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「ああ・・・・・・私のリィン。どこにいるの・・・?」
フィン=アウラディオは泣いていた。
大事な、誰よりも命よりも世界よりも大切だと豪語できる唯一の存在である、最愛の妹がいなくなってしまったから。
最初は朝早くから猫を見に行ったのかと思った。けれど正午の鐘が鳴っても、夕方を告げる鐘が鳴っても、妹は帰って来なかった。
もしかしたら隣の老夫婦の家にいるのでは、そう思って突撃したが肝心の老夫婦はおらず、近所の人に聞けば妻の実家に行くと言って正午に出かけたと言うではないか。
ならば幼馴染の家かと思って、突撃するも幼馴染の魔法使いは一週間ほど姿を見ていないと言う。その家族も同様で、何と言うことだとフィンは愕然とした。
あれほどに愛らしく、眼を引く妹の姿を眼にしていないとはどう言うことだ・・・!
憤慨を覚えつつもフィンは妹の姿を探した。
けれどフィンが知っているリィンの交友関係は皆無に近く、リィン自身が教えてくれることがなかったのでここで手詰まりとなった。
仕方なく家に帰り、その途中で出逢った結婚する予定の勇者に妹がいないことを告げた。
すれば勇者は顔面蒼白となり、剣を手に慌てた様子で駆けだした。
忌々しいが、やはり勇者は妹を愛しているのだ。
妹も勇者に好意的だったのが腹に立ち、妹の関心を自分に向けるために夜這いを仕掛け、妹の心を奪った相手と既成事実を結んだが――――失敗だったかもしれない。
妹から恨まれることも、憎まれることも、顔を合わせることも眼が合うこともなくなってしまった。
妹が自分に向ける感情が負であっても、そこに愛があるから問題はない。
だと言うのに、予想外でフィンは地味に凹んでいた。こんなはずじゃなかったのに、心の中で泣きながら表面上、勇者との結婚を喜ぶ乙女を演じた。
周囲の祝福の声も何もかも、フィンには響かなかった。
最愛の妹でなければ、フィンにとって意味のない言葉でしかない。
妹こそが正義。
妹だから絶対。
妹がいるからこその幸福。
妹のいない人生なんて墓場。
自分の性別が男であれば、近親相姦だろうが関係なく押し倒し、溶ける程の愛を紡ぎ、むせるほどの情を与え――――孕ませたものを。
何度、自分の性別を恨んだことか。
幾度、産んだ母を憎んだものか。
だが、フィンは知った。女同士だから平然と触れあえるのだと言うことを。下心を持ったまま自然な動作を装って身体に障っても、姉だから、同性だからと少し恥ずかしそうにするだけで拒絶しない。ああ、なんと甘美なことか・・・!
それにフィンは知ってしまった。
同性同士でも身体を交わせ、愛しあえることを・・・!
だがそれを知ったのは随分と最近で、その頃には妹に付きまとう1人の男の影があった。それが勇者だ。
妹に近づく不埒な男、として気のりはしないが接近し、妹に興味を持たないように誘惑したと言うのにあの男はそれを無視し、妹にアプローチを始めた。
――正直、殺そうかと思った。
フィンの誘惑に屈しなかったことに女としてのプライドを傷つけられた――からではなく、馴れ馴れしく妹に接する勇者が憎くて恨めしくて、殺意を抱いた。
だから夜這いをしかけ、妹に手を出せないように嫌々だが既成事実をつくって結婚にまでこぎつけたというのに・・・肝心の妹がいなくては意味がない。
結婚したら何故か仲良くなった皇帝陛下に頼み、勇者を魔王退治に向かわせる予定も崩れてしまった。
ああ・・・最愛の妹はいまいずこに。
「リィン・・・リィン、ああ、私のリィン」
はらはら、はらはらと透明な雫が止まることなく頬をつたう。
最愛の妹が魔界にいることを知らず、最愛の妹が七聖女の1人であったことも知らず、騎士達が最愛の妹を犠牲に魔界と戦争しようとしていることも知らずにただただ泣き続けた。
そして――――。
「私からリィンを奪うモノは、誰であろうと許さない」
涙を流しながらもそう告げたフィンの双眸は、狂気に満ちていた。
「ひっ!?!?!?」
なんだか、寒気がする夢を見た気がする。
恐怖を覚えるその夢の内容は、悲しいのか嬉しいのか解らないけれど覚えていない。・・・いや、覚えていない方がよかったのかもしれない。だって眼が覚めた今でも寒気が止まらない。
地面に転がっていた身体を起こし、寒気による恐怖か、恐怖による寒気か判らない震えをなくそうと周囲を見渡し・・・・・・て?
「――――ここ・・・どこ?」
知らない景色に、瞬いた。
「え・・・と?」
あ、とりあえずコレをなんとかしよう。
拘束力のなくなった蔦を乱暴に千切りながらもう一度、辺りを見渡すけど視界に映るのは見知らぬ谷と知らない森の景色だけ。ほんと、ここどこ?
意識を失う前にいた場所ではないことだけは判るけど・・・ううん。本気で判らない。えー・・・場所を特定できるモノがないから困るわー。人界か魔界かも判らないから余計に困るー。おかげで震えが消えたけど。困るわー、真面目に。
溜息をつき、ゆっくりと立ち上がった。
場所が判らないから、とりあえずは持ち物を確認してみようかな・・・。と、言っても大した物が入っていないショルダーバックしかないんだけど。
あ、ライさんが買ってくれた携帯食料と怪我用の緊急セットとタオルはあった!
いや、タオルがあってもどうしろと?タオルを何に使うの?顔を洗った後に拭けと?・・・うん、落ち着こう私。深呼吸して落ち着こう。
・・・。
・・・・・・。
・・・・・・・・・私、生きてライさんに再会できる気がしないよ。
「せめて現在地が判れば、何とかなりそうなんだけど」
そう都合よく判るはずないんだけど、ついつい、そう言葉にしてしまった。
「エリューズ渓谷だよ」
「エリューズ渓谷って確か人界にある、人が足を踏み入れられないほど険しい森と崖に囲まれた場所じゃ・・・」
「その通りだ、我が愛し子よ」
「うわ、なんでそんなとこ、ろ・・・・・・に?」
はて、私は今、誰と会話をしているのかな?
「だ、だだだだだだだだだ誰ですか・・・?」
勇気を振り絞って声がした方を向けば、そこにいたのは水色に近い銀の髪をした・・・大人の色気を放つダンディな美丈夫。あれ、使い方あってるのかな?でも美形だ、美形!
ライさん以上の整った容姿に、思わずぽかんと間抜けな顔をしてしまう。
いやだって、こんな神がかった美しさを持つ存在がいるなんて・・・あ、私は実は死んでてここが死後の世界なのかもしれない。で、この人は神様とか?
そう言われたら信じる程、目の前の存在は神がかっている。
姉とは月とすっぽん、は言い過ぎかもしれないけどそんな感じだ。
この人の方が麗しいし美しい。姉の容貌が劣る、と感じる程に。
いや・・・でも、うん。人間味を感じなくて怖いほどに奇麗すぎて、ぶっちゃけ、不気味。
「あ、魔族の方でしたか」
とりあえずこんな超絶美形、人間であるはずがない!
いてたまるかこんな美形!!畜生、美形すぎて眼が痛いんですけどっ。
「物凄い勢いで眼をそらしたけど、大丈夫かい?」
「大丈夫です、大丈夫ですから覗き込もうとしないでください。眼が瞑れる」
「え、それは困るな」
本気でそう思っているのか、ダンディな美丈夫は行動を自重した。ほっ。
「ううん、どうしたらいい。眼が瞑れるのは困るけど、我を見て欲しいし。けど困らせる気はさらさらにないから・・・うーん」
悩んでる。
物凄く悩んでいる。
眼をそらしたまま会話、と言うのは駄目なんでしょうか。・・・駄目なんだろうな。台詞からして私と眼を合わせて話したいみたいだし。別に眼、合わせなくてもいいじゃないですか。問題ないですよ。
「あ、じゃあちょっと細工しよう!・・・・・・・・・どうかな、愛し子?我を直視できるかい?」
「無理矢理、顎を掴んで視線を合わせないでくれませんか?!首が痛い!」
「あ・・・すまない」
しょんぼりした姿が子犬みたい。
私、猫派だからきゅーんとしないけど・・・罪悪感が半端ないわ。
「次があるなら手加減してください、首がもげますから」
「ああ、そうしよう」
出来れば次、がないことを期待したかった。
「で・・・あの・・・・・・・・・・・・どなたですか?」
改めて、ダンディな美丈夫を見る。
いやー、どう細工をしたのか知らないけど直視できるよ。さっきまで本気で失明する!と戦々恐々していたのに、今じゃほら、眼を見て話せる。背が高いから首が痛いけど。
・・・宝石みたいに奇麗な眼ですね、柘榴石でもはめ込んでるんですか?
「欲しいのかい?」
「え?」
「我の眼が欲しいのかい、愛し子?君が望むのならばあげよう!」
「え?・・・え?え!?い、いらない!いらないから抉ろうとしないでください!!いや、本当にいらないから。そんな悲しそうな顔をしないで!」
「そうか、愛し子が気に入ったのならばあげようと思ったんだが」
いらないから。
本当、いらないから。
眼玉もらって喜ぶ悪趣味じゃないですし、眼球コレクターでもないんですけど私・・・っ!
必死に首を横に振り、拒否し続ければ流石に諦めたようで渋々、本当に渋々と双眸から手を放した。・・・う、迂闊なことを言えないっ。
「あ、そう言えば我の名を言ってなかったな。我はオルフェウス。オルフともオルフェとも・・・いや、後者は駄目だ。我があの方に殺される。魂ごと滅される。・・・・・・オルフと呼んでくれないかい?」
「はぁ・・・大丈夫ですか?顔色、青から土気色になってますけど?」
「我を心配してくれるのかい、愛し子」
「え、まぁ・・・そんな死にそうな顔をされたら心配はしますけど。・・・・・・・・・愛し子って何ですか?私、リィン=アウラディオです。愛し子ではなく、リィンと呼んでください」
「ああ、愛し子」
駄目だこれ。
そうそうに呼び名について諦め、オルフさんを改めて見る。・・・そんな蕩けそうな眼で私を見ているのか、聞かないことにしよう。
聞いたらいけないと、何だか解らないけど本能が告げている。
面倒ごとになるし許容範囲を超えてオーバーヒートすると訴えている気がする・・・っ。
「それで愛し子、これからどうしたい?」
「・・・へ?」
「どこか、行きたい場所はあるかい?」
「行きたい・・・場所」
言われて頭に浮かんだのは、ライさんがいる魔界。人界よりも暖かく、優しいあの場所が脳裏から離れない。
「どうしたい、愛し子」
頭をそっと、愛しむように撫でられる。
恥ずかしいけど、安心する撫で方。・・・父親に頭を撫でられるって、こんな感覚なのかな?
「私・・・人界にいたくない」
姉のことや、空の聖女云々を抜きにしても、私は人界には一秒だっていたくない。
ここには、良い思い出がないに等しいから。だから――魔界に行きたい。
でも・・・・・・。
「魔界に行くと、迷惑をかけてしまうんです」
姉が私を探している――そう、あの騎士は言っていた。
となれば、姉に恋をしている皇帝陛下が何かしら指示を出しているだろう。わざわざ境界線を越え、魔界に来たことを考えてすでに、私が人界にいないことは知っているはずだ。
騎士団の次は絶対、いや、確実に送ってくるはずだ。
「グレン・・・勇者が来る」
グレンシード=アイン。
私の元恋人で、人界で勇者と呼ばれる存在を皇帝陛下が手元に置いておくはずがない。愛する姉が嘆き悲しんでいるのならば、何とかしようとするはずだ。むしろする。断言しよう。
だって過去に飽きて馬鹿らしくなるほどに見たからね。間違いない。
で、皇帝陛下は姉と婚約した勇者に発破をかける。そこまで想像して、げんなりとした。
「勇者ってほら・・・魔族相手だとチートって話ですし」
実際、そうだと幼馴染や猫友の騎士から聞いた。
魔王相手ならどうか知らないけど、そんなチート的存在が魔界に行ったら・・・・・・。そう思うだけで胃が痛い。頭も痛い。私は悪くないのに、申し訳ない気持ちで一杯になる。
「それは問題ない」
「だって勇者ですよ?魔王と敵対する立場にいる勇者ですよ?魔界に行ったら大変じゃないですか!」
「今代の魔王は勇者を赤子の手を捻るように容易く殺したと言ってもかい?」
「配下と一緒ですよね?」
「面倒だからと1人で、勇者の5人の仲間諸共に瞬殺していたな」
・・・冗談ですよね?
「ちなみに・・・今代の魔王って」
「ラインハルト=ガルム=ガルド=オーフェ」
うわ、ライさん最強説浮上・・・!
いや、強いのは判ってたけどまさかそこまでとは・・・。あ、だから魔王陛下なのか。他の魔王と一線を画する力の持ち主ってことの、魔王陛下なんですね。
一線どころか、異常なほどの力の差が他の魔王達とある気がするのは私の気のせいかな?
・・・気のせいじゃ、ないんだろうなぁ。だってライさんだし。
「ねぇ、愛し子」
くいっと、顎を掴まれ視線が上に向いた。
・・・ものすごく優しい笑みで私を見るオルフさんに、瞬く。どうしてそんな慈愛に溢れた眼を私に向けるんだろう?初対面ですよね?・・・ロリコン?
「我と一緒にフヴェルに行かないかい?」
「フヴェル・・・?」
それって確か・・・。
「神秘と不思議で形作られた幻想郷・フヴェル。世界樹に一番近く、白銀の乙女と邂逅できる可能性が高い場所。神がいる領域に至れる地。・・・そこは普通では辿り着けない」
「なのに・・・行くんですか?」
「だから行くんだよ、愛し子」
顎から手を放し、両手で私の頬を包んでオルフさんがコツン、と額を合わせた。異様に近い距離に、どうしてかな。あまり羞恥を感じない。
むしろ・・・嬉しい?
自分の感情が良く解らなくて、何度も瞬いてしまう。
「あそこは勇者だろうが、魔王だろうが、近づけない」
「人類と言うか種族を超越している存在が近づけない場所に、行けるとは到底、思えないんですけど」
「大丈夫だよ、愛し子。何も心配することはない」
「ねぇ、聞いて」
「我が今すぐ、愛し子をあの場所に連れて行ってあげるから」
「お願いだから聞いて」
私、行きたいとは一言も、ひとっことも言ってませんけどぉ?!
オルフの耳は今日、仕事を放棄してるの休みなの!?頼む、聞いて私の話!!
「行こう、愛し子。あの――――美しくも儚い、泡沫の夢のような郷へ」
「いやちょっ?!」
抱きしめられたと思ったら、視界がブラックアウト。
・・・。
・・・・・・。
・・・・・・・・・あれ、これって転移に似ているような。え、つまりはこれって・・・逃げられない?強制的に連行・・・・・・・・・・・・された!
ライさん、ライさーん!!助けてぇぇぇぇええぇぇぇぇぇぇぇええぇぇぇぇっ!!!




