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高等学院卒業後に就職もせずにダンジョンで暴れまわっているという噂をどこで聞いたのかは知らないが、エリックがダンジョン攻略に着いて来るようになった。
王子という立場上、護衛の近衛兵まで必ず一緒だ。
エリックがわがままを言い出したらきかない奔放な性格であることや、魔術師としては超一流であることはよく知っている。
すぐに三人でダンジョンに行くのが当たり前になり、それならばパーティーを結成したほうがいいだろうとなって作ったのがロイパーティーだった。
エリックは元々、他者との距離が近い。
天然なのか狙ってやっているのかは定かではないが、ヴィーに魔法の使い方を教える時も手をしっかり握ったり、後ろから抱きしめるように腕を回したりとボディタッチが多い。
ちなみに自分も魔法科出身だから知っているが、そんな親密な距離でなければ魔法が教えられないなんてことは一切ない。
ヴィーとの最初の印象が悪すぎたために、その様子を見せつけられてもエリックに対して「おまえ婚約者がいるんだから、ほどほどにしておけよ」と呆れることはあっても、ヴィーに対して特別な感情は何もなかった。
それがいつからだろう。
溌溂とした声で「ロイさん!」と名前を呼ばれると口元が思わず緩むようになったのは。
ペットとヴィー本人を有効活用するためには彼女の土魔法の技術をどうにか向上させねばならなかった。
土魔法というのは実は使い手が少ない希少魔法だ。
自分の手には負えなさそうだと思ったのも理由のひとつだが、正直面倒だという思いが大きくて、その指導をエリックに丸投げした。
当初は「あの子、無理かも」と言っていたエリックだったが、日を追うごとにその認識が変わっていき、ついには「覚えは遅いし機転も利かないけど、何でも素直に受け入れてくれるし一度きちんと教えたことは失敗しないんだよね。慣れてきて視野が広がれば、あの子、化けるかもよ」と嬉しそうに笑って熱心に指導するようになっていった。
土魔法がどうにかモノになってきたところで攻略パーティーに合流させてみたのだが、最初の頃は判断は悪いし鈍くさいし、物理攻撃担当との連携も全くタイミングが合わなくて、他のメンバーからは「ヴィーがいると返って邪魔だ」「パーティー内に敵がいるようでおちおち背中を任せられない」と大不評だった。
メンバー全員が泥の沼に沈められそうになった時は、俺もブチギレた記憶がある。
それでもヴィーは、その都度、誠心誠意謝罪しながら、さっきのあの場面ではどう立ち回ればよかったのかとか、連携技のタイミングとか、次につながる質問と反省を怠らずに経験を積んでいき、さらには地図の作成・販売や他パーティーとの戦利品の交換といった対外的な交渉事で感心するほどの商才を見せ始めるころには、メンバーたちも一目置く存在となったのだ。
そんなヴィーを安心して見守れるようになり、それは手のかかる子供がようやく独り立ちしたような感情なのだと思っていたけれど、エリックにベタベタされているのを見るとモヤモヤして腹が立ってきて、それでもそんなエリックに全くなびく様子がないことに安堵して、どうやらこれは恋なのかもしれないとようやく気づいたのだった。
一昨日、久しぶりにヴィーの元気のいい声を聞いた。
冒険者協会での会合の時だ。
得体のしれない服装で、しかもおそらく男から借りたのだろうと思われるオーバーサイズで、それを見た時にはムッとしたが、その後ヴィーがパーティーの代表者として大きな声で挨拶をしたり、いけ好かないジークに向かって「お引き取りください」と冷たく言い放っている様子を見て、自然と口元が綻んだ。
侯爵夫人として猫をかぶっておとなしくしているよりも、こうやって溌溂としている姿のほうがヴィーにはよく似合う。
ロイはもう登録を抹消しているという事実を告げなければならなかったのは、こちらとしてもとても辛かった。
登録名は早い者勝ちで同じ名前は使えないという規約がある。取り違えを避けるためだ。
ジークはおそらく、ロイという名前が抹消されているか否かを確認するために、誰かに「ロイ」という名前で登録を試みてくれと頼んだのだろう。
それが問題なく受理された結果、ロイはもう冒険者を引退したのだという確証を得たに違いない。
ヴィーは明らかにショックを受けている様子だった。
励ますためにイカ焼きを食べて帰ろうと誘ってみたが、塩対応でいなされてしまった。
どうしてこうなったんだ。
エリックに気づいたんなら、俺にも早く気づけよ。
「守秘義務が絡んでいてこっちからヘタに機密を漏らすと重大な規約違反であのダンジョンの樹が枯れるかもしれないんだ」
自分からロイだと白状してしまえば、そこから芋づる式にあれこれ勘づかれてしまうかもしれない。
しかし、こちらからは何も言わないけれど相手が勝手に気づいてしまったのならば仕方ない。
そのように持って行くつもりだった。
きっとエリックだって薄々は気づいていて、それを俺に確認することは差し控えているのだと思う。
マーシェスダンジョンは噂通り地下50階が最後のフロアでラスボスが俺だということも、そのことがロイが突然何も言わずに引退した理由だということも。
自分が冒険者協会の会長を引き継ぐまで何も知らなかった。
ダンジョンマスターはダンジョンの生みの親であるダニエル・ローグだが、協会長がその代行をしてダンジョン内外の円滑な運営を担うという基礎知識ならあった。
それに実際に冒険者として攻略していれば運営管理者となった時にその経験が生かせるとさえ思っていた。
それがまさか、ラスボスまで代行するプログラムだったなんて。
こういったプログラムは最初から「ダンジョンの種」に組み込まれていた魔法回路のようなもので、ダンジョンによって設定がまちまちだ。そして、それをおいそれとは変更できない。
父からその話を聞かされていなかったのは、俺があのダンジョンを攻略中だったからだ。
攻略が進むにつれて、遠回しに早く冒険者を辞めろと言われていた理由がこれだったなんて、何という皮肉だろうか。
フロアボスが何度もリポップするのと同様で、ラスボスが倒されたからといって本当に死ぬわけではないし、姿かたちは好きなようにカスタマイズできるため最後まで気づかれずに終わることは可能なのだが、息子相手に
「ふははははっ、身の程知らずめ、このザコがあっ!」
とか、なりきって言うのは正直キツい。
この茶番は何だろうと悲しくなりそうだ。
俺だってもうすぐ、顔見知りばかりの奴らを相手にその茶番を演じなければならないのだが…。
ロイの正体は自分だと白状しただけで、イコール俺がラスボスという結論に直結するわけではないとわかっている。
しかし、万が一を考えると躊躇してしまった。
過去に別のダンジョンで、協会長が酔った勢いでダンジョンの裏側をあれこれ暴露してしまい、それが元で大樹が枯れてしまったという事例が実際にあるのだ。
踏破を目前にして会長のやらかしが原因でダンジョンがサービス終了しましたなど、あってはならない。
最初からヴィーがここまで鈍いとわかっていれば、正直に「実は私がロイなんだよ」と話しても何ら差支えなかった気がするのだが、もう後の祭りだ。
踏破目前まできているのだから、このまま突き進む方がいいだろう。
「うん、わかってるつもりだよ。僕からバラしたりはしないからさ、まあ好きにしなよ。二人が離婚してくれたほうが僕にとっては好都合だし?とりあえず早く追いかけろよ。バラ園でまた別のエロオヤジに声掛けられてるかもしれないよ」
幼馴染の余裕の微笑みに舌打ちすると、バルコニーの奥へと向かいながら手袋を外して指をパチンと鳴らす。
「マーシェス侯爵ご夫婦は奥で仲直りしてるんで、はいはい、野次馬は解散してね」
そんな声を聞きながら、空間移動してバラ園に向かったのだった。




