物語No.19『もういやなんだッ』
「ととと、友達って、いきなり何を……!?」
三浦さんは動転し、あたふたを絵に描いたような動きで焦っている。
「知っているだろ。僕は友達が少ない。だから君に、僕の友達になってほしい」
自分でも何を言っているのか分からなかった。
自分でも自分の頭がおかしいことは理解できた。
それでも、僕は彼女に言わなきゃと思った。
「三浦さん、僕と友達になってくれませんか」
僕は真っ直ぐに手を伸ばした。
「……分かった」
三浦さんは顔を赤く染めながらも、僕の手を掴んでくれた。
「ありがとう」
「どういたしまして……?」
お互いの間に気まずい雰囲気が流れる。
これからどう会話をすればいいか、友達の少ない僕には何も思いつかない。
こんな時琉球だったら、気まずさなんて感じないくらいのスムーズな会話をしてくれる。
僕に、それができるだろうか。
琉球みたいに、僕だって。
「あ、あの……天気、いいですね」
何で敬語ッ!
それに何で天気の話ッ!
今すぐ時間を巻き戻したい。
後戻りできない状況だと理解しながらも、羞恥心がどうしても自分をさらけ出させてくれない。
「ね、ねえ創世君、授業そろそろ始まっちゃうし……」
と言った途端、授業開始の鐘が鳴る。
お互い顔を合わせ、顔面蒼白で冷や汗を流す。
「遅刻だね……」
遅刻の理由を作った僕に怒ることはなく、遅れた後だからか焦る素振りもない。
彼女は何か思い詰めた後、決心したように口を開く。
「ねえ創世君、今日はこのままサボっちゃおうよ」
僕は数秒迷い、答えた。
「うん。そうしようか」
この日、僕と三浦さんは授業をサボった。
いけないことをしているはずなのに、気分は不思議と高揚していた。
(これが……友達っていうものなのかな?)
僕は心臓が激しく鼓動を奏でる音を聞きながら、屋上へ向かう三浦さんの後を追う。
屋上で二人きり、しかも授業中。
三浦さんは校庭で体育の授業を受ける一組の様子を見ていた。
「やっぱ行かなくて正解だったかもね。今日はほら、体力測定だよ」
もう気まずさはなかった。
和やかな空気感があり、楽しくて仕方がなかった。
もうすぐ体育の授業が終わる。
おもむろに三浦さんは口を開く。
「創世君、異世界って知ってる?」
「い、異世界!?」
知らないはずがない。
三浦さんから出たその言葉に、僕は耳を疑った。
だが事実だ。彼女は異世界という言葉を口にし、僕に聞いてきた。
まさか彼女も?
「異世界が実在したとしたら、どんな世界だと思う?」
「魔法とかたくさんあって、愉快な仲間にも巡り会えて、そんな楽しい世界」
「うん。私もそう思う。でもね、私にはある役目が与えられているんだよ」
唐突に声を曇らせ、おどろおどろしい声音で彼女は言う。
「創世君、私、実は異世界との接続者を殺すっていう仕事をしているんだ」
「……はッ!?」
「驚くのも無理ないよね。もちろん信じられないっていうのも分かる。異世界なんてないって、君はそう思っているでしょ。でもね、異世界は確かに存在している」
(違う。そうじゃない)
僕は言い出せなかった。
自分が異世界と接続していることを。
何も言えず、僕は彼女の話を黙って聞くことしかできなかった。
「だから、学校に来るのは今日で最後って決めてたんだ。でも君みたいな未練を抱いちゃう相手に会っちゃった」
「……」
「人生って残酷だよね。こんな試練を私に課すなんて」
「……」
三浦さんは自分の真実をさらけ出した。
でも僕は何も言えないまま、彼女が言葉を紡ぐのをただ見ていることしかできない。
言え、自分が異世界を知っていると。
言え、自分が異世界で戦っていることを。
でも、臆病が風船のように膨らみ続けて壊れない。
自分も殺されてしまうのではないか。そんな疑念が、僕の心を縛って、制限する。
この数分で、僕は彼女に恩を抱いている。
ずっと一人だった僕に、寂しい時間ばかりを過ごしていた僕にこんなに楽しい時間を与えてくれたのに、どうして僕は報いることができない。
「創世君、ありがとね。私、君に会ったことはずっと忘れない。たとえ死ぬことになっても」
三浦さんが遠くに行ってしまう気がした。
このままじゃ、彼女にずっと恩を返せなくなってしまう。
(待って、待って、待って、待って、待って……)
「私は今日で学校をやめるから、私のもう一人の友達に伝言を頼めるかな?」
(待ってよ。まだ少ししか話していない。君ともっと話がしたい)
三浦さんは背を向けた、、
「ーー私を救ってくれてありがとう。でも、私は私を救えなかったよ」
三浦さんは振り返り、僕の手を掴む。
「さよならだね」
それから数日、三浦さんは一度も学校に現れなかった。
あの日話されたことは全て事実だったのではないか、僕の心には寂しさがまた現れた。
(まただ。また、同じことを繰り返している。友達ができたと思えば、すぐに僕の前からいなくなる。まただ……まただ……)
僕は数日、学校にも行かず、引きこもった。
結局、彼女が"もう一人の友人"と呼んだ者に伝言は伝えられていない。
まずもう一人の友人と呼んだと思われるその人物は、今はもう学校に来ていない。
彼女の伝言を届けるほどの力は、僕には結局なかったというわけだ。
学校に行かず、家に引きこもる。
すなわち異世界での冒険もしばらくおやすみ。
死と隣り合わせの世界で生き抜くことは、今の僕には荷が重いように思えた。
ただ、心が憂鬱に染まっていって、つい死にたいと突発的に思えば魔物に首を差し出す。
今の僕はそれほどに精神状態が不安定だった。
ーー死にたい
ーー生きたい
ーー死にたい
ーー生きたい
いつも繰り返している。
明日こそはと希望を込めて扉を開けても、世界は僕に優しさを振り撒いてはくれないんだ。
救いを差し伸べて欲しいと訴えれば良いの?
ーー無理だ。そんな勇気も持ち合わせていない臆病者だから、僕はずっと一人だったんだ。
恐い。
ただ恐かった。
未来は今より良くなっている。
そう願って今を無理矢理生きてきただけの半端者。
ーーもう限界だ。
変わらない現状に嫌気が差した。
変える勇気も持たない自分の臆病さにやり直したいというささやかな願いを抱いた。
でも、二人は僕を見捨てようとはしなかった。
「三世、急にどうしたんだ」
「三世、異世界で暦さんが待ってるよ」
家の前まで来て、彼らは僕を学校に引き戻そうとしてくれる。
でも、もう戻るつもりはない。
小学校から高校まで、何年もあの学園で過ごした。でもずっと一人で寂しいだけで、ただただ苦しかった。
「帰ってくれないか」
扉越しに話をする。
「どうした? 何があった? 俺たちが相談にのるよ。困っていることがあるなら教えてくれ」
ずっと僕は苦しんでいた。
ずっと僕はこうしたいと考えていた。
だから、僕はこの場所を選んだ。
「嫌だ。僕はもう、学校にも、異世界にも行きたくないんだッ。だから帰ってくれ」
怒号にも似た激しい口調で追い返す。
自分でもこんな大きな声が出るのかと驚き、大声で笑ってみせた。
既に外に二人の陰はない。
「これでようやく今日も寝れる」
「ーーあら、まだおやすみなさいをするには早いんじゃないかしら」
振り返れば、魔女がいる。
魔女エンリ、彼女は僕の家の茶菓子を食べつつ、持参した紅茶を飲み、愉快に微笑んでいる。
「あなた、せっかく魔法を開花させたのに、どうして引きこもっているの?」
「もう、何もしないことに決めたから」
魔女は知っている。
魔女は見ている。
「そういえばあなた、私の能力をまだ全然知らないのね」
「……」
「私はあらゆる情報を視覚情報として認識することができる。あなたの顔も、体重も、心も、過去も、全部よ」
「まるでネタバレ屋だ」
「彼女と一緒にしないでもらえる。彼女に比べれば私の能力は些細なものでしかない。私が霞むわ」
「話が逸れてしまったわね」と苦笑し、魔女は話を本題へと戻す。
「学校にも異世界にも行きたくない、見たくない、知りたくない理由、私が解説してあげましょう」
「ーーやめろ」
僕の心が危機を感じ取った。
魔女エンリは本当に僕の全てを知っており、今ここで全てを打ち明けようとしている。
だが彼女は制止を聞かず、話を続ける。
「学校に行けば誰にも見てもらえない。誰からも楽しいを感じたことはない。昔からずっと、あなたは逃げたかった。逃げる理由を探してた」
「ーーやめろ」
その先に彼女が話すであろうことが何か容易に理解できた。
だから止めようと声を荒くするも、彼女は聞かない。
「そして会ってしまった。三浦友達、その者はあなたの憂鬱を晴らし、幸せに導く存在のはずだった。しかし結果は違った。三浦友達はあなたの前からいなくなった。一度幸せを知ってしまったあなたにとって、今度こそ憂鬱は耐えられない場所になっていた」
「ーーやめろ」
事実だ。
彼女が話した内容は僕の心中を射抜いていた。
これ以上自分の感情と向き合いたくない、その一心で彼女を止める。
だがやはり、彼女は聞かない。聞こえているはずなのに、聞いていないふりをする。
「でも異世界に行っても三浦友達に会う可能性がある。会ってしまえば、あなたは異世界のことを知っていた上で無視をしたと思うでしょうね。どうして嘘をついたのと思われ、自分を信じてくれなかったのねと三浦友達は思う。それ故、」
「ーーやめてくれ……っ」
もう力は込められなかった。
か弱い声で止めようとした。
もちろん、魔女エンリは話を止める気は微塵もない。
「あなたは三浦友達から嫌われ、あなたは友達を失うことになる。だからあなたは選ばなかった。なにも、なにもかも選ばない」
全て肯定し得る事実だ。
彼女が話した言葉のどこに、嘘が存在していたというのだろうか。
僕は胸が痛く、苦しかった。
今まで向き合ってこなかった自分の本性が、彼女ーー魔女エンリによって無理矢理引きずり出された。
心の中だけでなら知らないふりもできた。だが第三者によって自分の全てを話され、否定できない状況に陥らされた。
「創世三世、あなたは常に最悪の想定をする。いつもネガティブだからこそ、最悪の想定だけをして、勝手に卑屈になって、自分が世界から必要のない存在だと自己を矯正する。結果、あなたはいつまでも救われない」
「もう……やめてくれ」
胸が四散してこの世から消えてしまいそうだった。
いや、それよりももっとひどい。
向き合う前に死のうと何度も考えたのに、僕は死ぬ前に目を逸らし続けた事実と強制的に向き合わされる。
なんで世界は、こんなにも無慈悲で、無情で、残酷で……ああ、もう、
魔女は言う。
「もういやだもういやだもういやだ。だからーー」
「ーーもういいや」
僕は自然と答えた。
自分の意志がなにかに引っ張られるように、無意識的に。
苦しさから溢れる涙を抑え、頭を抱え、下を向き、現実からの逃避行でさえも考える気力がない。
「エーテル、あなたは世界を壊したくはないか?」
魔女はあの日のように、僕に手を伸ばす。
「無理だろ」
「いいや、無理じゃないさ。もしあなたが世界を憎み、恨んでいるのなら、あなたは世界を壊さなければいけない。あなたは、世界にとって悪に染まる勇気もないのかい?」
「勇気……っ」
僕はその言葉に思わず反応した。
これまで僕は勇気がなかった。だからずっと一人だった。だから孤独のそばにいるきとしかできなかった。
「あなたが望むなら、あなたが世界の崩壊を望むなら、私が力を貸してあげるわ。だからあなたは、私とともに歩く勇気さえあればいいの」
「僕は……」
今までの勇気がない僕はもういない。
今の僕は、その勇気だって持ち合わせている。だから、
「僕は、あなたとともに歩みます」
「いい判断よ」
ーーでもこの選択は、あなたにとっては破滅の第一歩。早く見たいわ。あなたが絶望する顔を。
魔女は魔女。
魔女エンリは三世に救済を与えたわけではない。
彼女が与えたのは、彼女が喜ぶ未来への片道切符。
ーー終わりへ、終わりへ。まず死ぬのはあなたのようね。創世三世