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姉が結婚するので家を出ます。  作者: 如月雨水
Stella miira 《不思議な星》
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2

「さて・・・ここからは歩いて行こうか、愛し子」

緑は緑でも地面一面に敷き詰められた草の絨毯に、色とりどり花々。緑の中に混じる瑠璃色は五花として、オレンジや赤色は親子草だろう。たぶん。景色が変わって若干、眼が痛いですよ私。目頭をもみ、痛みをほぐそう・・・あー、ゆっくりする。

オルフさんが私の右手を掴み、ゆっくりと歩き出した。ちょっ、こけるから待って!何とか足を動かし、オルフさんに続く。歩くたびに花弁が空を舞い、足元からピアノのような音色が響く。あ、や、笛の音もする。

なんか怖いぞ、ここ。

空を舞った花弁が風に溶け、光が降り注いだと思ったら地面にまた同じ花が咲いている。いや、同じじゃない。若干、大きくなってる。うえー・・・。

肌を撫でる風は青みがかった緑色をして、人のような形をとって傍を通り過ぎる。あれは精霊・・・?とか思ってしまう。いやいや、まさか精霊なんてそんな・・・・・・・・・。

魔法が使えない私に見えるはずがないから、幻覚だ。間違いない。たぶん。

「・・・あの、オルフさん」

「ああ、そこに石があるから気をつけなさい」

「あ、はい・・・じゃなくて、あの、道、判るんですか?普通じゃ辿り着けないんですよね?迷子になって最後は餓死・・・なんてことになりませんか?」

「餓死はしないし、迷子にもならないから大丈夫。安心していい、愛し子」

と言って、頭を撫でられた。

いや、何に安心しろと?・・・あれ?茶色い地面が水色に変わって・・・・・・って水?!

ぎょっとして足を止め、まじまじと足元を凝視した。

足底に広がる水はまるで水溜りのようで、私の身体を沈める様子はない。そのことに安堵し、よくよく観察する。踵で水溜まりを叩いてみたら、硝子のような音がした。え、割れるのコレ。体重で割れない?・・・割れそうにないわ。ほっ。

「・・・綺麗」

眼下に映る景色に、眼が奪われる。

先程まで見えていた草花ではない、おそらく湖に咲く水花と呼ばれる白銀と白金の、鉢の巣のような形にも見える大きな花。その花の近くには、朱色の蕾のような小さな花。艶やかな緑色の茎と葉が水底で揺れているのが見えた。

・・・その花の隙間を縫うように、翅の生えた魚?みたいな生き物が泳いでいた。と思えば、兎なのか猫なのか解らない、尾のついた生き物までいる。なにあれ。

「あのオルフさん、これって・・・」

「ああ、見てごらん愛し子。空が綺麗だ」

「?・・・・・・・・・・・・・・・え、何で星が?今って夜だっけ?」

「いいや、昼間だ。だが、ここでは時間なんてあってないようなものだ。何故ならここは泡沫の夢に見る幻だ。現実ではない」

「まぼろし」

「ここではあらゆる現象、事象が泡沫の夢のように起きる。ほら、流星の次は皆既月食だ。本来ならば同時に見られない事柄も、幻だから見られる。ここは――フヴェルはそう言う場所だよ、愛し子。神がいる場所に最も近い故に、他と切り離された領域」

次から次へと流れる星のすぐ傍で、月がゆっくりと食まれていく。

確か神話では、三貴人と呼ばれる空と海と大地の守護を司る❘姉兄弟きょうだい神が、太陽と月の寿命が尽きる前に食べ、新しく創り直す――と言う説があったな。

何で寿命が尽きる前に食べるかと言うと、食べることで太陽と月が抱えた歪みや穢れを浄化し、次の太陽と月が世界を狂わせないようにするため。とかなんとからしいけど、信仰心が欠片しかない私は信じていない。

「ぶにょ?!」

罰当たりなことを考えたせいか、足が滑った。しかりとオルフさんと繋いでいたはずの手が空を切る。え・・・?え?え?!

足元が水と言うこともあって踏ん張れず、そのまま水溜まりにダイブ!冷たい感触を背中に受け、夜なのか朝なのか解らない空を見ていた。・・・いたはずなのに、どうしてだろう。

私の身体が沈んで、水の中に落ちているような気がするのは。・・・いや、気じゃなくて実際に落ちてるわ、これ。硝子が割れたのか?!え、私の体重で割れた・・・?ショックだよ。

「あれ、息ができる・・・?」

これも泡沫の夢、あるいは幻と言うことだろうか?じゃあ、あの硝子は?硝子も幻?

「見えるかい、愛し子」

オルフさんの声が背後から聞こえる。

ばっと振り返れば、背中から抱きしめられてた。わ、いつの間に。

「あれが世界樹の根だ」

指さされた方を見れば、確かに根らしきものが見える。・・・うん、随分と太いですね。世界創世時代から生きてるから、相当な大きさですね。どんな建物とも比べられない大きさだよ。

・・・家、何件建つかな?

「泉が見えるかい?あそこに白銀の乙女がいる」

「え?・・・あ、れかな?」

根が伸びる先を眼で追いかけ、光に輝く透き通った泉を発見。そこから白銀の乙女を探して、らしき影を見つけることは出来た。木の根に腰を下ろし、足を泉に垂らす姿。まるで絵のように美しい――白銀の髪をした女性。

あまりの美しさに双眸を細めたら――水から抜けて空に放り出された。

「・・・え?」

不安定な身体が宙に浮き、一拍後、落下した。

「ぅぎゃぁぁぁぁああぁぁぁぁあああぁぁぁぁあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

風切り音が物凄い!とか落下速度早くて衝突するの早そうだ!とか思う余裕もなく、ぐんぐんと世界樹の根元に近づく身体。ひぃ、潰れたトマトみたいになるっ。

過ぎる死に眼を閉ざせば、ふわりとした感覚に包まれて・・・あ、恐怖から魂が抜けたか。

「・・・って、違う」

眼を開けて確認したら、どうやらオルフさんに姫抱きされていたらしい。

「ありがとうございます・・・?」

「どういたしまして」

にこりと微笑む姿は後光が差していて直視できない。

「愛し子に怪我がなくてよかった」

「はぅ・・・!?」

美形の・・・オルフさんの満面の笑みに変な声が出てしまった。な、何と言うこと!姉やライさんで耐性がついたと思ったのに、よもやイケメンオーラにやられてしまうなんて・・・っ。

顔が赤面してるから見ないでぇー!


「――――惚気なら他所でやってくれないかな?」


静かな、落ち着いた声が聞こえてはっとした。

あ、ああ、そうだ!そうだった!ここには白銀の乙女が、世界樹の管理者がいるのにっ。思わずオルフさんの笑顔に見惚れて、思考が停止しかけたなんて・・・すいませんでした。

「落下する訳でも、何かに衝突する訳でもないんだから、別にそんな抱き方しなくてもよかったんじゃない?」

「愛し子に万一があったら我は死ぬ」

「なら死ね。・・・そのドヤ顔、腹立つからやめて。本当、殴りたくなるからやめて」

深い・・・とても深くて長い溜息をついて白銀の乙女が視線をこちらに向けた。神だから、その美貌はずば抜けて整っているとは思ってたいけど、予想以上で魂が抜けそう。魅入ってしまう美だ。

「久しぶりだな、白銀の乙女」

「・・・その呼び方、やめてくれないかな?」

金色の眼をした美しい見た目、10代後半ぐらいの少女が溜息をついた。

線が細く、華奢な身体は色白で来ている服が白だからか儚く見える。いや、見た目が儚い。

「白銀の光、って言う神々の王からつけられた名があるんだけど。どうして光が乙女になったのか、私は知りたいよ」

疲れた仕事人のような表情に、もしかしてこの神は苦労人なのかもしれないと思ってしまった。でもそんな姿すら美しいです、流石は神!

「どっちの呼び方も嫌だけど」

心底、嫌そうに顔を顰める表情まで美しい・・・!

「それで、いつまでそうしてるつもり?」

「・・・は!お、下ろしてください!」

「えー」

「なんで残念そうな顔?!いいから下ろしてくださいよ、子供みたいにいやいやって首降らないで・・・・・・下ろせってば!!」

埒が明かないと、オルフさんの顎を殴って落下したけど・・・後悔はしていない。羞恥に比べればマシだからね!

でもお尻が痛い。

「へぇ・・・七聖女の1人か。久しぶりに見たな」

うぎゃあ!め・・・、眼の前に白銀の乙女の顔がっ。ちょっと動けば顔がぶつかってしまうほどに距離が近いんですけど!!ああ・・・美貌が眩しいです!

「しかも空の・・・ふぅん。とすれば、この子は」

「ああ、我の愛し子だ」

「顎、赤くして自慢げに言われても困るんだけど。・・・でもそっか、君が」

私から視線を外し、顔を遠ざけた白銀の乙女にほっと安堵する。あのままだったら緊張で心臓が破裂してたかもしれない。何その未来、怖い。心臓破裂が死亡ってヤダ。


「なら、七聖女たる君に役割を果たしてもらおうか」

・・・え?


唐突に言われた台詞に瞬きし、首を傾げた。

役目?役目とはなんぞ?

ライさんからの情報を思い出してみよう。確か・・・七聖女は神に選ばれた女性の称号だって言ってたっけ。あと現人神。あと・・・あとは、えっと。

「女神と精霊王・・・正しくは、精霊王の母たる存在――精霊の女王に愛される存在。この世界の抑止力であり調停者たる存在」

後者は初耳ですよ、オルフさん。

唖然と口を開き、確認の意味を込めて白銀の乙女を見れば無言で頷かれた。え、えー・・・事実なんですか。私、聞いてないんですけど。知らなかったんですけど。

私に、何をしろと言うの?世界の抑止?調停?どっちも?

困惑に白銀の乙女を注視していたら、指先が私の頬に触れた。・・・え?え?

「本来は、魔族と人間を調停するための存在として生み出すはずの存在だった。特異点を超えた・・・そうだね、超異的存在とでも言っておこうか。神になれるだけの力を持っているんだから、間違ってはないだろうし」

「あ・・・の?」

「だけどその予定もとある馬鹿の・・・好き勝手に行動して世界を何度も壊す忌々しい馬鹿のせいで狂ってしまった」

うわ、背景がおどろおどろしい色に見える。濃厚な殺気が白銀の乙女から放たれ、意識を手放してしまいそう。・・・まぁ、向けられてるのが私じゃないから何とか耐えられるけど。

変な耐性でもついたのかな?

「えっと、つまり七聖女は本来の調停者たる役目を外れた存在、と言うことですよね。それが狂って、世界の抑止力にたる存在になったって解釈でいいんですか?」

「いや、調停者たる役目もちゃんとある」

「世界の抑止力に調停者って・・・仕事多いですね。で、あの・・・世界の抑止力って何を抑止すれば?」

「時の三神」

「は?」

「運命の女神、運命を見るノルニル、人界に存在する未来を予知する三人の予言者」

言葉を吐き出すごとに、般若の形相に変わって・・・・・・・・・なきそう。

「君達の世界で何と呼ばれてるか知らないけど、とにかく3人の神を抑止――出来れば滅して」

「滅・・・!?」

滅ぼせと?

私に神を滅ぼせと!?

できるかそんなことぉぉおおおぉおぉぉおおぉぉぉぉ!!

「無理!無理です無理無理無理無理!!出来るはずないじゃないですかそんなこと!!」

「大丈夫、出来るから」

「わぁ、良い笑顔!じゃ、なくて何を根拠に言うんですかっ!」

「七聖女は私が生み出した存在だよ。世界に干渉しすぎた❘神《馬鹿》を罰するために創りあげたんだから、殺せて当然。あ、でも殺せるのは馬鹿だけだから他は無理だよ?」

頬を引きつらせ、ギギギィと壊れた歯車みたいにオルフさんを見る。

白銀の乙女と知り合いらしいオルフさんならたぶん、いやきっと、私の味方になってくれるはず!だって愛し子って呼んでるくらいだか、味方になるのが当然じゃないのかな?

・・・たぶん、自信がないけど。

「あれ、オルフさん?!」

忽然と姿を消したオルフさんに、役立たずと胸中で罵倒した私は悪くない!・・・よね。

「アレならしばらく戻ってこないよ。・・・また、死者に逢いに行ったんだろう。飽きないやつだよ、本当」

呆れた口調だけど、その表情は穏やかで優しい。

「と言うわけであの馬鹿をサクッと殺して頂戴」

「嫌だから無理ですってば!こ、殺すなんて私に出来るはずないでしょう・・・!」

「できなきゃ、君が死ぬだけだよ」

・・・。

・・・・・・。

・・・・・・・・・は?

今、何と言いましたか?私が死ぬ?え?白銀の乙女曰く、馬鹿を殺さないと私が死ぬ?じょ、冗談ですよね?

真剣な顔で私を見る白銀の乙女から、どうやら性質の悪い嘘じゃないことは判った。

解ったけど・・・なんで私が死ぬの?

「人界で七聖女はどんな扱いだった?」

「・・・あ」

「件の馬鹿がそうするように人界の偉い奴に告げた、としたら君は恨まずにいられる?」

それは・・・・・・無理。

「人界にいる七聖女の末路は皆同じ。・・・両眼を抉られ、四肢を削がれ、喉を潰され、首に鎖を繋がれて牢屋で最期を迎える。君はそんな終わりを望む?」

首を横に振って否定する。

「あの馬鹿は七聖女を恐れている。恐れているから、人を使い、操り、君達を殺そうとする。・・・魔界は空の聖女のおかげで七聖女に対して・・・・・・・・・・・・・・・うん、他の七聖女を意識から排除する程度には過保護だよ」

「空の聖女だけ特別、ってことですか?」

「そりゃ、特別でしょう」

何てことないように、白銀の乙女は言う。

「だって空の聖女は初代魔王陛下の嫁だし」

「・・・・・・・・・へぇ」

一緒に魔界を創ったと言う情報があるから、仲が良いとは思ってたけど・・・そうか、夫婦だったのか。てっきり親友なのかと思ってた。

「まぁ、結婚しても悪友みたいな関係だったけどね」

「あ、そうですか」

「ちなみにその嫁である空の聖女の魂、この泉の底に眠ってたりする」

「は?!」

「逢ってみる?」

「え・・・・・・遠慮します」

必死に首を横に振れば、さして残念に感じない声で「そっか」と頷かれた。たぶん、最初から私が断るのを解ってたんだ。

解ってたなら聞かないでくださいよ。溜息をついた。

「役目から逃げることは出来ない。それは、神であっても不可能なことだから」

白銀の乙女がゆっくりとした足取りで、最初に座っていた場所に戻る。腰を下ろし、ぶらんと足を垂らして指で水面に触れた。

波紋が広がり、りぃんとした鈴の音が聞こえる。

「どんなに嫌がっても、拒んでも、役目は果たさなければならない」

息を吐き出し、白銀の乙女が眼を伏せた。

愁いを見せるその表情に、息が止まった。呼吸と言う二文字を忘れ、私はただただ白銀の乙女を凝視する。

何故、私に役目を告げた白銀の乙女がそんな顔をするのか理解できない。

理解できないけれど、なんとなく、そう、なんとなくだけどこの神もまた、役目を押し付けられて逃げられなかったんじゃないか。そう、思った。


「最終的に、それが最良となればいいね」

儚さを体現した笑みに、私は漸く呼吸を思い出した。




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