第7章ー11
「象を使ってのあの道を越えての侵攻作戦は不可能とは言いませんが、かなり困難であると考えますが」
しばらく会議の場に相応しからぬ、ひそひそ声での半ば隣同士での会話が交わされた後、戸次鑑連大尉が半ば代表して、畑中健作少佐に対して発言した。
「そういうことになるのか」
畑中少佐も半ば予期していたかのように、そう答えた後、考え込んでしまった。
それを見て、その場にいる士官の面々も考えこんだ。
戦象、それはこの時代においては、畑中少佐に言わせれば、戦車のような代物と言ってよかった。
実際、武田晴信少尉や戸次大尉でさえ、シャム王国で戦象を見た際には驚愕せざるを得なかった。
戦象の集団は、はっきり言って色々な意味で対処が難しいのだ。
それなりに戦象と対戦した経験があれば、また違うのだろうが、多くの歩兵が戦象という代物を見ただけで圧倒されるだけの巨体を、戦象は持っている。
(騎兵に至っては、余程、訓練された軍馬でないと、戦象に対して怯えてしまい、戦闘不能になる)
また、実際問題として、普通の刀や槍で少々傷つけた程度では戦象を倒すと言うのは困難だ。
戦象を戦場において倒すとなると。
畑中少佐以下、日本軍の士官がほぼ一致して考えているのが、前装式ライフル銃の遠距離狙撃で戦象を傷つけ、戦象を興奮、混乱させてしまう方法、又は。
火縄銃(なお、日本軍の火縄銃は、いわゆる10匁筒、侍筒で統一されており、それなりの大威力を持っている火縄銃である)を何発も浴びせることで、戦象を興奮、混乱させる方法だった。
(但し、火縄銃では狙撃の際にかなり近づかざるを得ず、狙撃手も興奮した戦象に踏み殺される危険を、かなり冒さねばならないという問題がある)
なお、何れも戦象が興奮、混乱することによって、戦象の乗り手が戦象を自ら殺さざるを得なくなることを、ある程度は期待しての戦術である。
実際問題として、通常の前装式ライフル銃や火縄銃では、何発どころではなく、十発以上は戦象に当てねば、いわゆる戦象を失血死に追い込むことはできない、と推測されていた。
とはいえ、実際の戦場で相対しては、苦戦を覚悟して、戦象と戦わない訳には行かない。
そう考えていくと、ビルマ軍は戦象をシャム王国との戦争に投入しない、と考える訳には行かない。
ビルマ軍が戦象を戦場における半ば切り札として投入する、と考えて我々は対策を考えるべきだろう。
だが、山越え路を戦象部隊が本当に越えられるだろうか?
しばらくの間、会議の場では、沈黙とひそひそ話の時間が交互に交わされることになったが。
最終的に畑中少佐が沈黙を破った。
「やはり、山越え路を越えて、ビルマ軍は侵攻し、その際には戦象部隊も随伴すると考えるべきだろう」
「私も同意します。戦象部隊に山越えが不可能とは思えません。馬が通れるならば、象も通れると考えるべきだと考えます」
戸次大尉が同調の声を挙げ、その声にその場にいる士官の面々も相次いで同意した。
「それでは、どうやって対処する」
「まだ、上手く考えがまとまりませんが、次のような方策はいかがか」
鬼庭良直大尉が、畑中少佐の問いかけに、自分の考えを述べた。
鬼庭大尉の言葉に、多くの士官が唸り声を挙げて、同意した末。
「その任務、私が率先して行いたい」
武田少尉が(半ば自ら)手を挙げて、実行役を志願し、そして。
「応、武田騎馬鉄砲隊を編制するという訳か」
「武田殿なら、問題無かろう」
「最も、武田騎馬鉄砲隊を名乗るには少々寂しいが、止むを得ないな」
武田少尉に、相次いで味方する声が挙がった。
その声を聴いて、畑中少佐が決断を下した。
「武田少尉、やってくれるか」
「喜んで」
武田少尉は不敵に笑って答えた。
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