適性率0%のバグと、壊れかけの最強兵器
「——適性率、0パーセント。カイト訓練生、君はシステム上『存在しない』も同然だ」
無機質な検査室に、教官の冷ややかな声が響いた。
網膜の先のモニターに表示された俺の『ソウル・レゾナンス』の数値は、見事なまでにゼロ。波形一つ立っていない。
人類の精神を喰らう正体不明の化け物、『蝕罪』。
奴らを倒せるのは、搭乗者のトラウマや強烈な感情を物理的な武装として顕現させるシステム『ソウル・レゾナンス』だけだ。
「自己の喪失。感情の欠落。君の心には、武装を顕現させるための『エゴ』が一切ない。戦場に出る資格すらない、完全な無能力者だ」
「……了解しました」
俺は淡々と返事をして、精神デバイスを腕から外し退室した。
悔しさはない。教官の言う通り、俺の心は「空っぽ」だからだ。恐怖も怒りもない。ただ、目の前の事象を『数値』や『確率』として冷徹に割り出してしまう、機械のような思考回路があるだけだ。
すれ違うエリート訓練生たちが、嘲笑うようにこちらを見ていた。
彼らは皆、己の感情を武器に変える天才たち。適性ゼロの俺は、この防衛軍基地における完全な「落ちこぼれ」だった。
その時だ。
『————!!』
鼓膜を破るような緊急警報が、基地全体を揺らした。
『緊急警報。第3区画に【蝕罪】の群れが出現。クラスは……観測不能! 繰り返す、これは訓練ではない!』
「なっ、第3区画!? 迎撃態勢が整ってないぞ!」
「くそっ、出るぞ!」
パニックに陥りながらも武器を顕現させ、前線へ走る訓練生たち。
俺はその波に逆らい、避難用シェルターではなく、無人の予備戦術ルームへと足を向けた。
メインコンソールを起動すると、数十個のモニターに地獄と化した戦場が映し出される。
「……最悪の盤面だな」
物理法則を無視した黒い異形の群れが、訓練生たちを次々と蹂躙していた。
俺の目には、戦場のあらゆる『変数』が可視化されて見えた。
「敵の初動フレームに対して、味方の回避が0.5秒遅い。風速7メートルの向かい風と、地形の傾斜によるラグを計算に入れていないからだ」
戦場の風向き、足場の悪さ、味方のスキル硬直時間。
そのすべてが計算できるのに、俺には武器がない。それを伝える術すらない。
だが、俯瞰していた俺の目に、一つの『異常な数値』が飛び込んできた。
『きゃあああああっ!』
前線が崩壊する中、たった一人でエクリプスの群れの中央に陣取っている少女がいた。
銀色の髪を振り乱す彼女——最強の訓練生と名高いリンだ。
彼女が巨大なエネルギーの刃を一振りするだけで、エクリプスが十数体まとめて消し飛んでいく。
圧倒的な、暴力。
だが、その戦い方を見た俺の背筋が凍った。
「馬鹿か……! 何度も同じベクトルにエネルギーを重ねてる。出力の重複で、システムが悲鳴を上げてるじゃないか!」
モニターに表示される彼女の精神負荷ゲージが、限界値を超えて真っ赤に明滅している。
防御を一切捨てた、自滅覚悟の特攻。
彼女の『過剰励起』は出力が高すぎる。あのままでは、あと数十秒で彼女自身の精神が焼き切れ、廃人になってしまう。
現に、リンの背後——瓦礫の死角から、無傷の超大型エクリプスが巨大な爪を振り下ろそうとしていた。
極大のエネルギーを放った直後のリンに、回避する力は1ミリも残されていない。
「——生存確率、0.1%」
適性率0%。単体戦闘力、皆無。
どう計算しても、俺が介入して助かる見込みはない。普通なら。
「俺の『空っぽの心』なら——」
感情というノイズがない俺なら、彼女の暴走するエネルギーの隙間に、一切の負荷をかけずに侵入できる。
俺は戦術コンソールに自身のデバイスを叩き込み、孤立している銀髪の少女に対し、未承認の『強制リンク』を実行した。
『警告。対象の同調率は限界を突破しています。精神崩壊の危険——』
『エラー。不明なアクセス権限を確認』
本来ならシステムに弾かれるはずの強制接続。
だが、適性0%である俺のデバイスが、未知の『管理者権限』としてシステムの中枢をすり抜ける。
「—強制上書き《オーバライド》。出力を調整するぞ、リン」
『……え?』
戦場にいるリンの脳内に、直接俺の声を叩き込む。
それと同時に、俺の計算した『最適解』が彼女の体に流れ込んだ。
「右斜め後方へステップ。風の抵抗を利用して硬直をキャンセルしろ」
暴走寸前だった彼女のエネルギーが、俺の介入によってピタリと完璧な制御下に置かれる。
リンの体が反射的に動き、巨大な爪を紙一重で躱した。
「出力20%で十分だ。——そこを、薙ぎ払え!」
「……っ、ああああああっ!!」
洗練された無駄のない一閃。
超大型エクリプスは、最小限のエネルギーで綺麗に両断され、霧散した。
静寂が戻った戦場。
リンは信じられない思いで、自身の両手を見つめていた。
常に彼女を苦しめていた精神の暴走が嘘のように消え去り、かつてないほど心が穏やかに澄み切っていた。
「お前……誰だ?」
息を呑む最強のヒロインに向かって、適性ゼロの落ちこぼれである俺は、戦術モニター越しに静かに告げた。
「君の出力を最適化する、ただの計算機さ」
これが、後に世界を狂わせるシステムそのものをハッキングし、最強無双のバディが誕生した瞬間の記録である。
どうも、はしむーです。ノリと勢いで初投稿しました。
不定期更新になりますが、よろしくお願いします。




