7
腰を痛め、注射と痛み止めとシップとコルセットのフルコース!を体験しました。初日に比べれば痛みも軽く、動ける、歩ける、座れる、寝返り打てる!この状況。腰って大事ですね。それでも、まだ痛み止めが手放せない。
とかなんとか思ったちょっと前の自分を殴りたい。
私は死んだふりをしたまま、生きていることに内心どころか声を出して「生きてました!」と言いたいのをぐっと我慢し、私の頬にそっと触れる冷たい手の主をこっそりと見た。
あの・・・もしもしライさん。
血が出たけど私、生きてますよ?てか、この血って何?血のり?いや、一番の疑問は、どうして私を刺したんですか?別に怒ってないので、詳しく教えてくれません?目線で訴えて見たら、私の身体を抱く腕とは逆の手で眼を閉じられた。え゛・・・?
「悪いな」
また言われた台詞ですけど、あの・・・これ、どう言う状況?
口を動かそうとしたら唇を塞がれ、喋るなと言うことは理解した。理解したけど・・・やめて、ここには姉と元彼がいるんですよ?恥ずかしくて死ねるし、そう言うことする雰囲気でも、していい場所でもないんですよ!?
ここ、一応ですけど戦場!
そしてここ、死体が一杯!
ああでも・・・ぎゅっと抱きしめられるの、嫌じゃないです。例え胸に剣がまだ刺さった状態であっても。まぁ、痛くもないから別にいいんだけど。
刺された時も痛みとかなかったし。
「リィンから放れて!放れなさいよ、この悪魔っ」
え、やです。
姉の声がライさんの背後から聞こえたので、放さないで欲しいことを伝えるためにそっと、こっそり、バレない程度にライさんの服を握った。こ、これなら別に大丈夫ですよね?
ライさんが苦笑した声が聞こえたので、たぶん、問題はないはず。
「・・・どう言うつもり?」
「どう、って?」
「リィンを殺して、何をするつもりなのって聞いてるのよ、アタシが!」
見えないけれどたぶん、胸を張っているのであろうルキの姿が容易に想像できる。
ごめん、ルキ。私、死んでない。死んだふりしてるだけで、生きてます。
「それが我が答えよう」
おっと、ここで漸くオルフさんの説明が入るのか。
「シビルのためだ」
説明じゃないから、それ。
呆れの溜息が聞こえたけど、たぶん・・・ルキだよね。そして姉さん。いい加減、喚くのやめてくれない?「私のリィンが男に汚された」とか「リィンに触れていいのは私だけ」とか、なんか深読みしたら・・・いや、ただ純粋に姉として妹を心配してるだけ!
まさか姉が同性愛者とか、妹に恋愛感情とか・・・あるはずがないからね!
「時の三神の魂を喰らってその力を手に入れる。それが世界の破滅に繋がる可能性も高いから、七聖女と七罪の魂も喰らって我が世界を安定させるつもりだ」
「――っは!神にでもなるつもり?」
「神にはならない」
はっきりと断言した。
「シビルが我の傍で生き、我と共に生きられる世界を維持するだけだ」
いや、それって結局は神になるってことですよね?
世界の維持なんて、神じゃなければ出来ませんよ。阿保ですか?
「だがシビルの魂が持ちそうになかった。だから――――愛し子を利用させてもらった」
は?
「愛し子の魂にシビルの魂を寄り添わせ、生命力を糧に死にかけた魂を回復させることにした。ああ・・・!喜んでくれるかい、愛し子!愛し子のおかげでシビルは、愛し子の母は生きることが出来る事実にっ」
「喜ぶはずないだろう・・・!」
まったくもって、その通りです。怒鳴ったグレンシードの表情は判らないが、その台詞には激しく同意する。
ライさんが上半身を動かしたのか、体勢が不安定になる。慌てて服にしがみつこうとしたけど、今の私が動く訳にもいかず。・・・ライさんに負担がかからないよう、頑張ってバランスをとってます。きつい。
「他の人間でも試してみたが、どうにも上手くいかない。魂を寄り添わせた途端、精神か肉体が崩壊してしまう。まったく・・・使えない存在だ。だが愛し子はそうでもなかった。肉体がアレな分心配だったが、杞憂だったしな」
「ねぇ、さっきから何?愛し子ってリィンのことじゃないわよね・・・?」
「その通りだが、何か」
「何かじゃないわ!あの子は私の愛すべき唯一無二の妹よ!私だけの愛しい妹なの!勝手にリィンを愛し子なんて呼ばないで!汚らわしいっ!!」
わぁ、魔族で元とは言え、魔王陛下に対して怒鳴り散らすなんて勇気があるね。でも絶対、幼馴染が背後でわたわたと慌て、制止の声を出してるんだろうな。
どんまい。
そんな姉に惚れた君が悪い。
「おいおい、本気でそう思ってんのかよ・・・!」
「シビルに対する執着とか依存とか、シビル限定の諸々が病気の域で本気なんでしょうね!天才のアタシでも手に負えないわ!」
「ならいっそ、殺せばいい話だ!」
「あら、天才と同意見なんて生意気ね!でもいいわ、アタシも協力してあげる!」
ぅん?あれ、なんか胸から違和感がなくなった。剣を抜いたのかな?ちょっと見るだけ・・・あ、駄目ですか。チラ見したライさんが笑顔で圧をかけてくるので、素直に従います。はい。
「と言う訳でそこの勇者!一時休戦でこの阿呆を倒すわよ!」
「断る!」
「・・・・・・一時休戦で、この阿呆を倒すわよ」
「断ると言っただろうが!」
「ねぇ、先にこの馬鹿を殺さない?むしろ殺しましょう。どっちみち殺すことに変わりないなら、最初に殺した方がいいわよねぇ!」
「互いに殺し合ってくれるのかい?我の手間を省いてくれるとは、なんと優しいことか」
「まったく、これっぽっちもそう思ってない癖によく言うわよ!」
うひゃい?!
え?え?え・・・?なんか、身体が宙に浮いてるような、てか、浮いてる?!ぅえ!?もしかしなくても抱き上げられた!姫抱っこか!?恥ずかしいっ。
まって、本当に待って!
この状態で死んだふりとかきついんですけどぉぉおぉぉぉっ!
「なぁ、俺との約束――覚えてるよな?」
「耄碌しているように見えるか?」
「そうか。なら、安心だ」
・・・もしかしなくても、私を刺したのはオルフさんとの約束のせい?
その約束っていったい何?
なんで約束なんてしたの?
聞きたいことは一杯あるのに、死んだことになっているせいで何も聞けない。・・・もどかしくてイラついてきた。いっそ、本気で「生きてますから!」と叫んでやろうか。
「愛し子の魂を喰わない代わりに肉体をやる。その条件として愛し子を殺せ――そう言ったのは我だからなぁ」
何が愉しいのか、くつくつと喉を鳴らしてオルフさんが笑う。
「いやいや、実によくやったと、誉めてやろうかい?――命令通りによくやった、哀れな人形」
「・・・ねぇ、まさかとは思うけど」
「気づいたか。流石は天才と自称するだけはある」
「自称じゃなく、事実よ!」
吠えるルキを無視し、オルフさんは話を続ける。・・・いや、無視と言うか聞いてないだけか。
「そこにいるラインハルトは我の魂から作り、生み出した人造兵器。つまりは作られた魔族だ。だから他の魔族よりも能力が高く、力も我並みにある。何せ我の分身のようなものだからな」
「・・・っふん、仲が悪いように見せたのは演技。ってこと」
「いや、仲は悪い。命じてない部分では逆らっていい設定にしてあるからな。とは言え――命じられたから最愛の女を殺すとはな」
逆らえないように設定しておいて、何を言うんだ。
ふつふつと怒りが沸き上がるが、ここで感情を見せたら生きてることがバレる。バレたらライさんに迷惑をかけてしまう。落ち着け、落ち着くんだ私。・・・あとでぶん殴れば問題ない。
「俺の役目は終わった」
ぅひょい!くるって回らないでっ!!落ちるかと思った・・・。
「あとは自由にしていいだろう?面倒ごとは――嫌いだ」
私の身体を抱え直し、言うだけ言うとその場から立ち去ろうと歩くライさん。え、いいの?このままにしていいの?放置?空気を読まないで行くの?え、怒られない?オルデゥアから。
とかなんとか思ったけど、面倒なことが嫌いなライさんならそれも当然かもしれない。と、考え直した。いや、だってライさんだし。
「役目を終えた?」
あれ、声が低い。
「我の眼を欺くつもりかい?」
あ、これバレてる。
生きてるってこと、バレてますね。・・・どこからバレてた!
「シビルの魂をまだ、我に渡していないだろう?さぁ、早く愛し子からシビルの魂を取り出せ」
よかった、よかった・・・!生きてることがバレた訳じゃなかった。
なんだ、変に緊張させないでよ。吃驚したんじゃないですかもう!心臓が飛び出すぐらい吃驚しましたよ。いやー・・・変な汗かいた。
「ああ、そう言えばそうだったな」
ふぅ、と心の中で安堵する私と違い、最初から冷静なライさんが思い出した。とばかりに呟く。それも命令にはいってたんですかね。
てか・・・魂を取り出すってどうやって?
私の身体を裂く・・・スプラッタ的なことをして取り出す、とかじゃないですよね?ねぇ?
「リィンの身体にあるシビルの魂を取り出せ――そう言う命令もされていたな」
「ちょっと!リィンに何をするつもりよ!返して、返しなさいよ!私のリィンを返してっ!!!」
「ふぃ、フィン・・・!」
「邪魔よ、放して!その汚い手を放して!」
・・・幼馴染に言う台詞じゃねぇ。百年の恋も冷めるわ、てか冷めないならエニマはMの性癖を持っていることになる。
うわー、引くわ。
「俺の愛する者にそれ以上、何かしてみろ。・・・楽に死ねると思うな」
ぞっとした。なんか解んないけど、ぞっとした。
「・・・リィンを裏切っておいて、よく言えるな」
「裏切ってない!」
呆れた声のライさんが、どんな顔で勇者を見ているのか知らない。知らないけど・・・雰囲気的に嘲笑している気がする。
たぶん!
「それはそうと。・・・魂だったか」
あからさまに興味を失ったライさんが、話を元に戻した。
後ろでグレンシードが騒いでるけど、ガン無視ですか。流石です。
「それは――――これのことか?」
これって何?
興味を持ったので薄っすらと、それはもうバレないように細心の注意を払って眼を開けて見た。・・・なんだアレ?
ライさんの眼前に浮く、鈍い光を放つ掌サイズの四角形。くるり、くるりと緩慢に動くソレはお世辞にも魂には見えない。ただのキューブ、もしくはサイコロ。いやいや、魂なんて見たことないし、判らないからもしかしたらアレが本当に魂なのかもしれない。
・・・とは、言い切れない自分がいる。
「なんだそれは」
あ、どうやらオルフさんも魂に見えないみたい。よかった、よかった。――――いや、よくないだろう。
だって魂に見えないってことは・・・つまり、その。
「我を謀るとは、いい度胸だ」
ですよねー。
「今すぐに愛し子を殺せ。いや・・・こちらに渡せ、人形」
うわぁ、殺気が痛い。生きてることがバレて、これ程に怒られるって理不尽だ。酷い。それでも一応、父親か!・・・認めてないけど。
てか、生きてることがバレたならもう、死んだふりしなくていいよね?眼、開けていいよね。開けちゃえ。・・・うん、後悔した!
いやだって・・・。竜虎が見えるんだもん。おどろおどろい黒い背景の中に、雷と炎を纏った竜虎が。しかも背中に宿してるの、オルフさんと姉だよ?なんで姉?!と驚いて二度見した後、見なきゃよかったって後悔したから。・・・本当、なんで姉さんが?
・・・っは!私を殺したいオルフさんと、それを阻止したい姉の図か!
いや、それでもありえない構図だよ。これ、マジで。
「残念なお知らせだ」
それすら無視し、話しだすライさん。
「シビルの魂はすでに消滅していた。俺はリィンの中にあった残滓を殺したにすぎない」
「戯言を・・・」
「嘘だと思うなら、白銀の乙女にでも聞いてみればいい。・・・ちなみに、俺が攻撃してもリィンが死ななかったのは白銀の乙女のおかげだ。まぁ、契約だから当然なんだけど」
ぽつりとなんか、大切なこと言いませんでした?
「もっとも」
何故に、抱きしめる腕の力を強めた?
嫌じゃないけど、嫌じゃないけども・・・っ。
「聞く前に死ぬのが先だがな」
うっひゃーい!炎が地面から大噴火ぁぁぁぁああぁぁぁっ?!え、ナニコレ、地獄がここに顕現した!ここは地獄になりました!?ここが地獄でした?!自分が何言ってるのかまったく解らないくらい混乱してます!
ひぃぃ、一面が真っ赤な灼熱地獄だぁ。空まで赤い。真っ赤を通り越して紅だぁぁぁ・・・!
「これで我を殺せると?」
馬鹿にするように鼻で笑いやがった。
「人形は人形らしく、素直に命令を聞いていればいいものを・・・」
いや、その前に気づくことがあるでしょう?
ねぇ、気づいてないの?ねぇねぇ・・・マジで?
「おい・・・何で命令されたことに普通に逆らってんだよ!」
オルデゥアの言う通り!
「どうせ、白銀の乙女が何かしたんでしょう!天才のアタシにだってすぐに解ったわよ!それも契約範囲内なんでしょうね!」
「・・・いったいどうやって、白銀の乙女に遭ったんだ」
「意外と普通に遭えるわよ?」
「は?」
激しくオルデゥアに同調する。
神様が気軽に、普通に、遭えるはずないですよ。私の時だってオルフさんの案内で逢ったのが初めてなんですよ?それ以降、まったく逢ってませんけど?
あ、とりあえず下ろしてください。地面が赤く燃えてるけど、地面が恋しいです。あと、体勢的に不安定で怖い。別にライさんが落としそうで怖い、とか思ってないんで・・・その、にこやかな顔でこっち見ないで。
ごめんなさい!落とさないで、腕の力を緩めないでっ!!
「まぁ、それはそうとして。残念だったわねぇ、初代魔王陛下!」
びしりとオルフさんに指を指すルキは・・・小物臭い感じがした。
なんと言うかこう、虎の威を借る狐?
「勇者共々、アタシ達が殺してあげるわ!」
「いや、その前に世界が滅ぶから無意味だって」
・・・。
・・・・・・。
・・・・・・・・・。
時が、止まったように思えたのは私だけだろうか?今、爆弾を投下されたような・・・え?
「残念ながら――時の三神が色々とやらかしたせいでこの世界はすでに、限界を迎えていた」
・・・え?
「つまり。時の三神を殺しても、何をして全てが無意味。あとは散って終わるだけ」
え゛?
「あ、ついでに言えば時の三神の残りの1人は刈り取る者がすでに殺したらしい」
え゛・・・?
「まぁ、面倒くさいし無意味ではあるけれど」
にたりとライさんが笑う。
それはもう、心の底から嬉しそうな笑みで。
「契約だし、恨みがあるし、なんか腹立つし、嫌いだから――――殺すわ」
良い笑顔で言う事じゃない。




