第6章ー7
辻政信陸軍大佐と上里松一海軍大尉の会話が終わったのは、夕刻近くになっていた。
辻大佐は、アユタヤの宿については、上里大尉に紹介して貰おう、と端から考えていたようだったので、上里大尉は考えた末、一時滞在の客用の離れが空いていたのを半ばいいことに、その離れに辻大佐を泊めることに決め、使用人にそのように指図した。
そのため、辻大佐は離れに移動して使用人から食事を供され、一人で今は寛いでいる。
なお、上里屋(及び上里大尉の私邸)の警備体制は、それなりのものがある。
これは、アユタヤきっての大店ということから、押し込み強盗等を警戒してのものだった。
元皇軍の兵士8人が、38式歩兵銃を持って用心棒として、常時、住み込みで詰めている。
更に最低でも誰か1人が不寝番として、夜中の見回りもしている。
アユタヤきっての大店とはいえ、ここ以上の警備体制にあるのは、王宮くらいだろう。
辻大佐が、夜間に襲撃等される心配は絶無と言ってよかった。
なお、辻大佐としては、明日にでも、シャム王国の宮廷に乗り込んで、日本とシャム王国の同盟について熱弁を振るいたいようだった。
辻大佐の今回の任務は、今の日本政府に公式に認められているといえば認められている任務だったが、文字通り、グレーゾーンを衝くような任務でもあった。
シャム王国に日本の軍隊を提供する代償として、日本とシャム王国が同盟を締結する。
更に、ポルトガル領マラッカが、日本やシャム王国に対して武力行使をする際には、共同して防御等の対処を行うという同盟を締結すると言うのが、本来の任務だった。
つまり、主な目的は防御同盟なのだ。
そして、軍事内容を伴う以上、皇軍士官が説明等に当たるのが相当だ、ということで、辻大佐が自ら手を挙げて、アユタヤに乗り込んできたのだ。
だが。
辻大佐としては、この同盟を防御同盟ではなく、攻守同盟とするつもりだった。
シャム王国が、対ポルトガル戦争を望んでおり、攻守同盟を望む以上、日本もそれに応ずるべきだ、と日本に帰国して報告し、日本とシャム王国の同盟を攻守同盟にするつもりなのだ。
そして、辻大佐の強引な主張があったとはいえ、上里大尉も辻大佐に同意したい想いに駆られていた。
プリチャのような悲劇を断つために、ポルトガルとの戦争に踏み切るべきだ。
そんなことを考えた末に、上里大尉はプリチャや4人の子ども達と、夕食の食卓を囲んでいた。
プリチャは、元々の出身もあり、夫や子どもの料理を主に作るのは、自分がやると決めている。
それこそ、上里屋の規模からすれば、主とその家族の料理を作るための専門料理人を雇い、プリチャは完全に女主人に徹してもよいようなものだが、それではプリチャが却って落ち着かないのだ。
更に言えば、専門料理人に引けを取らない料理の腕前を、プリチャは持っている。
だから、今日もプリチャが腕を振るった美味しい料理を、上里大尉は食べたのだが。
どうにも今日の辻大佐の話が、上里大尉の心に澱んで、味が微妙に感じられなかった。
上里大尉は、できる限りはいつものような感じで振舞っていたのだが、こういったことを家族は、自然と察するものである。
「どうかしたの」
とうとう長子のタンサニー(美子)が、しびれを切らして聞いてきた。
「ああ、昼間来た客が、日本以外の調査に関する絵本を、日本から持って来たんだ。夕食を済ませたら、見せてあげるよ」
上里大尉は、取りあえずのごまかしをした。
「本当、夕食後が愉しみ」
タンサニー(美子)は笑ったが。
プリチャは、無言で上里大尉を見つめていた。
上里大尉は、背中から冷や汗が出だした。
これは、真実をプリチャにはある程度は明かさないといけないようだ。
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