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第6話

 ゲートをくぐると、音の返り方が変わった。


 防具の留め具が、歩くたびに胸元で鳴る。


 翔馬は甲斐の背中を追った。


 肩には空の袋が二つあり、まだ軽い。


 しばらく進んだところで、先頭の黒川が手を上げた。


 全員の足が止まる。


 三枝は少し離れて、壁際を見ていた。


 樋渡は列の端で、何も言わず前だけを向いている。


「今日も慣らしや」


 黒川は全員を見てから、最後に翔馬へ目を向けた。


「油断はせんようにな」


 翔馬は頷いた。


「三枝と樋渡は、あっちの壁沿い見てくれ。わしは後ろに入る」


 黒川は甲斐へ顔を向けた。


「甲斐、翔馬頼むで」


「分かってる」


 甲斐が前へ出る。


「今日は前に出んな」


 振り返らないまま、続けた。


「後ろで見てろ。袋持って、言ったもん入れろ」


 翔馬は袋を背負い直した。


 甲斐の後ろについて、岩壁沿いに進む。


 足元の砂利が、防具の重さで沈んだ。


 奥で、岩を擦る音がした。


 甲斐が足を止める。


 翔馬も、岩壁の下へ目を向けた。


 ウデムシが一体いた。


 長い脚が、地面を探るように動いている。


 甲斐が踏み込み、鈍器が頭を殴りつけた。


 いくつもついた目玉が、内側へ陥没して潰れる。


 黒い脚だけが、岩の上でばたついていた。


 甲斐は周りを軽く見てから、顎で翔馬を呼んだ。


「来い」


 翔馬は袋を抱えたまま近づく。


 甲斐はしゃがみ、長い腕の根元を指で叩いた。


「こいつの長い腕、持ってみろ」


 翔馬は言われた通りに手を伸ばす。


 手袋越しに、硬い節の凹凸が当たった。


「そうじゃねぇ。蟹食ったことねーのか」


 甲斐は腕の根元を掴み、節を軽く押した。


「ここだ」


 手首を返すと、嫌な音がして長い腕が外れた。


「やってみろ」


 翔馬は息を止めた。


 硬い節の凹凸が、手袋越しに掌へ食い込む。


 甲斐がやった場所を持つ。


「力で折るな。捻ろ」


 手首を回すと、嫌な音がして長い腕が外れた。


 体液が手袋に跳ねる。


「そうだ」


 翔馬は、外れた腕を見た。


 割れた節の断面から、鈍く濁った体液が糸を引いていた。


 先端に溜まった雫が、袋の口へ落ちた。


 翔馬は腕を袋へ入れた。


 底で、湿った音がした。


「残りも外せ。周り見ながらな」


 甲斐はそれだけ残し、岩壁沿いへ歩いていった。


 翔馬は袋の口を結び、また甲斐の後ろについた。


 ウデムシは、岩の窪みや壁の陰に潜んでいた。


 甲斐は長い脚が出る前に、岩の影へ目を向けていた。


 長い脚が先に動く。


 甲斐がそこへ踏み込み、鈍器が落ちた。


 潰れた頭。


 割れた殻。


 翔馬は袋を開いてしゃがみ、腕を捻る。


 嫌な音がして節がちぎれ、袋の奥へ落ちた。


「腕はこっちだ。寝かすな、立てて詰めろ」


 翔馬は別の袋を開き、長い腕を縦に差し込んだ。


「そうだ。その方が入る」


 甲斐の声だけが飛ぶ。


 翔馬は返事をするより先に、手を動かした。


 袋は、少しずつ重くなっていった。


 肩に食い込む重さが、昨日とは違っていた。


 手首の端末が、視界の端に入った。


 鈍器の音で、顔が上がる。


 少し先で、甲斐が二匹まとめて仕留めていた。


 翔馬は、もう腕の根元を探していた。


 鈍器が引かれる前に、袋の口を開く。


 甲斐の足元にしゃがみ、潰れた頭を避けて殻の隙間へ指を入れた。


 長い腕の根元に触れると、そのまま手首を返す。


 節が抜け、袋へ収まった。


 甲斐は一度だけ、足元の翔馬を見た。


「少しは分かってきたじゃねぇか」


 それから、岩壁の奥へ顎を向ける。


「もう一匹も任せる。周り見ながらやれ」


 甲斐は岩壁沿いへ離れた。


 翔馬は二匹目の腕も引き抜いた。


 もう一つの袋を開く。


 腕を入れる前に、手首の端末へ触れた。


 黒い画面に数字が出る。


 翔馬は小さく息を吐いた。


 二つ目の袋の口へ、腕を入れようとした。


 砂を噛む音がした。


 翔馬は肩越しに振り返る。


 岩の端から、低い影がこちらへ滑った。


 尻が地面につき、袋が倒れる。


 太ももほどの大きさの、ごつごつしたトカゲが目の前にいた。


 背中に小さな棘が並んでいる。


 目が合った。


 翔馬は両手を後ろにつき、踵で地面を掻いた。


 後ろへ引かれた。


 襟首を掴まれていた。


 甲斐の足が、翔馬の前に入る。


 鈍器が落ちる。


 棘トカゲの頭が、地面に沈んだ。


「棘トカゲだな」


 甲斐は息も乱さずに言った。


「小せぇから、子どもだろうな」


 翔馬は地面に尻をついたまま、顎だけを上げた。


「いつまでぼさっとしてんだ」


 甲斐は倒れた袋を顎で示す。


「袋直せ。こいつも捌くぞ」


 翔馬は倒れた袋を起こし、口についた砂を払った。


「棘を外せ」


 甲斐は、棘トカゲの背中へ視線を落とした。


「まだ小せぇけど、いくつかついてんだろ。腰のナイフ使え」


 翔馬は腰へ手を伸ばす。


 ナイフを抜いた。


 刃先が、棘の根元で止まる。


 皮の割れ目から、濁った体液が滲んでいた。


 硬い皮の下に、白っぽい肉が見えている。


「肉から抉り取っとけば間違いねぇ」


 翔馬は刃を入れようとした。


 手が止まる。


 虫とは違った。殻ではなく、皮だった。


 翔馬は左手で、棘トカゲの背を押さえた。


 掌の下で、硬い皮がわずかに沈む。


 ぬるいものが手袋の内側へ伝わった。


 甲斐がため息をついた。


「もう死んでんだろ。まだマシだろうが」


 声が少し低くなる。


「やれ」


 翔馬は棘の横へ刃を当てた。


 指が震える。


「お前な」


 甲斐が横から言った。


「自分の体の正面で使わねぇと怪我すっぞ」


 翔馬の手が止まった。


「見てろ」


 甲斐は棘トカゲをまたぎ、翔馬の向かい側でしゃがんだ。


 片手で棘をつまみ、ナイフを斜めに刺して棘の根元を一周させた。


 肉ごと、棘が剥がれた。


「おら。袋入れとけ」


 翔馬は袋を開いた。


 棘が底で小さく転がった。


「端末見てる暇あったら、とっととやれや」


 甲斐は立ち上がり、膝についた砂を払った。


「それが稼ぎだ」


 翔馬は頷いた。


 もう一つの棘へ刃を入れる。


 皮が押し返してくる。


 刃先を少し深く入れると、白っぽい肉が寄った。


 胃の奥が持ち上がる。


 唾を飲み込んで、棘を肉ごと切り取った。


 伸びた筋に刃を入れて断ち、袋へ入れる。


 次の棘に手を伸ばす。


 首だけが、後ろへ向いた。


 岩の影。


 砂。


 何もいない。


 前に戻る。


 ナイフの刃が、手袋の指先を掠めた。


 薄く切れ、中の皮膚が細く赤い線になって見えた。


 甲斐は何も言わなかった。


 翔馬は、切れた指先を見た。


 最後の棘を剥がして袋の口を縛ると、結び目の下で指先が痛んだ。


 甲斐の鈍器が、また岩の奥で鳴った。


 新しい死骸が、岩の下に転がった。


 翔馬は袋の口を開き、腕を抜いて砂を払った。


 袋へ落とす。


 岩の影を見る。


 また、手元へ戻る。


 何度目かに、甲斐が振り返った。


 翔馬はまだ岩の影を見ていた。


 足元には、腕を外したウデムシが転がっている。


 甲斐は舌打ちだけした。


「おい。次はこいつだ」


 翔馬は慌ててしゃがんだ。


 それからは、声が少なくなった。


 甲斐が顎で示す。


 翔馬が動き、袋の口を開く。


 外す。


 詰める。


 結ぶ。


 また、担ぐ。


 甲斐は顎で、また次を示した。


 引き返す合図が出たとき、袋は肩に食い込んでいた。


 ゲートを戻る頃には、肩の感覚が鈍くなっていた。


 精算所で、端末が短く鳴った。


 数字は、少しだけ動いていた。


 翔馬は切れた手袋の隙間に目を落とした。


 赤い線は、まだ残っている。


 空になった袋を、甲斐が肩へ引っかけた。


「借金なくなるまで毎日だ」


 翔馬は顔を上げる。


「覚えとけ」


 甲斐はそれだけ言って歩き出した。


 翔馬も空の袋を肩へ掛けた。


 指先が痛んだ。


 中身はもうない。


 それでも、結び目を作った感触だけが、手の中に残っていた。

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