なんちゃってスローライフ、孤児院を作りました
「ここです。どうぞ、中に入りましょう」
ギルド長に案内された元愛人宅を前にして、呆けて見上げた。想像していたよりも立派な屋敷だった。こんな田舎にこれほどの建物があったことに初めて知った。もともとわたしになる前のグレンハーツは面倒くさがりで出不精であったが、全く気が付かないというのもどうなんだろうか。
わたしの疑問に気が付いたのか、ギルド長がおかしそうに笑った。
「魔法が得意な貴方でも気が付きませんでしたか? ここは盗難防止に結界が偽装の張られていたのですよ」
「結界?」
そう言われてよく観察してみれば、確かに結界がある。
「そろそろ結界も限界を向けるところです。時折見たものがいて、幽霊屋敷が現れたと騒いでいるのを知りませんか?」
「あー、知っている。ギルドの酒場で確認してみ隊が結成されていたような?」
「そうです、それです」
この街は本当に平和だな。ノリのいいおっさん冒険者たちを思い、苦笑した。あれでもいざとなるとかなり頼りになるのだ。魔物の氾濫の時など、顔つきが全く違う。それが人生のバランスなのかもしれない。
他愛もない話をしながら、敷地内に入る。
門から屋敷につながるポーチがあり、玄関は両開きで重厚な造りをしている。愛人宅だっただけあって、こじんまりしていてもかなり凝った作りをした屋敷だ。こんな田舎ではありえないほど贅を尽くしており、元の持ち主がどれだけ愛人にのめりこんでいたのかがわかる。
「好きに使ってください。ギルドの持ち物ですが、いちいち許可を取る必要はありません」
ギルド長が次々と部屋の鍵を開けながら、案内した。玄関をくぐれば、吹き抜けの階段がある。その奥には大広間に食堂、そして応接室。どれもかなりの広さであり、夜会や茶会を開けるほどだ。貴族の屋敷と考えれば狭いかもしれないが、小金持ちの平民で考えればかなりの広さだ。
ただ問題は。
「ねえ、床が腐っている」
「窓だって割れているわ」
「……ここ住めるの?」
不安を口にする少女たちにギルド長は慈愛の笑みを浮かべた。
「心配いりません。グレンハーツは土魔法も使えます。すぐに直りますよ」
「え?」
「ギルトとしても幽霊屋敷の騒動に終止符を打ちたいのです。孤児院が立てば噂もなくなるでしょう」
ああ、なるほど。無償で貸し出すと言った時にはなんて太っ腹なんだと思ったが、そうでもない。今にも崩れそうな建屋を住む人が直す分にはギルドは懐は痛まない。ギルド職員としての給与と1か月分の全員の食費など安すぎるのではないだろうか。思いが顔に出たのか、にこやかに笑みを浮かべてギルド長が告げる。
「もちろん、この仕事を受けていただいたらグレンハーツのギルド実績として認めますよ」
「ということは、ここの仕事を受けている限り、依頼を受けなくてもいいと?」
「そうなります。どうです? なかなかいい話でしょう?」
確かにいい話だった。グレンハーツはわたしとなる前も資格を剥奪されない程度にしか依頼を受けていない。もちろん金がなくなれば受けるのだが、グレンハーツは魔法で何でも解決する癖がある。必ずしも金銭を得るのに依頼を受ける必要がないのだ。しかも資格を剥奪されたくない理由が、ギルドにある部屋を使いたいだけだった。
ギルドの資格を維持したい理由も知っているせいか、ギルド長はわたしが断るとは思っていないようだ。ここは一発、断っておこうか。
「そうですか、よかったです。ギルドの方は手続しておきますので」
わたしが拒否する前にギルド長が打ち切った。ちっと舌打ちすると、ぼそりと少女のうちの誰かかが呟いた。
「押しが弱い」
否定できない。むっつりと黙り込んだ。
「では、私はこれで失礼します。何かありましたら、ギルドの受付に来てください」
「ああ、ちょっと待って」
慌てて彼を引き留めた。彼は不思議そうにこちらを見た。
「なんでしょう?」
「これからも人数増えるの?」
「ええ。希望者がいれば。ただ男の子はここを希望しないと思いますので、人数はさほど多くならないと思います」
あまりにもきっぱりと言い切るので目を瞬いた。孤児になっていき場所がなければ男も女も関係ないと思うのだ。
「男の子は皆、尻を心配していますからね。仕方がありません」
「……わかった」
尻の心配と言われてげっそりとした。わたしは中身が女であっても、男、しかも幼児とにゃんにゃんするつもりはない。断言したいところだが、面倒になった。今までも言われ放題でいたのだから、大したことではないと割り切る。既に面白おかしく言われているのだから、放置だ。
ギルド長が去った後、わたしは一部屋一部屋確認した。十分に間取りを頭に入れた後、外に全員に出るように告げて、屋敷の玄関の前に立った。
じっと見上げ、想像する。今までの知識から修正後の間取りや様子を思い起こした。
目を瞑り、魔力を全身に巡らせた。
建物を元に戻るだけではつまらない。できる限りメンテナンスが必要にならない構造を考える。最小限の労働力で最大限の清潔な環境を作るつもりだ。
日本では当たり前になっていた全自動洗濯機や自動掃除機。
どれもこれも人の手を介さずに維持するためのものだ。当然この世界になくともわたしの超チートな能力を使えば、きっと実現できるに違いない。屋敷自体を魔道具にしてしまえばいいのだ。
それにセキュリティーも完璧にしなくては。この危険が沢山ある世界、おちおち寝ていられない。
無駄に多い魔力を駆使し、家自体を魔道具に変えていく。
ふふふ。
現代日本のラノベ知識があればこれくらいちょちょいのちょいだ。
想像できることは魔力さえ足りれば実現可能というご都合主義の世界に万歳。
無駄に多い魔力に万歳。
最後に、ラノベ作家さん、ありがとう!
その想像力、マジで尊敬します!
「おっさん」
「うん?」
屋敷を作り終えたころに、少女が声をかけてきた。わたしに向かってきも、と発言したチョコレート色の瞳をした少女だ。
「無駄に魔力多いけど……もしかして伝説の魔法使いなの?」
「伝説の魔法使い?」
「そう。30歳まで前も後ろも未使用だと魔力倍増するという話」
それってこの世界でもあるのか。引きつるわたしに少女は淡々と続けた。
「40歳まで未使用だとさらに倍増するはず。元の魔力の4倍ね」
「……」
息が詰まるかと思った。落ち着けと自分に言い聞かせる。
確かにグレンハーツはこの年になっても独身だ。極度の面倒くさがりで、恋人も妻も子供も作らなかった。気が付けば、のらりくらりとした生活をしており、ある日突然魔力が増えた。元々多かったのだが、桁違いに上がり、ますます面倒なことは魔法で済ませるようになる。
「……多分、次の十年でさらに倍増するはず」
「計算できるの?」
グレンハーツの魔力量増加も気になるが、少女が簡単に計算するところが気になった。普通の平民では計算はさほど身についていない。
「わたしはもともと商家の娘だから。両親が魔物に殺されたから今は孤児だけど」
少女の生い立ちを思いずきりと胸が痛む。無機質な瞳を向けてくる少女を痛ましく思う。
彼女は両親と幸せに暮らしていた時には無邪気で幸せだったのだ。突然の喪失に感情が付いていかなくなっても仕方がない。
そう思えば、ここに引き取られる子供たちは皆、何かしらの心の傷を抱えているのかもしれない。かつて、自分がそうであったように。
朧げな記憶となってしまった両親との幸せな生活が思い出された。胸の奥がずきりと痛む。
「同情した? だったら、みんなの服を作るからお金ちょうだい」
「……」
感傷に浸っていた気持ちが吹っ飛んだ。
自分よりもはるかにしっかりした発言にこれからやっていけるのかと、一抹の不安を覚えた。




