第7章ー10
そんなことが武田晴信少尉の身には起きたが、ビルマ軍のシャム王国への侵攻間近という情勢が特に変わる訳もない。
だから、地理不案内を少しでも解消するために、武田少尉らはアユタヤから対ビルマ国境方面への斥候、偵察任務に従事することになった。
「それにしても、ビルマ軍が攻めてくるのは難事だな」
武田少尉は、ビルマ軍の侵攻距離の遠大さに少なからず気が遠くなった。
「甲府から京の都への上洛作戦を、武田軍が断行する方が遥かに楽に思えてくる」
そんな想いさえ、武田少尉はしてしまう。
実際、武田少尉の想いは間違っていなかった。
タウングー朝ビルマ王国の首都タウングーから、シャム王国の首都アユタヤまでは直線距離でも600キロを超える距離がある。
更にその直線距離の間には、シャム王国とビルマ王国の国境を形作る標高1000メートルを超える山並みがそびえ立っている。
だから、ある程度は迂回して侵攻作戦は発動せざるを得ない。
しかし、迂回したら迂回したで、今度はその山並みから流れ出る急流、河川が進軍を阻みかねないのだ。
だが、このことは裏返せば、日本軍の面々にビルマ軍の侵攻ルートを容易に推測させることでもあった。
そして、雨季の現地斥候という気の載らない任務ではあったが、そうはいっても必要な任務であることは日本軍の面々には分かっており、更に侵攻ルートがそれなりに推測できる以上、そんなに闇雲に現地斥候を行う必要は無いからである。
だから、2月という準備期間があったことから、日本軍の面々は大よその現地斥候ができた。
とはいえ、その間は。
「この雨はたまらん」
「干飯がすぐにふやけますな」等々
雨に悩まされながらの斥候任務となるのは止むを得なかった。
また、折角、斥候任務で馬が使えることになったが、何しろ雨季である。
「馬の脚が泥沼に沈みこんだぞ」
「何とか無事に引き抜け」等々
色々と馬を操るのにも苦労するのも半ば当然だった。
そして、10月末に迎撃作戦を練ることになった。
「ビルマ軍の侵攻ルートは、できる限り最短になる山越え路を執る公算大か」
畑中健作少佐が、議長役を務める士官会議が開かれ、出席している士官の相次ぐ発言を受けた後、畑中少佐はそのように発言をまとめていた。
「これまでもビルマ軍は、何度もこの経路を使っています。更に馬を使って斥候をしてみましたが、馬も難しいとはいえ、今でも十二分に通れます。これは私や武田少尉自身が確認しています」
鬼庭良直大尉が、胸を反らして言った。
武田少尉は甲斐の、鬼庭大尉は陸奥(陸前)の出身である。
共に良馬の名産地として、古来、知られている地方であり、武田少尉も鬼庭大尉も、それこそ産まれてすぐに馬に親しみ、乗馬には熟達している。
鬼庭大尉に至っては、
「やはり、もう少し気性の荒い牡馬に乗りたい。大人しい牝馬やせん馬では、馬に乗った気がしない」
と陰で武田少尉にこぼすくらいだ。
だから、馬を通すこと自体には問題なさそうだ、と武田少尉自身も考えたが。
少し意見を付け加える必要を感じた。
「ただ、私が見る限り、複数頭立ての馬車で超えるのは困難です。あの酷い路では、荷物を運ぶとなると、基本的に馬に荷物を駄載するしかないのではないでしょうか。又は1頭立ての馬車を使うか、いわゆる大八車で何とかするかしかないと考えます」
武田少尉の言葉に、畑中少佐は想わぬことを言った。
「象は通って来られるか」
「象ですか」
士官全員が首を傾げて考え込んだ。
象の現物を見たのは、この場にいる士官はシャム王国に来てから、という面々ばかりと言ってよい。
敢えて言えば、昭和で畑中少佐が見たことがあるくらいだ。
そういえば戦象をビルマ軍は保有していた。
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