第六十章<その気持ちの名は2>
「なんで……なんで見つからないのよ……っ?」
私は心理学の本を勢いよく閉じて、呻いた。
ここは、フィオ。しかも王宮の図書館である。
図書館の蔵書は、さまざまな国の本や論文などが揃っている。
ゆえに、心理学系統のものだけでも、凄まじい数があるのだ。
それなのに……。
ないのだ。
私の感情に該当する類の学術情報が。
全ての文章を隅から隅まで凝視したにもかかわらず、見つからない。
落ち込んだ。
そりゃもう、激しく烈しく。
勉強が手につかないなんてことは性格的にないが、疲弊した私は――
「最近、アレン様と顔を合わせるたびに心拍数が上がるし、胸の中がふわふわして、甘いような酸っぱいような気分になるんだけど……フィオナ、これ何だと思う?」
第三者に相談することにした。
相談を持ちかけた相手の名はフィオナ・エイベル。
フィオの伯爵令嬢である。
彼女は好奇心が強すぎるあまり、十四で世界を放浪する旅に出た挙句、自国に戻ってからは自分一人で商会を立ち上げたという色々と規格外な人間だ。
私が視察で城下へ降りた際、たまたまランスを訪れていた彼女と偶然出会い、色々あって仲良くなった。
数少ない友人の一人でもある。
人生経験が豊富なフィオナに尋ねれば、答えが出るのではないかと思ったため、お茶会をセッティングしたのだが。
「久しぶりに会ったと思ったら……開口一番惚気るんじゃないわよ」
彼女は細いこげ茶の眉を軽く吊り上げ、そうバッサリと切り捨てた。
非道い。
あ、そうそう。
彼女が気安い口調で話しているのは、私が許可したからだ。
敬語で話されても落ち着かないし。
そんなどうでもいいことを考えながらも、私は言葉を紡ぐ。
「いや、私本当に悩んでるんだけど」
「どう考えても惚気てるようにしか聞こえないんだけど」
「どこがよ!?」
心外である。
そんな私を他所に、彼女は優雅な動作でお茶を飲む。
ため息を吐きながら、私もお茶に口を付けた。
ほんのり林檎の香りがするお茶が、悩み疲れた身体に沁みる。
フィオナも少しは落ち着いたようで、とても嫌そうな顔をしながらも口を開いた。
「……帰ったらすぐに、貴女の感情とほぼ同じものについて書かれた本を何冊か送ってあげるわ」
「え、そんなすぐに見つかるものなの!?」
流石、世界を巡っただけある。
知識量が並じゃない。
何より、数日かけて城の図書館を探しても見つからないような本をサラッと送ろうとするあたり、エイベル商会の取り扱う商品に興味が湧いた。
「どこの図書館にもあるわよ……」
「何か言った?」
「……なんでもない」
翌日には、約束のものが届いた。
胸を躍らせながら包みを開く。
そこにあった本は――全て、恋愛小説だった。
お、遅くなりました……




