はゆっくりと息を吸いながら、力を集束し始め─────・・・・・
「そんなに悩むのなら手伝ってあげようか?
君が逃した【あの仔等】の命を奪う事なく、
君が殺したくてたまらない嘗ての【楽園】を殺す手伝いを。
─────但し、“条件付”だけど、どうする?」
* * * * *
─────そうそう、まずは冒頭の最後に言った【生贄竜】の話をしよう。
何故行きなりそんな話になるのだって?
はぁ・・・やれやれ。《キミ》ちゃんと話聞いていたかい?
言っただろう?【ウーサー】は【愚かな存在】が犯した不始末を殺し尽くす為に『世界』に組み込まれた【生贄竜】だって。
だから黙って聞いてればその内分かるよ。
その竜は灰色の地味な竜なのだけど、瞳だけはとてもキレイな蒼い夜空の色だ。
彼は特別な所にいた。そこは名前は無い。
だから私はそこを単純に『場所』と呼んでいるんだ。
そこは『世界』という概念に属さず、『星』『宙』すら届かない場所。
例外を除き誰にも認識出来ない。
だから、そこは何処にあるのかは分からない。
まぁ、『世界』とは別のモノと思ってくれればいいよ。
その『場所』も『世界』も互いに干渉するどころか、『場所』の方が拒絶しているから情報も殆ど無いに等しい。
でも、今回は特別だからね?『場所』の事を少し教えよう。
その『場所』には『みずのないうみ』と呼ばれる海がある。
特徴は触れれは全て蒸発してしまう極めて危険な海だ。
その海の底を抜けた更に奥には木々の囁きが常に聞こえる『さかさまのもり』など、その他にも凶悪な難所があるけど今回はその二つだけ、後は省略。
で、その数々の難所を抜けても尚、まだまだ続く深く深い所に【彼】はいた。
と言うか、封じられていた。
特殊な物質で造られた黒い檻に入れられ、身体中を檻と同じ物で造られた鎖で身体中を縛られた一体の灰色の竜。
彼の体につけられた“管”は全ての世界に繋がり、そこから流れるのは彼の“命”。
その“命”は君達の世界で言う魔力・霊力・エーテル・マナといった様々な形に変換され世界中を巡り廻っていた。
ああ、因みに“管”は霊脈・龍脈などをさしていて世界中に張っているよ。
うん、そうだよ。君達のその特殊な“力”は全て彼の“命”が元となっている、謂わば彼は全ての“力”の根源なんだ。
だから彼は【アレ等】に目を付けられた挙げ句、そこに封じられ世界が誕生してからずっと今現在、自身の“命”を流し続けている【竜】。
だから【私】はその竜をこう呼んだ、
───────【生贄竜】と
* * * * *
「やぁやぁ、突然お邪魔してごめんね、【生贄竜】君」
警戒心もない呑気な声。
だが、私は本能で理解する。
なんの前触れもなく耳に響いた声の主の正体・・・・・それは、
【 は じ め か ら い た モ ノ 】
この場に私より先にいたという意味ではない。
存在・命・世界・場所の様な存在が誕生するもっと前に・・・・・否、“無”という概念すら確定する前からいたというものだ。
だからソレを理解した瞬間私は、目の前にいるこの存在ならば【あの仔等】を殺さずに済む、と確信した。
ソレは私に言った。
「あまり時間がないから、手短に言おう。
───キミにはある世界を殺すニンゲンに生まれて欲しい。
もし、この依頼を受けてくれるのならキミの望みをできる限り叶えよう」
「良いでしょう。それで【あの仔等】に手を掛けることにならないのなら...」
「おやおや、返事が早いね。キミはあの二体より結構慎重に考えて行動するタイプのモノだと思ったのだけど」
「確かにアナタは胡散臭い気配はしますが、私の望みを「全て」ではなく「できる限り」と言ったから受けたのですよ」
「そうかそうか!ありがとう【生贄竜】君!」
こうして私と【はじめからいたモノ】は共犯者になった。
* * * * *
─────それじゃあ『向こう』に行く為の準備を始めようか。
ただ、これを作るには君の協力が必要なんだ。
まず君と【楽園】が殺し合う舞台に組み込む。
ん?【楽園】とは何か?
うーん、ざっくり言うと魂の休息所の一つだった世界さ。ちょっと前にとんでもない事を仕出かして、今は全く違うモノになったのだけどね。
そう、だから殺してもらうのさ。
何を仕出かしたかは、キミがその舞台に行けば直ぐ解るよ。
あぁそうだ、竜そのままではなく別の種にに産まれて其所に立って貰うから。
その為に必要なモノを用意しようか。
“核”と“魂”
“檻”と“■”と“■■”
“蒼い瞳”と“殺戮の本能”の一部
もう一つは【楽園】を舞台の台本に合わせて殺す為の武器。
“血”と“角”
“鎖”と“■■”
“■■”と《みずのないうみ》を少々
そして最後にそれぞれ私と君が交わした“契約”の証として、君の“■”を預かろう。
この“証”は君と私が互いの目的を果たした時に私自らが君に返す事になる。
さて、後はそれ等全部組み込むのだけれど、終わるまで少し時間が掛かるんだ。
それまで退屈だと思うから『向こう』について色々話そう。
何から話そうか、そうだね・・・・・。
先ずは君に産まれてもらう《人間》という種について─────