最後はやっぱりこうなのね
今日はとても天気が良く、雲一つない。気温も穏やかで過ごしやすいためか、想定以上の人々が集まっていた。集まった人々の視線はじっと王宮のバルコニーに出た国王に注がれている。皆が国王が何を宣言するのか、注目していた。
バルコニーに姿を現した国王はいつも以上に大きく見えた。大きな声ではないのに通る声で国王は演説を始める。
「皆の者も不安に思う事だろう」
威厳ある重々しい話し方で集まった民に語り掛けた。その姿を見れば、この国の王がいかに優秀であるかがよくわかる。民を蔑ろにしない。きちんと向き合い、気持ちを込めて説明をする。
「魔族が活発になり、魔王が力を持てば魔物が蔓延る。毎年沢山の民たちが犠牲になっている」
朗々とした口調で淀みなく語り掛ける。広間に集まった大勢の民たちに関心の高さを感じた。特別に国王の脇に控えることを許されたわたしは民に語り掛ける国王の後姿を見つめる。
あの王冠は伊達ではないのだ。ずっしりとした命の重みがあるのだと知る。
「だが、皆の者。よく考えてほしい。前途ある若者に男として――いや人間としての尊厳を損なうようなことを押し付けることができようか。国というのは民あって成立するのだ。魔王を倒す、愛する者を守るために立ち上がる若者たちの勇気と愛は賞賛すべきものだが、余はそれを容認できない」
聞いているだけで命を懸けてでも成し遂げなければという思いで、体がじんと熱くなってくる。
流石、国王。
プレゼンテーション能力、半端ないわね。すごいカリスマだわ。
「魔王と交渉する。幸い、我々と戦ってきた魔王はすでに死んだ。新魔王との交渉である。難しいだろうが、努力は惜しまない。交渉団には我が息子、第二王子とその側近たち、そして……」
国王は初めて後ろに視線をやった。現れたのは、すでに棺桶に足を突っ込んだような老人二人。宰相と神官長だ。いつもとは違い、凛とした空気で国王の横に立った。
「この国の二人の重鎮が赴くことになった。この国の未来は、皆の者の安全は彼らを信じてもらいたい」
「「「「うおおおおおお!」」」」
演説は熱気の中、終わった。第二王子とその側近たちは民衆に応えながらも顔色が悪い。じじい、いや重鎮たちは対照的にまんざらではなさそうだ。重鎮たちは英雄だと持ち上げられて、得意気な様子に実はやりたかっただけなのではという疑惑が沸き起こる。
「なんだかねぇ」
ぽつりと呟けば、重鎮の爺がにやりと笑う。
「何、男性機能などもはや我らにあるわけがない」
「まったくだ。見栄を張って毎晩娼館に行っているが、耳を掻いてもらっているだけじゃ」
どこまでも男というのは見栄が張りたいようだった。
屍のように燃え尽きている第二王子たちに比べて、元気な爺たちだった。
******
勇者制度が廃止され、使節団が魔界へと旅立った。魔界にはデートリンデがまだいるようであるが、あちらは収束しているのだろうか。二人の魔王の喧嘩中に到着して、どうなろうとわたしは知らない。重鎮の爺たちがいるのだ。そんなに悪いことにはならないはずだ。念のため、魔王が二人いるということは伝えてあるが、どうなることやら。
わたしはそのまま王都に残り、今結婚の報告を兼ねたパーティーに参列している。
この世界の結婚式はとてもシンプルで、届け出を王宮に届ければいいだけだ。だけどそれではつまらないので、日本式の結婚式を紹介した。結婚を報告するためのパーティーを開いたのだ。
バネッサはとても美しかった。
白の刺繍がふんだんに使われたドレスに首元には真珠の三連の首飾り。ドレスはふわりと広がるプリンセスラインのドレスに、透け感のある淡いグリーンのオーバードレスだ。
この中でわたしがプレゼントしたのは真珠だ。宝飾品をプレゼントするとレスターも気を悪くすると思い、真珠そのものだけを提供した。デザインはレスターに任せたので今日初めて見る。
「綺麗だわ」
レスターの隣に立つバネッサと見つめ、目を細めた。
バネッサの透明感のある笑顔はとても美しく、そして誰よりも幸せそうだ。レスターも誰にもはばかることなく彼女の腰を抱き寄せている。時折、かすめるように耳にキスをしている。……こうして違う世界の自分たちを見せつけられるとイラっと来る。
言葉にするなら、リア充爆発しろってやつだ。完全にやっかみだ。
「グレンハーツ様」
バネッサがレスターと挨拶にやってきた。わたしはにこやかにバネッサにお祝いを告げる。
「本当に色々ありがとうございます。グレンハーツ様に先に言ってもらえなかったら、きっとひどいことになっていたでしょう」
「僕からもお礼を言わせてください」
レスターは笑みを見せて頭を下げた。慌ててあげるようにと言う。
「バネッサが幸せならそれでいいのよ」
「グレンハーツ様」
「本当におめでとう」
心からの祝福を述べる。
バネッサとレスターは幸せそうにお互いの顔を見合わせ微笑みあった。
もう一人のわたし。
幸せにね。
*****
目を開けた。
明るい日差しが眩しくても一度目を閉じた。何度も瞬いていると、ようやく光に慣れてくる。体を少し動かすと、声がかけられた。
「気が付いた?」
「わたし、どうしたのかしら?」
「倒れたんだよ。気分はどう?」
彼が心配そうにわたしが横になっているソファーの側に腰を下ろした。そっと額に手を当てられる。
「熱もないな。吐き気とかは?」
「特には、ぼんやりしているだけかな」
素直に答えれば、彼はため息を付いた。
「ねえ、どのくらい気を失っていたの?」
「数分。そろそろ病院に電話しようかと思っていたところだ」
え、あんなにも濃い時間を過ごしたのに数分なのか。そちらの方が驚きだった。バネッサの時に40年以上過ごしていたのにたったの二日だったのだから、その程度なのかもしれない。
最後はあっけなく死んだなぁとぼんやり思う。グレンハーツは単純に魔力切れで死んだのだ。バネッサの結婚後、3か月後のことだ。楽しく色々なものを魔力で作っている最中だったと思う。魔力が多いと高を括っていたのが悪かった。すでに死んでしまったのだ、残った人たちが都合がいいようにするだろう。心配なのは『魔王の呪い』がさらにグレードアップしないかぐらいだ。
「心配かけてごめん。お昼、どうする?」
「昼は家でカップ麺に変更だ。その後、病院に行こう」
検査したところで原因はわからないと思う。心配そうな彼にとても申し訳なく思った。たびたびこんなことがあるようなら、彼が心配しすぎて剥げそう。ただでさえ遺伝的に生え際がデンジャラスなのに。
それにしても、どういう事なのかしら。どんな理屈でこんな珍妙なことになっているのだろう。
悪役令嬢転生、追放系おっさん転生。
今のところ、人気カテゴリーを経験した。まだ二つしか経験していないが、流行の話に憑依している気がする。となれば、チェックすべきは無料サイトのランキングのタイトルだ。
SSSランクの魔法使いか、冒険者かな。もう超チートおっさんで代用にしたらいいと思う。おっさんでも魔法使いだったから条件的には合うはずだ。それともSSSランクではなかったからダメだろうか。
やはり異世界を経験するなら、それなりの準備は必要だ。今日は無理だけど、平日の昼間は情報入手にいそしもう。
でも、しばらくは日本でゆっくりと新婚生活したい。
「もう少し寝ていろよ。今お湯沸かすから」
「うん、ありがとう」
彼の言葉に従って、ゆっくりと目を閉じる。
「ゲコ」
は? げこ?
「ああ、王子様! どうしてこんなひどい呪いを受けてしまったの」
さめざめと泣く少女。よく見ればふわふわのピンクのドレスにティアラをつけている。年は12歳くらいだろうか。
わたしをそっと両手で包み込みながら、さらに嘆く。
「わたし、王子様の呪いを解くわ」
涙を落としながら決意する顔はとても美しい。幼くとも女の顔をしている。ほへーとみていたがいつもと違って【王子】としての記憶が入ってこない。不思議に思って強く過去を思い出せるように念じる。
『ねえ、君、言葉わかる?』
記憶がまだはっきりしなくて焦っていると、誰かの声がした。きょろきょろとあたりを見回し声の主を探す。
『ねえ、ここだよ』
下から声がしたので視線を下げると、何か黒いものがいる。土の上にいる……これはヤモリ?
お腹が見えないからよくわからない。とりあえずヤモリでいいや。
『ヤモリ君、君が話しているの?』
『うん。実は僕が王子なんだ』
『はあ?』
しげしげと王子だと言い張るヤモリを見つめる。記憶がいまいち曖昧で何とも言えない。
『ごめん、今思い出すから』
『うん、待っているよ。ちなみに僕、イモリだから』
じっと記憶を探ると、次々に記憶が浮かんできて定着していく。
卵であった自分、沢山の兄弟たちと一緒に泳いだオタマジャクシ時代。自由でとても楽しかった。徐々に後ろ足が生えて、前足ができて。自慢のしっぽがなくなった。兄弟たちもそれぞれ旅立っていった。
わたしも自由に生きるのだとぴょんとはねたところで――魔女に捕まった。
わたしは珍しく金色のカエルだった。呪いの材料として最も効果のある材料だったのだ。
うーん、呪いの材料というところがチートなのか?
滅多にない希少な材料ということがSSSランク……でいいのかな?
てっきりSSSランクの魔法少女になるのだとばかりと思っていたけど、思い込みはよくない。人外転生は正直見落としていた。
しかもカテゴリー、おかしいよね。
ハイファンタジーじゃなくて、異世界恋愛でもなくて、童話なんだから。
それともついに流行を先取りして、次のビックウェーブは童話カテゴリーなのか。数年前まで巷ではプリンセスブームだったのだから、ありえなくもない。形を変えてネット小説にも影響がジワリと出てきているのかも。
呪いを解くには真実の愛が必要。
呪いのかかった王子様、必死に呪いを解こうとするお姫様、王子様の愛がほしかった魔女。
うん、やっぱりネット小説っぽくできる。
呪いのかかったイケメンヒーロー、呪いを解きたい真正ヒロイン、悪役令嬢っぽい魔女。
ぼんやりと考え込んでいると、突然、ぎゅうううっと握りしめられた。
ぐええええ、痛い痛い痛い!
涙目でバシバシとお姫様の手を叩くが、感極まっているせいか、全く気が付いてくれない。強い力で締め上げられ生命の危機を感じた。
「わたし、頑張るわ!」
ああ、頑張ってほしいわ。だけどね、お姫様。カエルのわたしではなくて、あの悲しそうな眼をしたイモリが王子様なの。
どうしたものか。どうやって誤解を解いたらいいんだ。
真実の愛に目覚めてくれればいいのに。でも、言葉を交わさず視線だけで目覚めるだろうか。
意思の疎通のできない人間と人外との恋愛相談なんて、まったく自信がない。
そして一番の問題は。
彼の幸せを叶える前に、今すぐ寿命が尽きそうだ。
Fin.
最後までお付き合いありがとうございました。