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なんちゃってスローライフに嵐の気配



 孤児院の生活も2カ月もすればリズムができる。


 衝撃的な初対面であったが、少女たちは持ち前の強さなのか簡単に生活に馴染んでいく。それでも幼い子供にはわたしのこの外見は恐ろしいらしく、声をかけてくるのは決まって3人だ。

 最初に内緒話と称したカウンター攻撃を繰りひろげたあの3人。


 きも発言のレナ、毟り取る主義のシーナ、生かさず殺さずのリューイ。

 ちなみにチョコレート色の少女がレナで、ツインテールをしているのがシーナ、おかっぱ頭がリューイだ。それぞれがそれなりに可愛らしいので距離感を間違えないように気を付けている。


 恐ろしさに内心ドキドキしていたが、一緒に生活を始めた少女たち6人はすでに自分の役割を決め、それなりに動いてくれる。料理もそこそこできるようになった。初めの頃は幼いこともあってあまりできなかったので、わたしが用意した。


 もちろんグレンハーツの料理の腕など皆無であるが、わたしとミックスしたことで普通に料理ができるようになった。キッチンもIHコンロに近いものを作った。


 すごいでしょう?

 この世界にはないから作ったのよ。もちろん魔法で。


 うふふ、魔法万歳!

 チート万歳!


 この世界のキッチンでは子供が料理するのも危ないが、IHコンロなら大丈夫だ。滑りのいい鏡面仕上げの石でできているので、大きな鍋の安定感もある。スープ類を数種類、肉料理を数種類教えておけば後は勝手に学んでいった。最初に出てきた料理は焦げていたが、回数こなせば上達するものだ。

 料理もかませられるようになって、自分の時間が取れるようになった。掃除の必要もなく料理の必要もない。子供たちは勝手にやりたいことをしている。


 これって十分スローライフよね。好き勝手ダラダラできる。


 わたしはのんびりと道具をテーブルに広げ、いつものように手入れをしていた。


「おっさん」

「うん?」


 わたしは手元から顔をあげずに返事する。レナがチョコレートの瞳でじっとわたしの手元を見ている。


「それ何しているの?」

「何って、爪の手入れ」


 やすりで綺麗に爪の形を整えながら答えた。冒険者……おっさんらしく深爪気味に切っていたのだが、やはり深爪は辛い。指先から出ない程度に調整しながら、熱心にやすりをかける。


 少しだけ離して形の出来具合を確認した。満足する仕上がりに、次は甘皮の処理だ。10日に一回の手入れだが手抜きはしない。甘皮の処理の後、表面を磨いてオイルを刷り込んだら完成だ。


 本当におっさんの手は最悪だった。毛の処理は魔法で何とかなったが、爪だけは駄目だった。時間をかけてようやく納得のいく手になってきた。それでも指は太くてごつごつしている上に、骨折でもしたことがあるのか何本か曲がっている。本当にいいところはない。爪が綺麗になったのと、かさつきがなくなったから少しはましに見えるようになった。やっぱりもっと治癒魔法に磨きをかけるべきか。


「……おっさん、変な人よね」

「うん?」


 初めてレナの方へ顔を上げた。レナがじっと熱心にわたしの手を見つめている。


「ハゲだし、話し方気持ち悪いし、見た目ヤバい人なのにいい人だと思う」

「それって一つも褒めていないよね」

「本当は金銭巻き上げて牢にぶち込んでやろうと持っていたけど」


 異世界少女、こわっ。


 思いっきり口元が引きつった。レナの過激な発想は身の安全を図るためかもしれないが、その対象になるわたしとしては非常につらい。

 ああ、せめて顔色の悪いひょろひょろしたおっさんがよかった。なんでこんなに厳ついのよ。


「結構、おっさん、好き」

「は?」


 予想外の言葉に口がポカーンと開いた。


「うん、多分。きっと、恐らく好きなんだと思う」


 よくわからない形容詞があったけど、それでも恐れおののく。


「いやいやいや。ちょっと気を確かに持ってよ! そんなこと言われたら、わたしの命が危ない。え、何のフラグ???」

「ええ? いいじゃない。こんな美少女が口説いているのよ?」

「ば、馬鹿言うんじゃないわよ! ロリコン設定? おっさんに幼女ハーレムなんて、恐ろしすぎる。いやー!!!」


 取り乱して叫ぶと、くすくすと笑う声がした。はっとしてレナを見れば、肩を震わせて笑っている。


「はい?」

「ほらね、おっさん、少女に興味ないのよ。わたしの勝ちね。掛け金ちょうだい」

「つまんないー。どうせなら善人面をしていたけど、夜な夜な少女たちを餌食に……! って売り込みたかったのに」

「予想を外れないなんて、しょぼいわよね」


 どこに隠れていたのか、シーナとリューイが出てくる。どうしたことか。だらだらと嫌な汗をかきながら必死に現状を整理する。


「ここは夜な夜な少女たちを弄ぶべきだったの……?」


 わたしが呟いたその瞬間に頭に何かが落ちてきた。あまりの痛さに目の前に星が飛ぶ。


「ぐえ」

「いけませんね。女の子に欲情してはいけません。強面の男として機能しない経験豊かな冒険者がいる孤児院で紹介しているのです。信頼を損ねるようなことはしないでください」


 いつの間にかギルド長が来ていた。


「欲情なんかしないわよ! なんだか錯乱していただけよ!」


 自らの潔白を証明しようとしたが、ギルド長の色の薄い瞳に睨まれて尻つぼみになる。ふるりと体を震わせて話を変えた。


「……何か用?」

「グレンハーツ、貴方に召喚状が来ています」

「召喚状? わたしに?」


 意味が分からず、首を傾げた。


「ええ。今この大陸では深刻な事態が起こっています」


 ギルド長はわたしの向かいに腰を下ろした。どうやら長い話になるようだ。



******



 語り終えたギルド長はふうっと息をついた。レナに出してもらったお茶で喉を潤している。


「つまり、魔王の呪いの話が独り歩きして誰一人して討伐に向かわなくなったという事?」

「簡単に言えばそうです。勇者パーティーの一つのメンバがツルツルのおねえに変化し、肝心の勇者もブツを取られて再起不能。魔王の呪いは解けることがないというのが恐怖の根本ですね」

「そうなの? 人類のために男の尊厳くらい捨てたらいいじゃない」


 それほどまで男の尊厳は重要なのかと呆れてしまった。

 だって人類が亡びるかどうかという瀬戸際なのだ。魔族に負けて魔王の力が強くなれば、人間は生きていけない。人類のため犠牲になってもいいじゃないかと思う。

 しかも命は奪われないのだ。冒険者として魔物に挑むよりも生存率は高いはずだ。男性としての人生は終わっても、勇者とか英雄として称えられる。そちらの方がよほど名誉なことだと思うのだが。


 しかも魔王の呪いなんて、存在しない。


 本当に勇気が試される。ほんの少しの勇気を持てば、一人で手柄を立てることができる。上手くすれば王女様と結婚できるはずだ。


 人類を救った英雄と王女の結婚。


 いいわね、物語みたいで憧れる。うっとりするわ。


「わかっておりませんね。男にとって男を捨てることは難しいのです」

「えー……」


 価値観の違いだろうから、ここは意見をすり合わせること自体無駄だ。お互いにわかっているのか、わたしもギルド長も黙り込んだ。お茶を飲みながら、少しだけ気持ちを落ち着ける。男の尊厳についてはそういうものだと受け入れることにする。


「それでわたしに召喚状というのはどうして?」

「国王陛下が誰一人討伐に行くと名乗り出るものがいないので、実際に魔王の呪いにかかった人物に会いたいと言い出しました」


 余計なことするなよ、国王!

 もっと有意義なことに時間を使え。


「おそらく、国王陛下との謁見の場には聖職者もいると思います」

「まさか、呪いを解くため?」

「そのまさかです」


 うひゃー、だいぶ大ごとになってきた。

 というかね、みんなの勘違いに乗っかって勇者を処分したから裏付けができたわけで。そもそもはこの目の前にいるギルド長が悪いのだ。わたしは一言も魔王の呪いとは言っていない。


「わたし、こんなんだけど?」


 一応、聞いてみた。厳ついハゲの筋肉だるまが女言葉で挨拶するのだ。不敬とか言われて牢にでもぶち込まれたたまったもんじゃない。


「これは勅命ですので、断ることはできません」

「そうですよねー」


 はあ、憂鬱だ。

 それにしても謁見か。


 バネッサであった時を懐かしく思う。煌びやかな侯爵家当主としての自分はいつでも胸を張って生きてきた。足元をすくわれないように、侯爵家を領民を守るために。


 よし。

 誰にも負けない衣装を着て、ため息をつかせるぐらいの挨拶をしてやろう。


 



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