旦那様が領地にやって来ました(1)
冒険者協会が各パーティーの代表者を招集するのは年に数回だ。
協会の規定を改定するときや、冒険者のマナーやモラルの低下で何かトラブルが起きた時、そして今回のようにパーティーで共闘する際の事前の打ち合わせなどだ。
明日は最下層の対サイクロプス戦に関して、ロイパーティーだけでは心もとないため他のパーティーにも協力を仰ぐことになっており、その場には当然、冒険者協会の会長も座長として参加する予定になっている。
そう、冒険者協会の会長は領主である旦那様だ!
執事のハンスからは、今日旦那様がこちらを訪問するとは聞いていないし、明日直行直帰なのかしら。
話し合いの最中は顔を隠すなり変装するなりして誤魔化せばいいけれど、もしも旦那様がここを訪れるとなるといろいろ困ることになるかもしれない。
ぐるぐる考えながらいつものロッキングチェアに座らせていた土人形を回収しようと近づいてギョッとした。
右腕がもげているではないかっ!
わたしの拙い土魔法は、エルさんとロイさんの根気強く献身的な指導によりそれなりに使い物になるようになった。
王立高等学院には魔法科もあるのだが、わたしは普通科だったため魔法の知識は皆無で独学だった。
エルさんと出会う以前のわたしの魔法といえば、土をいじっていると手のひらに乗せた土がモコモコと動き出してイモ虫のようになり、そのままわたしの手から飛び降りてウネウネ這いながら逃げていくという、宴会芸にすら使えないような代物で、土製のイモ虫が作れたところで何の役にも立ちそうにないとしか思っていなかった。
しかし成り行きでロイパーティーに加入することとなり、何ができるんだと問われて役に立たない程度のわずかな土魔法しか使えないと正直に答えると、ロイさんは眉間にしわを寄せながら「それをどうにかモノにしていくしかなさそうだな」と言ったのだ。
魔法の原理は自然のエネルギーを上手く利用して、それを圧縮したり拡散したり形を変えて具現化したものであるということも、上手く使うためには集中力と柔軟な想像力が大事だということも知らなかった。
「土魔法は明確にイメージできるものが多いから慣れたらそんなに難しくないと思うよ」
エルさんはそう言って、くじけそうになるわたしを何度も励ましてくれた。
魔術師の素養のうち先天性のものはせいぜい半分程度で、残り半分は後天的な鍛錬と努力と正しい教育であるということも教えてもらった。
ということは、もともと音楽の才能を持ち合わせ、さらに子供の頃から毎日何時間も練習し続けて王家お抱えの宮廷楽師になる人たちと何ら変わらないということになる。
では高位貴族ほど魔力が高いという通説は何なのか。
自然エネルギーを上手く操れるセンス、つまり魔術師としての素養が親から子へ遺伝しやすいのは間違いなく、さらにそれを磨き上げるために高位貴族の子供たちは幼いころからお金と時間をたっぷりかけて魔法教育を施されるという。
その結果、高等学院の魔法科に進学するのは高位貴族の子息女ばかりで、それがそのままエリートコースとなることからその通説が根付いたようだ。
たしかにわたしも学生時代は、魔法科の生徒といえば近寄りがたくて雲の上の人々のように感じていた。
「これはナイショね。平民も研鑽を積めば凄い魔術師になれるかもしれないってわかったら、貴族や王家の威信が失墜しちゃうからね」
そう言ってお茶目にウインクするエルさんも、おそらくリアルでは高位貴族で魔法科を卒業した人なのだろうと思う。
そんなエルさんの指導により、わたしの土魔法の能力は飛躍的に向上したのだ。
自分にそっくりな土人形を作れるようになったのも、土から土へと転移できるようになったのも、分厚くて硬い岩のような土塀で「絶対防御」の空間を作ることができるようになったのも、全てエルさんのおかげだ。
だから、ほんの数時間でわたしの作った土人形の腕が自然と崩れ落ちるなんてことはないと自負している。
ということはもしや、誰かが強めに触れたってこと?
メイドが何か急用でわたしを呼びに来たのかもしれない。
それはマズいんじゃないの!?
冷や汗をかきながら土人形を土塊に戻して観葉植物の鉢に捨て、体を起こしたところで廊下へと続く扉の向こうからメイドのサリーの叫ぶような声が聞こえてきた。
「本当なんです!旦那様、驚かれないでくださいね」
勢いよく扉を開けたサリーと、そんなサリーに引っ張られる旦那様と目が合った。
「旦那様、ごきげんよう。サリーったら大きな声を出してどうしたの?」
わざとらしく首を傾げてみる。
サリーは呆気にとられた様子で口をはくはくさせながら震えている。
「そんな……私は確かにこの目で見ました。奥様の右腕がちぎれて…落ちるのを……」
「サリー、疲れているんじゃないか?私が先触れもなしに突然訪問したのがストレスになったんだね。申し訳ない」
困ったように眉尻を下げる旦那様と元気そうなわたしを交互に見たサリーは、困惑しながらも深々と頭を下げた。
「お騒がせして申し訳ございませんでした」
いいえ、申し訳ないのはこっちのほうだわ。
土人形の腕がもげたのは本当のことなんだもの。
さぞや驚かせてしまったに違いない。
「わたしのほうこそごめんなさい。うっかりぐっすり眠っていて、起こしに来てくれたことに気づかなかったみたいだわ」
「サリー、今日は早めに仕事を上がりなさい。ゆっくり休むといい。いつもきちんとこの屋敷を管理してくれていることに感謝しているし、これからも頼りにしているよ」
自分よりも一回りほど年上のサリーの背中をさすりながら優しく語り掛ける旦那様は、とても素敵な若き当主に見える。
サリーとともに図書室を出ようとした旦那様が振り返った。
「ヴィクトリア、今夜は夕食をともにしよう。その服装も思った通りの可愛らしさだけど、ドレスに着替えてもらえると嬉しい」
甘い笑顔を向けられて、カーゴパンツ姿の自分が恥ずかしくなって頬が熱くなる。
ズルい人だと思いつつも、旦那様のナイスフォローのおかげで事なきを得たのだからここは素直に感謝しなければならないだろう。
「承知しました。またのちほど」
笑顔を取り繕って頭を下げた。




