第6章ー11
「そういうご事情でしたか。上里屋が傭兵を取り扱うのではなく、日本がシャム王国に傭兵を送ろうとしているのを仲介するという訳ですか」
「傭兵ではない。あくまでも、日本とシャム王国が同盟し、同盟国として日本が兵を送る訳だ。だから、この兵は日本の兵ということになる」
「それはそれで、問題が起きそうですが」
夫婦は、更に会話を交わした。
「ともかく商売上の必要から、シャム王国の高官と上里屋はそれなりのつながりがある。そのつながりを精一杯使って、隠密裏に日本とシャム王国の同盟を進めよう、と辻政信大佐から、日本政府の考えを聞いて、私はそう行動する決意を固めた」
上里松一は力強く言ったが、プリチャは不安そうだ。
「どうかしたのか」
「いえ、また、戦争が起こるのですね。それも大きな戦争が」
「ああ、私も本当は戦争がしたくない。今となっては、ここが第二の故郷だからな。君もいるし、ここで子どもも生まれた。そんな故郷を戦禍にさらしたくはない。だが、相手がある以上、戦争は止むを得ない」
プリチャの問いに、上里松一は答えたが、内心で考えざるを得なかった。
本当は第三の故郷と言えるだろう。
自分の本来の故郷は、沖縄の首里だ。
しかし、今となっては還ることのできない異世界(?)の400年後の沖縄の首里と、今の沖縄、いや琉球の首里とはやはり違う存在なのだ。
それにしても、琉球王国の三司官の孫娘の婿になった、と自分の両親に知らせることができたら、自分の両親はどう思うだろうか。
そんなお姫様を、息子の妻に迎えられるとは、と自分の両親は喜ぶだろうか。
そんな夫の様々な想いに気付いたのか。
その夜、プリチャは上里松一に半ばしがみついて眠った。
翌朝から、上里大尉は、上里屋の看板をフルに使った隠密活動を始めた。
言うまでもなく、辻大佐が実際の主導役である。
ちなみに言語の問題は、というと。
「辻大佐、日本語以外が話せるのですか」
「うん、華僑と暫く偽って生活しておったからな。現在の現地華僑の言葉なら、ある程度の日常会話は出来る。実は、3年程、東南アジア各地を放浪して、情勢を探っておった。その際に聴いて覚えたからな。東南アジア各地の言葉もカタコト程度なら、聞いて分からないことも無い」
どこまで本当なのだろうか、そんなことまで辻大佐は言ってのけた。
なお、言うまでもなく、上里大尉はこの数年の生活のお陰で、タイ語も、現地華僑の言葉も、ほぼ完全に操れるようになっている。
実際にこの暫く後で、義父の張敬修に上里大尉が聴いたところによれば。
日本本土に皇軍の主力が向かい、天文維新に取り掛かった直後、辻大佐がマニラに現れて、3か月程、華僑の言葉を猛勉強し、華僑の振る舞いを学んで、行商人という風情で、マニラを去ったのは本当らしい。
だが、その理由を、辻大佐は山下奉文中将の密命を受けたから、と本人が言っていたことについては、嘘ではないか、と張敬修は勘繰っていたし、上里大尉も同様に考えざるを得なかった。
大方、山下中将にマラッカの周辺情報を探りたい、と自分から進言し、そのまま姿を数年に渡って消していた、という辺りが真相なのだろう。
それはともかく。
だからこそ、上里屋の店先に現れて、辻大佐は上里屋の手代と話ができたわけだし。
シャム王国の王宮で、上里大尉が通訳に入らなくとも、華僑の言葉を相手が操れるなら、辻大佐はそれなりの会話を実際に、やってのけてしまった。
そして、上里大尉が、親国王派と目星をつけていたシャム王国の役人クン・ピレーントーンテープらと意を通じることで、辻大佐はヨートファー国王との謁見にまで成功した。
更に、ヨートファー国王は日本との同盟に踏み切った。
辻政信に対する偏見塗れ、と言われそうですが、「潜行三千里」等で述べられている辻政信の行動を見る限り、この世界でも色々とやらかしそうな気がして、私にはならないのです。
ご感想等をお待ちしています。




