第五十九章<その気持ちの名は1>
ルーク様と面会した私の精神状態は、自分でも驚くほど穏やかだった。
――きっと、自分でも知らないところで、あの人のことをズルズルと引き摺っていたのだと思う。
呪縛にも似た過去から解き放たれて、私は心底安堵していた。
そのおかげで、ルーク様と面会した日の翌日から始まった王妃教育にも、お義母様から満面の笑みで褒めてもらえる程度には集中して取り組むことができた。
教育係はお義母様の補佐をするだけで、授業自体は全部お義母様が教えて下さったことには驚いたけど。
ちなみに、授業はスパルタだったけど。
根性で付いて行ったけど。
そんな授業に一切音を上げることなく取り組めたことは、休憩時間には何故か毎回やって来て、さりげなくわかりにくいところを教えてくれたり、しつこいくらいに無茶をするなと諭してくれたアレン様の存在も大きかった。
私の、負けず嫌いで、何かわからないことがあっても他人に上手く相談できないところとか、一度何かを始めると、キリが付くまで絶対に止めようとしないところといった性格をよくわかっていらっしゃる……
ついでに言うとアレン様は、私とお義母様が二人でお茶を飲もうとすると、何故か毎回割り込んで来たりしていた。
大抵、そこに陛下――お義父様が混ざるから、結局ほぼ毎回、四人でのお茶会になってしまっていたりする。
――まあ、楽しいからいいんだけど。
そんな感じで、とても充実した日々を送っている私なのだが、最近ちょっとした悩みがある。
いや、悩みというほどのものではないのだけど、モヤモヤするというか、何というか。
最近、アレン様と顔を合わせるたび、不思議なことに心拍数が上がるのだ。
それに加え、胸の中がふわふわして、ほんのり甘いような酸っぱいような心地になったりもする。
最初は、アレン様が何らかの魔法でも使っているのかと思ったけれど、彼はそんな無意味なことに魔法を使うような人ではないから、それはない。
あと、他人から自分に対して魔法をかけられたときは、“魔法をかけられた”という共通の間隔があるのだが、それも一切ない。
そのため、アレン様以外の人から魔法をかけられたという可能性もない。
いや、そもそもそんな魔法をかけたって、得をする人なんかどこにもいないのだが。
だからこの現象はおそらく……否絶対、私の感情なのだと思う。
問題は、こんな感情を憶えたことなど、これまでの人生の中で一度もないので、この感情の名前がサッパリわからないことだ。
それが、得体の知れないこのモヤモヤを、余計に増長させている。
戸惑いながらも、表面上はいつも通りという風に取り繕って――いや、アレン様が心を読んでたら無意味なんだけど――自分の感情の正体を確かめるべく、私は王宮の図書館に入り浸った。
そして、心理学の本や論文を、片っ端から読み漁った。
その結果、私はこの感情が何かを――知ることができなかった。
そろそろ完結に向けて動き出す……はず!




