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アンダーアンバー  作者: すばる


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1/10

0 青く冷たい月の元で

 青い月が冷たい光を落とす影の世界。骨格だけのビルの足元に、ふたつの人の姿があった。けれどそれはどちらも、一般的に言われる人間の形はしていない。片側は力士と比べてなお大柄。しかし上半身と比べて下半身は貧弱で、まともに立って歩けるのかと心配になるほどのバランスだ。もうひとりはそれよりは人に近いが、捻れた頭部が人であることを否定する。髪のない頭から突き出して渦を巻くそれはバネの先端のようであり、体全体もどこか作り物めいた雰囲気がある。

 どちらもこの影の世界では珍しくない姿であるが、両者の状態は平穏とかけ離れたものだった。倒れた大柄な人影を捻れ頭が踏みつけ、見下しながら無骨な銃の先端を向けている。

「いいからさっさと出せよ。おまえがセコセコ集めたラックを。どうせ深部に潜ったところで何もできずボロボロになって戻ってくるだけ。俺が使った方がよっぽど建設的だぜ? それともここで、全部無駄にしてやろうか?」

 捻れ頭の指が引き金にかかる。残虐な笑みを浮かべて弄ぶ様はちょっとしたきっかけひとつで発砲しかねないものだった。たとえここでうっかり殺してしまい、目的のものを手に入れそびれたとしてもそれはそれ。別の誰かから奪えばいいという程度にしか考えていないのだ。それを理解してしまったため、巨体は屈辱を押し殺し「渡せば見逃してくれるか」と口にした。

「ああ、いいぜ。だからさっさとよこしな」

 嘲る声。巨大は己の内側から、自身が時間をかけてためた輝く結晶を差し出した。捻れ頭はそれを、まるでたいして価値のあるものではないとばかりに強引に、無造作に奪い取る。そして踏みつけていた脚をどかし、直後に勢いをつけてもう一度踏みつけた。油断していた巨体が衝撃で跳ねる。

「何をーー」

「誰がウジムシとの約束を守る? そんな価値があるとでも? てめえのことなんざどうでもいいが、手間賃の分、サンドバッグになれよ」

 二度、三度と蹴り付ける。しかし痛覚が極限まで薄くなっているこの世界では痛みつけても面白くない。なのですぐに飽きて、銃を向ける。一度殺されれば、この世界には二度と来られない。屈辱と挫折の記憶を抱えたまま今後の人生を生きていくのだと想像すれば、気分が良くなった。

「じゃあなウジムシ。できれば一生負け犬でいな」

 引き金が絞られる。

 直前に、銃が落ちた。腕ごと。

「あ?」

 捻れ頭は地面に転がった黒い刃物を見て、それからゆっくりと顔を上げる。

 骨格だけが組まれたビルの、月明かりで鈍く光るH鋼の上にいた。頭からつま先まで全身が黒い布で覆われたような独特のシルエット。背が高く、細身で、唯一布のない目元から、感情を表さない黄色の瞳が捻れ頭を見下ろしている。右手に無造作に下げられた直剣が、月明かりの元で薄青色に輝いていた。

 正体を隠すような姿ではあるが、捻れ頭は相手のことを知っている。

「本当に、ゴミはどこからでも湧いてくる」

「鴉っ!」

 手首から先のない腕が変形する。脅しのためのおもちゃではない、敵を破壊するための捻れ頭の本来の武器。

 “スカー”を発動させた捻れ頭を見ても、黒装束はまるで意に介さぬ様子で飛び降りた。捻れ頭が落下する影を変形した銃身で追う。腕の部分に存在する多銃身が回転し、大量の弾が放たれる。3階分の高さを飛び降りた黒装束は捻れ頭へまっすぐ突っ込んでいき、無数の銃弾を正面から浴びた。

 それらすべてが、なかったことにされた。黒装束の“スカー”は《再生》。あらゆる傷を素早く修復するというだけの単純な力は、黒装束の持つフィジカルと合わさることで強力な性能を誇る。頭を撃ち抜いても心臓を貫いても無駄。洗練された深度探索者にとってそこは弱点となり得ないからだ。点の攻撃がつける小さな傷はことごとくが即座に打ち消され、足を止めさせることすらできない。

 自身の能力が通じないことを突きつけられた捻れ頭は、ならばと卑劣な手に出る。事態が飲み込めないまま固まっている木偶の坊に、銃口を突きつけようとしたのだ。

 捻れ頭の動きよりも速く、黒装束の投げつけた剣がその腕に突き刺さる。しかしそれは、致命には程遠い。捻れ頭は武器を捨ててまで無駄なことをした黒装束を心の中で嘲り、すぐに気付いた。自分の体がまったく動かないことに。直後、手の届く間合いまで詰めた黒装束の布に包まれた手が伸びて、捻れた頭は叩き潰された。


次回投稿予定は明日12時です。

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