(2)
最初のうちは楽しみだった。
いつ気づくだろう、気づいた時にどんな顔をするだろうって。
きっと驚いて、理由も告げずにいなくなったことを責めて泣いた後に再会を喜んでくれるだろうと思っていたのに——我が妻は全く気づく気配すらない。
一緒にイカ焼きを食べたり、ダンジョンの大樹にもうすぐ花が咲くという話をして気づきやすいように努力したつもりだったが、ヴィーはそれが初耳であるかのように振る舞った。
まあそれはそれで可愛かったからこっちもつい口元が緩みがちになってしまったんだが。
エリックに、ヴィーに話したのかと尋ねられて、全く気づかなくて困っているとこぼすと笑われた。
そもそも結婚した途端、仕事に忙殺されてろくに顔を合わせる機会すらないのだ。
「気づくわけないよ。猫かぶってるなんていうレベルじゃなくて、丸っきり他人かってぐらい違いすぎるもん。髪と目の色だけならともかく、ロイのときの君は口調も性格も全て乱暴すぎるんだよ」
そうだろうか、これはもはやこちら側の問題ではなくヴィーが鈍すぎるのが問題なのだと思って、それならば王子様の姿でヴィーに会ってみろ、どうせ気づかれっこないからと売り言葉に買い言葉で提案したのだった。
夜会用のドレスがあまりにもエロキュートなせいで、男たちがチラチラとヴィーの背中に視線を向けていることが気に入らなくて、早くエリックを探して対面させたら帰ろうと焦ったのがマズかった。
今夜の主催者であるバージェス公爵の二女、ルナール嬢に捕まってしまったのだ。
「わたしに落とせない男はいない」
と豪語する男癖の悪い尻軽女で、父親であるバージェス公爵も手を焼いているという。
派手な顔立ちに大人の女の色気を放つ煽情的な体つきをしていて、ちょっとした火遊びにはちょうどよさそうだが絶対に妻にはしたくないというのが高位貴族の男たちの共通認識だ。
自分がそんな風に言われていることを知ってか知らずか、腕に絡みつくフリをして大きな胸を押し付けられて嫌悪感が募る。
ここがもしダンジョンなら「おまえサキュバスだな!」と言って大剣でバッサリ瞬殺してやるのに!と、脳内でルナール嬢を百回ほど斬りつけながら表面上はにこやかに、酔っているのなら別室で休憩するかと提案すると、彼女はしてやったりという顔を一瞬見せた。
自宅なだけに、どの部屋なら人が来ないというのも心得ているのだろう。
ルナール嬢は嬉々とした様子で「こっちよ」と廊下に並ぶ扉のひとつを開けると先に入っていく。
そこで扉がバタンと閉まった。
否、正確には扉を強引に閉めて内側からは開けられないよう魔法をかけたのだ。
「おかしいなあ、開きませんね。人を呼んできます」
棒読みでそう言って、その場を立ち去った。
夜会が終わるまでその部屋でおとなしくしているがいい。
エリックを探すはずがとんだ遠回りになってしまったと思いながら会場に戻ると、友人のひとりに「おい、いいのか?」と声を掛けられた。
何のことかと思えば、バルコニーでエリック王子が君の妻の背中を撫でまわして親密そうにしているとその友人が言いにくそうに教えてくれた。
はあっ!?
エリックのヤツ何やってんだ。ぶっ殺す!
そして慌てて駆けつけたバルコニーでエリックに言われた。
「見損なったよ、ロイ」
いやいや、待て待て。
「二年後に離婚とか、愛人とか何の話だ。俺のヴィーを手籠めにしようったって無駄だからな」
「なにが『俺のヴィー』だよ。ほったらかしでどこ行ってたのさ。僕が気づかなかったらエロオヤジに連れていかれるところだったんだよ?
偉そうに言う割に、まだ手も出してないじゃん。初夜を拒絶するとかなにそれ、ヘタレなの?
親父さんが気を利かせてヴィーの素性を調べた上に僕に推薦状まで書かせてさあ、あんなに喜んでいたくせに何?
花嫁に恥をかかせて傷つけたくせに亭主面なんかするなよ。知ってるだろ、白い結婚は二年経てばどちらか一方の申し立てで離婚が成立するってことぐらい。ヴィーはもうその先のビジネス構想があるみたいだよ」
傷つけた自覚はある。
あの夜のことを思い出すにつけ、どうしてこうなったんだと胸が痛む。
「愛人なんていない。仕方ないだろ、こっちから正体を明かせない事情がいろいろあるんだ。それに、あいつが好きなのはロイであって、ロナルド・マーシェスではない」
「何言ってんの、同一人物だよ?自分で自分に嫉妬してるとか、もはや拗らせてる以前の話だろ。差し支えない範囲で早く正直に言えばよかったのに馬鹿なの?」
心底呆れているといった表情だったエリックが、突然何かを思い出したように顔を輝かせた。
「あ! そうそう、ヴィーは僕がエルだってすぐに気づいたよ」
やっぱり師弟愛は最強だよねと言ってドヤ顔をするエリックに腹が立つと同時に、何故……とショックを受けた。




