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プロローグ

 篠原翔馬は、大学三回生の春に肩を壊した。


 白いボールは、ネットの手前で一度跳ねた。


 それきりだった。


 グローブには、まだ土が残っていた。


 昼はパチンコ屋に通い、夜は雀荘に顔を出した。


 勝ちよりも、負けの方が増えていく。


 財布の札は減り、スマホには返済日の通知が並んだ。


 パチンコ屋で知り合った常連は、街金の男を紹介した。


「困った時だけでええ。学生さんにも親切なとこや」


 最初は、少しだけのつもりだった。


 だが、負けは重なった。


 借用書は増え、返済日は近くなる。


 そこへ、奨学金の打ち切り通知が届いた。


 封筒の端は、雨で少し濡れていた。


 雑居ビルの二階。


 曇ったガラス戸の奥で、蛍光灯が白く光っている。


 机の向こうで、金貸しの男が湯飲みを置いた。


「どうした。最近、借りるペース早いな」


 翔馬は膝の上で手を握った。


「実は……奨学金も」


 男は、湯飲みに指を添えたまま、書類を見ていた。


 借用書。


 返済予定。


 奨学金の通知。


 紙の端が、机の上で揃えられていく。


「そうか」


 男は赤いペンで数字を囲んだ。


「肩も悪いんやろ。治療に専念するって言うて、一年くらい休学せえへんか」


 翔馬は顔を上げた。


「その間に、働いたらええ。仕事なら紹介できる」


 男は、別の紙を出した。


 場所は書かれていない。


 日数も、はっきりしない。


 ただ、前金の欄だけが埋まっていた。


「ここで一回、立て直したらええ」


 翔馬は、その数字を見た。


 財布の中には、小銭しかなかった。


 翌日、大学の窓口で休学届に名前を書く。


 理由の欄で、ペン先が一度止まった。


 一身上の都合。


 折れた紙の角を鞄に押し込み、翔馬は大学の門を出た。

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