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姉が結婚するので家を出ます。  作者: 如月雨水
Fortuna 《運命》
35/41

5

季節の花が芽吹くも、住まう者・訪れる者の眼を楽しませる工夫もなくただ街路に植えられただけの存在が悲しく花を散らせた。美しかったであろう白い壁はレリーフごと崩れ、元がなんの形をしていたのか判らなくさせる。――全てはルキが発明した兵器のせいで。

噴水が壊れ、水が地面を濡らす。

猫が悲しげに鳴き、逃げるように王都から走った。

鳥が一斉に王都から離れる。便乗してオルフェウスもその場から離れた。

残ったのは僅かばかりに人の形をした、黒い塊だけ。風が吹き、おそらく手だったであろう場所が崩れる。

ルキの兵器により壊された王都・ヘルヘイム。

王都と言う名に相応しくなく、罪に染まりそれを隠すようにさらに罪を塗り重ねる栄華も栄光も繁栄すらない都。その事実に王都の住人は気づかず、歴史ある貴族であっても知らない。否、王族がわざと隠蔽しているのだから誰も知るはずがない。

知るのは歴代の皇帝陛下のみ。

そして生き続けたルキのみ。

「これで少しは、見渡しの良い場所になったかしら?」

腰に手を当て、ルキは辺りを見渡した。

見渡しが良い、と言ってもすでに周りには崩壊した建物と燃えた草木しかない。

「う~ん・・・と言うかコレ、リィンが見たら絶叫ものかしら?・・・形あるものはいずれ壊れるから仕方ないわね!」

「しかたないもなにも、たぶん、きにしないとおもうなー」

オズは人であったモノの腕を掴み、無地の仮面を少しずらして躊躇うことなく口に運ぶ。

「ん~・・・こげがいまいちだー」

「なら喰うなよ、悪食!てか、食べ方が汚ねぇんだよ!!ガキか、てめぇは!!」

ばりぼり。骨まで砕き、咀嚼しておいて文句を言うオズにオルデゥアが苦言をこぼす。それを素知らぬ顔で聞き流したオズが文句を言う割に綺麗に食べ、ぺろりと唇を舐めてから地面に座り込む。

「なまやけ~」

子供の頭らしき部分を両手で持ち、恍惚の表情で笑う。

「これがうまいんだよねー」

「・・・・・・おい、陽の聖女」

「グロテスクすぎてアタシの視界はモザイク加工ができるようになったわ!流石はアタシ!・・・で、何かしら?憤怒しっぱなしの魔王様?」

「嫌味かっ。・・・城から騎士が出てきたようだが、どうする?」

オルデゥアの言う「どうする」は、自分が殺すかそれともルキが殺すか、を意味していた。ルキは顎に手を当て、こてりと首を傾げる。

「殺すわよ、アタシが」

さも当然とばかりに呟いて、指を鳴らす。

「告げる。光の支配者よ、敵を拒絶しろ」

光が城から出て来た騎士を囲むように、白い空間を展開させた。

「【Ex albo mundo】」

白い空間が爆ぜ、その場から何もなくなった。文字通り、何も。

あったはずの大地もなく、ただただ虚空がそこにある。くり貫かれた様なその場をオルデゥアは面白げに見やり、嘲笑うようにルキを振り返った。

「残酷だなぁ、陽の聖女」

「残酷?」

ルキがきょとりと瞬いた。

「この程度で残酷なんて、魔族も甘いのねぇ!」

馬鹿にするような物言いをし、ふっと表情を消した。

「時の三神に比べれば、マシでしょう」

「・・・それもそうだな。ところで、あの死にぞこないはもしかしなくても元・四将軍の屑かぁ?」

「知らないわ!そこの食いしん坊にでも聞きなさいよ」

「ぼくはしらないよぉー」

「食いながらしゃべるな、汚ねぇ!!」

「ぃたい!ぼうりょくはんたいっ!!」

容赦なくオズの頭を殴り、丸まった背中を蹴飛ばしたオルデゥアにオズが抗議の声を上げる。それでも手にした食料は放さない。

素晴らしき意地汚さだとルキは拍手を送り、面影も薄れ、四肢欠損しながらもこちらに向かってくるルナディアを見た。正直に言えばルナディアのことは知っていた。自分からラインハルトを奪ったリィンに嫉妬し、憎悪を送る愚か者として。

憧れたラインハルトの傍にいたくて、親の権力とコネを使って不相応な地位に就いたルナディアを馬鹿だと思った。救いようのない阿呆だと思った。

どうあってルナディアがラインハルトと結ばれることはないと言うのに。地位になれたからと自らが相応しいと勘違いして。馬鹿馬鹿しくて笑う気にもならなかった。

「ねぇ、暴食の魔王」

「なーにー?」

「アレ、食べたら美味しいと思わない?」

「そういえば、まだむまってたべたことないなー」

ルキが指さしたルナディアを見やり、その種族を食べた記憶があるか探ってから残った部位を口に運ぶ。バリバリバリバリ、骨を咀嚼する音と共に口から食べかすが飛び散る。それをオルデゥアが嫌そうに見やり、オズから距離をとった。

ルキも素知らぬ顔で遠ざかる。

「むまかー、どんなあじがするんだろう・・・」

涎をたらし、オズがゆっくりと立ち上がった。

「たべたいなー、たべていいよねー、てきなら・・・たべたってもんだいないよねー」

亡霊の魔人と名乗ったオズは、真実、魔人と言う種族の魔族ではない。

人も、魔も、存在する全てを喰らい尽くす――喰人(クラウド)と呼ばれる過去、魔族から滅ぼされた種族だ。だがオズは喰らった魔族の力を使い、魔人へと種族を変えた。それでも喰人としての本能は抑えきれない。

故の亡霊。

喰人の衝動を持つ、魔人。

その事実を知っているのは裏切り者の魔王を除く、全ての魔王。だが彼らはオズを滅ぼそうとせず、ラインハルトなど「暴食の魔王はまさにオズに相応しい」と笑い、その地位を与えられるはずだった他の魔族を殺し、オズに与える程だった。


だからオズは喰らう。

ラインハルトが相応しいと言った、喰人の衝動のままに。


「たべたい、たべたい、たべたい、たべたい、たべたい」


敵となった魔族だけ、と言う限定的な同胞喰いを。


「おなかが、すいたんだ」


オズの影がひと際大きくなり、槍のような形となってルナディアに向かう。自我をなくしたルナディアが逃げることはなかった。無残にも、いや、いっそう笑ってしまうほど簡単に影の槍に貫かれ、残った身体を乱暴に引き裂かれる。滴る血にオズが熱い息をこぼした。

フォークやナイフのように形を変えてオズの元へ戻った影にささる、血の滴る魔族の肉。

「いっただきまーす」

涎をたらしたオズが、行儀よく手を合わせ――――喰らった。

そして最後に残った頭だった部分を血が滴る首の切断面を舐めながら喰らい、眼球を飴のように舐めた。ころころころころ、口の中で転がし、歯で刻む。

「うん――――まずい」

「あらかた食ってからいう台詞か、それ」

「むまってあれだねー。にくはやわらかすぎてはごたえないし、ちはあますぎてのめたものじゃない。まぁ、めだけはおいしかったよ?めだけは」

残った眼玉を右手で弄びながら、残った部分を大きく口を開けて喰らう。文句を言っていた割に、血の一滴すら残さず食べるのかとオルデゥアは息を吐き出す。

「それより・・・いい加減、反撃していいかぁ?魔法で防いでるとは言え、こうも続けざまに攻撃されると――――腹が立つんだよなぁ!」

命の聖女が放った攻撃を時属性の結界魔法で阻み、吠えると同時に攻撃魔法へと変換させた。元来、他の魔法よりも攻撃力の劣る時属性の攻撃魔法だが、時と言う特性を生かせばこれ以上ないほに強力な魔法となる。

例えば――命の聖女が放った魔法ごと、時を遡って攻撃をなかったことにするぐらいは容易いことである。もっとも、それはオルデゥアが望むことではないのだが。

「ああ、畜生」

舌打ちをし、指を鳴らした。

攻撃魔法から再び結界魔法へ戻し、植物による攻撃を防ぐ。

「魔法を放った存在そのものを消せねぇな!」

「さらりと怖いことを言うわね!ならばアタシの力で消してあげようじゃないの!」

「いや、遠慮する」

「え・・・そ、そんな遠慮しなくてもいいのよ?いくらアタシが天才的な美少女だからって別に・・・え、本気で?」

左手を横に振り、拒否を示すオルデゥアにルキが絶望したとばかりに顔色を青くした。

「てめぇはアレの相手でもしてろ!おらオズ!眼玉舐めてねぇでてめぇも攻撃に加われ!」

「えー・・・あ、いのちのせいじょたべていい?」

「勝手に喰え!俺は死にかけの森の聖女を殺す」

オルデゥアはすでに意識からルキを切り離し、眼の前に映る五体不満足な森の聖女を引きずる、不敵に笑う命の聖女の姿。にたりと口角をつりあげ、指の骨を鳴らす。

指についた血を舐め、オズが仮面をつけ直した。

「あら、あらあらあらあら」

オルデゥアが言ったアレが何か気づき、ルキは上機嫌に笑った。

「面白いことになってるわね!」

両指で頬に触れ、歓喜に身を震わせながら潤んだ眼を前に向ける。

「まさか、まさか、まさか!白銀の乙女から隠れるために肉体を捨て、魂だけでこの世に彷徨っていたなんて笑える程に驚きだわ!しかも、しかも!今代の皇帝陛下に憑いたなんて、面白すぎて笑えるわ!!」

他の騎士と比べ物にならない程、立派な甲冑を身に纏った長身の――おそらく男から、一目で判る王族としてのプライドを感じた。ああなんて――――虫唾がはしる。

ルキの双眸が憤怒に染まる。

昔、父であったモノが持っていたのと同じ、銀の細工が施された黒い大剣を右手に持つ皇帝陛下(血族)に激しい憎悪を抱いてしまう。一つ息を吐き出し、冷静になった頭で皇帝陛下を見つめる。甲冑から除く双眸には、神に憑かれた証だと言うように黄金が見えた。

なんて滑稽。

なんて愚か。

よもや、皇帝陛下が時の三神に憑かれた、哀れな生贄だったとは。ルキは耐えきれないとばかりに笑い、ふと表情から笑みを消した。

「だとしたら、神殿にいる時の三神も何かに姿を変えているかもしれないわね。エステル、気づくかしら・・・?」

心配する素振りを見せながら、ルキは言葉とは真逆の残虐な笑みを浮かべる。

「王族と一緒に、時の三神を嬲れるなんて贅沢だわ!」








視界が暗くなった。

気絶したわけでも、眼を閉じた訳でもない。――ライさんによって視界を塞がれただけ。

声が聞こえないから、どんな状況かさっぱり理解できなんですけど。抗議をしたくても、ついでとばかりに口まで塞がれて喋れない。

あと、後ろから抱きしめるようにされてるので動けない。

「面倒だな」

何が?

「まさか時の三神が肉体を捨ててたなんてなぁ・・・アレに詳しく調べさせたくても、逃げたせいでどこにいるか分からねぇ」

・・・オルフさん、私、なんだか情けない気分になってきたよ。

鳥の姿になってまでその場から逃走したオルフさんに、初代魔王陛下の面影は微塵もなかった。ゼロだ、皆無だ!本当に魔王陛下?と訝しむレベルだったよ・・・。

でもなんで逃げたんだろう?

「やっぱり・・・神殿自体が時の三神かよ」

は?

「見てみろよ、リィン」

明るくなった視界に眼を細め、なれた視界で見えた光景に絶句した。

神殿が・・・神殿から大根のような太い足が、毛むくじゃらの腕が生えて・・・気持ち悪い。なんか顔っぽいのもあるし、もう化け物としか表現できない不気味さだ。気持ち悪い。

自由になった口から言葉が出ず、間抜けに開けたまま。

「もう、神じゃなくて化け物だな。アレ」

「・・・白銀の乙女を呼んだら、速攻で狩ってくれませんかね?」

「狩るより殺した方が早い」

「神による化け物退治ですか・・・手早く終わりそうですね」

「そうしたら俺も楽なんだけどなぁ」

心からそう思ってるらしいことは、すぐに分かった。

「・・・ねぇ、ライさん。何か・・・変じゃないですか?」

「気づいたか。どうにも時を司ってるだけに、運命を捻じ曲げるのが得意らしい」

「それチート」

卑怯だ。卑怯だ。卑怯だ!

大根足が破裂したはずなのに、その力のせいで何事もなく代わりに煌の聖女が爆破して死んだ。卑怯だ!毛むくじゃらの右腕が切り刻まれたはずなのに、また同じように時の聖女の身体がミンチになった。卑怯だ!

時の聖女も、頑張って運命捻じ曲げろ!・・・あ、時の女神がアレだから無理なのか。卑怯だ!

「・・・そして聖女は犠牲になりました。普通、敵を犠牲にして助からない?」

「半径1メートル以内にいる対象限定での、運命を捻じ曲げる力なんだろう」

「1メートル・・・しょぼいような、そうでもないような」

けど、やっぱり卑怯なことに変わりはない。

「・・・ユフィーリア」

名を呼んだと思ったら、私の傍を離れてユフィ―リアさんに近づいていく。また、私に聞かせられない話なのだろうか?別にいいけど・・・。

とりあえず――着ないだけで山になってるドレスを片付けて欲しい。

エステルを映す映像から、ルキが映る方へ視線を動かす。

・・・時の三神に憑かれた皇帝陛下と戦う、ルキの姿。私が知っているルキではないように感じる程に美しく、そして荒々しい。まるで獣のようだ。

しかし、時代は違えと血族同士で戦うなんて・・・よっぽどの理由がなければ、皮肉で残酷なだけだ。ルキは一体、どんな思いを抱えて戦っているんだろう。顔に一体、何があったんだろう。

私はエステルの最愛(過去)も、ルキの激情(過去)もそう言えば知らない。

知ったとしても、どうしようも出来ないだろう。だから知らない方がいい。

「・・・てか、こわ」

聖女の力を大奮発!状態で怖い。

2人して女神を呼び出して、かと思えば女王まで。女王が呼べたこと、私、初めて知りました。どうして教えてくれなかったっ!・・・とは思いつつ、もはや聖女の力で世界が滅亡しそうな現実に恐怖しています。こわっ。

「俺達も行くぞ、リィン」

「は?どこに?」

「夜の聖女がいる場所に」

なんで?首を傾げてしまう。ついでに瞬きの回数が多くなった。

「夜の聖女がいる場所に、陽の聖女側にいる時の三神を飛ばしてもらう」

「は?・・・はぁ?!」

「で、最後の1人を見つめてまとめて殺す」

「いや、それ無理じゃ・・・っ」

「と言う訳で、行くぞ」

「え・・・冗談じゃなくて?え゛?なんで腕を掴んで?あの・・・どこに向かって歩いて・・・・・・ねぇ、冗談ですよね?ねぇ冗談ですよね?!」

笑顔のままに私の右腕を掴み、窓に向かって歩き出したライさんに戦慄した。冗談ですよね!!


「さて、飛ぶか」

「落ちる、死・・・っ!ぃぎゃぁぁぁぁああぁぁぁぁあぁぁぁぁぁぁぁぁぁああぁぁぁぁあぁぁあっ!!!」

窓から、ライさんと一緒に飛びました。

空に。



この章もあとわずか。

最後の章も四話ぐらいで完結しますので、お付き合いよろしくお願いします。

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