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新しいパソコンのキーボードに慣れず、格闘中。誤字脱字がいつも以上に多いかもしれない恐怖に震えていたりする・・・。気づいたら直します。
淡い黄色の光を放つ球体上の結界を壊そうと、白と黒の2匹の獣が鋭い爪や牙で攻撃する。その都度、揺らめく結界はしかし、亀裂が入るたびに魔力を込めなおしたおかげで壊れることはなかった。
先程まで意気揚々に騎士団を攻撃していた村人も、2匹の獣の攻撃に畏縮して身を寄せ合うように小さくなっている。恐怖からか、泣いている子供がいた。
ユフィーリアはそれを一瞥し、短く息をついた。見た目が幼いだけの年寄に、構う余地はないし余裕もない。
森の聖女の眷属相手に、結界を維持できることを誰かに褒めて欲しい。――場違いなことを考え、早くこの場を治めてくれる存在の来訪を願った。
正直、そろそろ魔力が限界に近い。
これ以上の攻撃を受ければ、結界を維持するのも難しい。
誰か、ここまで頑張った自分を偉いと称賛して欲しい。そして偉いと頭を撫でて給金を上げて欲しい。もしくは特別手当を出して欲しい。
最近、薬学書と新しい器具を買った上に、実験に失敗して爆発した実験室の改装費で財布が寂しいから切実に欲しい。肉奴隷としては分不相応な願いだけれど。
「・・・あ」
欲ばかり考えていたらとうとう、結界が壊れた。
硝子が割れる音と共に、淡い黄色の粒子が粉々に砕ける様子が視界に飛び込む。
村人の絶望の悲鳴が聞こえた。
黒い狼が巨大な前足を振りかざし、鋭い爪をこちらに向ける。
白い狼が大きく口を開け、顎をこちらに突き出した。
騎士団の楽し気な声が聞こえ、ユフィーリアはゆっくりと眼を閉じた。ああ、実に馬鹿らしい。
ここで自分と言う存在が死んだとしても、彼らに待ち受けるのは絶望的な――いや、地獄すら生ぬるい未来だと言うのに。
「後はお任せいたしました、魔王陛下」
けれどユフィーリアが死ぬことはない。
村人が死ぬことも、ない。
何故ならば魔界の絶対的支配者、歴代最強と他の魔王達より畏怖されている魔界の王――魔王陛下がこの場にいるのだから。
「後始末はそっちがしろよ、ユフィ」
空から聞こえた声に是、と頷いた。
「んじゃ――――たまには魔王らしく仕事をするよ」
怠惰を纏わせる声と共に、赤を纏った流星が空から落ちる。
その見覚えのある魔法に2人の子供は眼を見開き、声の主を探そうと身を寄せ合う村人の中から抜け出した。
汗だくになりながら見た光景に、2人の子供は声を失う。
【meteora rossa】からの【Fiammeggia ballare】。
同属性とは言え、1人の人間が連続で同魔法を使用することは本来ならば不可能。
並大抵の魔力では発動させることは出来ず、発動したとしても威力は劣り下手をしたら暴走して自滅する。
その事実を知る騎士団に所属する魔法使いは眼を見開き、慌てて水属性の結界魔法を展開させる。だが、すでに遅い。
攻撃魔法にさらに攻撃魔法を追加したそれは通常の威力を容易に越え、空間を歪めるほどの膨大な魔力が周囲に蓄積されたことで精霊王を呼び出した。
『――――――――――!』
現れた褐色の肌に、捻じれた角を持つ火の精霊王が咆哮する。
ただそれだけで空気が震え、酸素が燃えた。
魔法使いが展開させた結界が、紙のように消える。
力の差が歴然とし、絶望に魔法使いは膝をついた。――漸く、魔法使いは悟る。
魔族に人間が勝てるはずがないのだ、と。
それでも無謀に立ち向かう何人かの騎士を、火の精霊王がゴミを払うように蹂躙した。呆気なく死ぬ仲間に、二の足を踏んでいた数人の騎士が腰を抜かした。
残りの騎士はそれでも勝機はあると、震える身体を叱咤し武器を火の精霊王に向けた。
無謀とも思えるそれは、森の聖女の力を持つ者がいるからだろう。もしくは森の聖女の眷属がいるからかもしれない。
――ラインハルトにとって、そんなもの瑣末なことでしかないのだが。
「・・・さて、森の聖女の眷属よ」
ラインハルトは腰を抜かし、化け物を見る眼を向ける騎士団から興味を失せたように2匹の獣に視線を動かした。
「その眼を取り返してやる。だから大人しく失せろ」
不遜とも言える態度のラインハルトに、2匹の獣は唸る。
信用し難い。言葉よりも明確な空気を表す2匹にラインハルトは溜息をついた。ああ、面倒くさい。こう言うのはツヴァイン翁がやればいいんだ。
ここにはいない人物に全てを押し付け、どこかへ逃走したい気持ちが強くなる。
「眼を・・・奪う、だと?」
1人の騎士が呻くように声を出す。
長身痩躯の美丈夫――と言えば聞こえはいいが、ただ単に針金体型の病的な肌を持つ男だ。
風が吹けば倒れるような脆い印象を与える男に、よくもまぁ騎士なんてなれたモノだと感心する。死にたがりかもしれない、と同時に思ったが。
ちらり、と視線を右に映す。
隠れるように身を縮める騎士こそが、森の聖女の眼を持つ者。
針金体型の騎士のせいで良く解らないが、随分と小柄な騎士だ。子供と呼んで大差ない年だろう。戦争に参加するには年若い気もするが、もしかしたら背が低く童顔なだけで成人済みかもしれない。
容姿に興味を持たず、ラインハルトは空間から剣を取り出し、鞘を抜く。
「っ!」
騎士団に緊張が走った。
だがラインハルトは構えず、欠伸をする始末。
「貴様、我々を愚弄しているのか・・・?貴様のような輩に我らが負けると?」
「実際、負けてるだろう」
火の精霊王を指差すラインハルトに、悪気はない。ただ事実を事実として告げただけ。
ユフィーリアが嘲笑した。
「死んでいないから負けていない、とでも思っているのでしょう。戦力差は明らか・・・いえ、力の差は歴然だと言うのに嘆かわしいモノです」
「なら後はお前に任せていいか?火の精霊王を召喚し続けるのって疲れるんだよ」
「いえ、ここは最後まで務めを果たすべきかと」
「もう十分、務めを果たしたと思うんだけど・・・?」
すでにやる気の欠片すらないラインハルトの態度に、筋肉隆々の年老いた騎士が動揺する騎士団の先頭に立って叫んだ。
「落ちつけ!」
空気を震わせる声量に、多くの騎士が耳を押さえた。
「我らには森の聖女の力がある。眷属も、森の聖女がこちらの手のうちにある以上、裏切りはしない」
「そうか?眼を奪い返せば、少なくとも今はこちらに味方してくれるだろう」
「・・・貴公は魔王らしいが、何の魔王か問うても?」
「知ってどうする?」
と言うよりも、知って何が変わるのか。また溜息が出た。
「魔王にも位があるらしいのでね、それを知ってから対処しようと思ったまで」
「ふぅん」
どうでも良さそうに相槌を打った。
「それじゃあ、俺は一番弱くて位も低いな。だって心の底から怠惰を愛し、魂に刻むほどに惰性を慈しむ者、怠惰の王だから。・・・俺は――――Acedia」
気だるげな眼で騎士団を一瞥し、右手を持ちあげる。
騎士が警戒を強めた。それを嘲笑し、ラインハルトは指を鳴らす。
「3対3の翼を持った悪魔の王」
ラインハルトの背に、黒い3対の翼が現れた。
「煉獄の支配者」
火の精霊王が膝をつき、頭を垂れる。
「七罪の中で最弱と呼ばれる――Acediaだ」
空間が捻じれ、3対3の翼を持つ鳥が描かれた旗を掲げる、黒に赤いラインの軍服を着た魔族達。その背後に黒い鎧に身を纏った騎士らしき者の姿もある。
村人の1人がぽつりと、唖然としたように呟いた。
「魔王陛下・・・?」
現れた騎士達が魔王陛下直属の正規軍だと知り、村人の中で動揺がはしる。
まさか、まさかここに・・・あの魔王陛下がいるとは!驚愕に眼を見開く大人を尻目に、2人の子供は顔色を真っ青にさせた。
知らなかったとは言え、魔王陛下にあのような態度をとってしまった。
不敬で魂を消滅させられるかもしれない。魔族としては短い人生だったと心の中で涙し、2人の子供は互いの手を硬く握り合った。一蓮托生で逝こう。
すでに死ぬ覚悟を持った2人の子供に気づかず、ラインハルトはどうでもよさそうに告げる。
「いや、魔王陛下とかどうでもいいから、むしろ誰かにあげる。欲しい人いない?今なら役職と権力と金銭もプレゼントするぜ?」
「能力的に絶望的な者たちばかりなので不可能です」
「はぁぁ・・・早く俺を越える魔族、生まれねぇかな」
いっそ、夢だったのではないかと思う程に、先程までの威厳溢れる態度が消えた。纏う雰囲気も怠惰の王らしく惰性で、どうしても魔界を統べる王と思えない。
年老いた騎士は頬を引きつらせ、震える手で眼をこすった。
これが、魔界を統べる・・・王?
とてもそうは見えないが、ラインハルトの背後にいるのは村人曰く、魔王陛下直属の正規軍。
実は名前と権力と部下を借りただけの別人、と言われた方がしっくりくる。
「まったく、急に呼びだしたと思えばコレとは・・・。とうとう、人間と戦争を起こす気にでもなりましたかな?」
ツヴァインが空間から現れ、ゆっくりとした歩調でラインハルトに近づく。
「戦争ではなく、蹂躙の間違いではありませんか?ツヴァイン殿」
後を追うようにルシルフルが歩く。
魔王陛下を庇うように前に立つルシルフルと、一歩下がった位置に立つツヴァインに、ラインハルトは心の底から嫌な顔をした。
「しねぇよ、面倒癖ぇ」
ゆるりと首を横に振り、背後に立ったユフィーリアに視線を向けた。
「ユフィ、結界」
「すでに村人を中心点とし、結界を展開しております」
「ルシルフル、空間」
「この村全体を覆う空間を作成し、いかなる力で破壊しようと問題ないようにしました」
「ツヴァイン翁」
「怪我人の治癒はすでに終えていますが?」
「あ、そう。じゃ・・・他の奴らと一緒にちょっと下がってろ」
しっしっと犬猫を追い払う動作をするラインハルトに何を言うでもなく、3人は、否、騎士全てが素直に村人の近くまで下がった。
火の精霊王を召喚してから気づいたのだが、この村全体を覆う魔法とは異なる力が発動している。それがどんな効力なのか知らないが、十中八九、森の聖女の力であるのは間違いないだろう。
何せ――森の女神と獣の女王の寵愛を受ける森の聖女だ。
その力は、こういった自然が多い場所で力を十分に発揮する。
神の詩はうたえなくとも、自然にいる動植物を操り、従える力は有しているはずだ。
「・・・まさか」
そこまで考えて、ラインハルトはある可能性に気づいてしまった。
「おい・・・」
「っひ」
ドスの低い声で小柄な騎士に声をかければ、右眼を隠すように手で覆い真っ青な顔をして後退した。舌打ちをしたくなる。
失態だ。
失策だ。
良かれと思ったことが裏目に出た。
口元を手で隠し、ラインハルトは眼を細めた。小心者としか思えない小柄な騎士に、してやられるとは腸が煮えくり変えそうなほど不愉快だ。
七聖女の力を魔王や勇者が制御できるとは言え、身体の一部分――それも神の力ではない力を使っているのだからどうにもできない。
忌々しい。
忌々しいことこの上ない。
「火の精霊王」
制御できないのならば、とる手段は決まっている。
「――――殺せ」
事が起きる前に片づけるだけだ。
『――――――――――――――!!』
命を受けた火の精霊王が咆哮し、空が赤く染まった。
猪を連想させる走りで騎士達に突撃する火の精霊王に、数人の魔法使いが水属性の攻撃魔法を放つ。
【Lama di ghiaccio】を展開させる精霊の詩を口にするも間に合わず、火の精霊王が放った息吹によって魔力が四散し、肉体が炎によって燃やされた。
かろうじて人の形が判るだけの炭とかした物体を冷ややかに見下ろし、ラインハルトはゆっくりと足を動かした。1人の騎士が突撃し、剣を振りかざすより早くルシルフルが首を鋭利な爪ではねる。
2歩、小柄な騎士に近づいていく。
恐怖に顔をゆがめた3人の騎士を、ラインハルトに近づく前にツヴァインが水属性の攻撃魔法で溺死させる。
3歩、小柄な騎士が後退した。
雄叫びを上げながら襲い来る5人の騎士を、ユフィ―リアが無表情で鉄線で切り刻む。賽の目状に小さくなった肉片を冷ややかに見下ろし、ツヴァイン達に視線を向けた。
「邪魔者は排除いたしましょう」
「当然だ」
至極当たり前のように頷いたルシルフルとは逆に、ツヴァインはいいやと首を横に振った。
「やめておけ」
「それはどう言う・・・・・・・・・あの女っ」
「リィン様ですね。しかし・・・・・・蔦で縛るのはともかくなっていません。亀甲縛りや後頭後手縛りぐらいしなさい。ただ縛るだけでは緊縛の意味がないですね」
心なしか興奮しているような口調で語るユフィーリアに、ツヴァインとルシルフルは頭を抱えた。注目する点はそこなのか。呆れて何も言えなくなった。
「ったく、やっぱりか」
ラインハルトは小柄な騎士の背後、2匹の獣に守られるようにいるリィンを見た。
「リィンを探していたのか。・・・その理由は?と聞いて、簡単には教えてくれねぇよな」
予想していたが、こちらが殺すより早く手元に呼び寄せるとは意外と――小柄な騎士は優秀なのかもしれない。
森の聖女の力を、一端とは言え暴走させずに使用し、精密な転移を実現させたのだから。
と、なれば。ラインハルトは持っていた剣を空間に戻し、火の精霊王に命じた。
「そのまま他の騎士を殺しておけ」
精霊は七聖女に干渉できない。それは聖女の力を持っている小柄な騎士にも言えることだ。
小柄な騎士を殺せと命じたところで、火の精霊王は一撃すら与えられない。与えようと考えた時点で、その存在が消滅する。
それは神が定めた、覆せないルール。
そして何より――――。
精霊王の上位に位置する特異点――精霊の母たる女王に愛された存在を、何故、子である精霊王が害せるだろうか。
答えは否。
誰であろうと七聖女を、その眷属をも傷つけることは出来ない。
例外は七聖女の力を制御できる勇者と魔王だけ。
力の暴走を抑えるのではなく、調停者の役割を捨てて感情のままに世界に害をなすというならば阻止する役目を与えられた存在。
勇者は魔王がいるから勇者なのではない。
魔王は勇者がいるから魔王なのではない。
人界・魔界から選ばれた、七聖女を見極めるための存在であり、支え護る存在なのだ。
だから――たかだか森の聖女の右眼を持っただけの存在なんて、容易く殺せる。
「・・・・・・・・・え・・・?」
小柄な騎士が呆然とした表情で瞬いた。
「なに・・・が・・・・・・・・・?」
傍を強風が通り過ぎた。
ただそれだけで傍らにいた2匹の狼の首が飛んだ。くるくる、くるくる、くるくると赤を振り撒きながら2つの首が宙を舞う。
ドシャリ、音を立てて頭部を失った体躯が地面に倒れる。切り口から蛇口を捻ったように大量の赤が溢れ、地面を真っ赤に染めていく。
その光景にリィンは悲鳴を上げない。
気を失っているのだから、当然といえば当然だ。
風属性の攻撃魔法――【Gladium spiritus】を使用したと気づいたものはあまりいない。
気づかない故に小柄な騎士は右眼を抑えたまま後退し、意識のないリィンを盾にするように後ろに隠れた。その姿に無様としか思えず、ラインハルトが嘲笑する。
「どうした、騎士の名が泣く行動をして。・・・森の聖女の眼があるんだろう?それを使ってこの状況、打破してみせろよ」
「・・・っ!!」
「さぁ、やってみろよ」
「やれ、ガゼス!」
年老いた騎士が吠えた。
「何としてでも目的を果たすのだ!」
針金体型の騎士が叫ぶ。
それに背中を押されたのか、小柄な騎士の身体から震えが消えた。恐怖にひきつった顔ではなく、何かを決意した表情でリィンを見やり、ラインハルトを見る。
挑発的に笑うラインハルトから眼をそらさず、小柄な騎士はいびつな笑みを浮かべた。
「・・・やってやりましょう」
声が震えないよう、精一杯の虚勢をはって。
「先輩方・・・せめて、この魔族に一矢報いましょう!」
死ぬ覚悟を持って告げた言葉に、2人の騎士は是と頷いた。
すでに多くの同胞が殺され、残ったのは片手で足りる数だけ。それもいつまで持つか判らないならば、せめて一泡吹かせたいと強く思った。
結果的に死んだとしても、悔いがないように。
敵わない相手に「ざまぁみろ」と笑って逝けるように。
2人の騎士が剣を握り直し、ラインハルトに向かって駆け出した。小柄な騎士が右眼だけを開き、小さな声で何かを呟いている。
何かを企んでいる、と言うのは見て解る。
「・・・まさか本当に何かをやるとはな、驚いた」
さして驚いた風でもない顔で、ラインハルトは言う。
「だが、何をしたところで」
無造作に右手を横に払う。
「無意味なんだよ」
「ぅ、が・・・・・・・・・・・・っ」
展開させたままの【Gladium spiritus】を使い、年老いた騎士の右腕を切り落とす。そのまま流れるように右手を振り上げれば、針金体型の騎士の両足を削いだ。
バランスを崩し、倒れた針金体型の騎士と違って隻腕でも切りかかろうとする年老いた騎士に、ラインハルトは無表情のまま右手を振り下ろす。身体が縦に半分となった。
身体の断面図が見えるそれに、リィンの意識がなくてよかったと場違いにも思う。
「・・・!?」
瞠目した。
「なんのつもりだ」
「なんの・・・?見て判りませんか?この子供を違う場所に移すんですよ!」
転移する先は決まっていない。
だが、この場所からどこか遠く――ラインハルトがすぐに探し出せない場所に飛ばすことだけに意識を集中させる。
魔界の地形なんて知らない。
人界に転移させられる可能性は低い。
生きたまま転移させることができるのか、自信もない。
「俺、力の制御ってそんなに得意じゃないんですよ。ただ、魔力値が勇者並みに高かっただけで、それ以外は凡人だったんです。でもね」
小柄な騎士が嗤う。
「死ぬ気でやれば、魔王陛下が手出しできない場所に飛ばせるんですよ!」
小柄な騎士が叫ぶと同時に、リィンの身体が宙に浮き、ゆっくりとゆがんだ黒い空間に飲み込まれる。穴と言う穴から血を流し、地面に崩れ落ちた小柄な騎士は嗤う。満足そうに、「ざまぁみろ」と言いたげな顔で誇らしげに
血の気を失った顔で針金体型の騎士と、年老いた騎士の姿を探す。
身体が半分に分かれて死んだ年老いた騎士と、失血で今にも死にそうな針金体型の騎士。
その2人の姿を視界に収め、満足に動かすことが出来ない両手を動かし、右眼に触れた。荒い息を吐きだす。
「森の聖女の眼も・・・渡さないっ」
ぐしゃり、つぶれる音が聞こえた。
「あは・・・ははは、はははははははははははははっ!!これで森の聖女を完全に敵にまわしましたよ!いい気味ですね!!」
「煩い」
だからどうしたと言わんばかりに、ラインハルトは【Gladium spiritus】を小柄な騎士に突き刺した。
怒りの感情のままに四肢を細切れにし、胴を抉り、顔を刻み――首を切断した。
「ああ・・・畜生」
ゆっくりと、だが確実にリィンの身体を飲み込む空間に手を出せない。
精霊の詩で転移を使用した際、中途半端な状態で手を出せば、飲み込まれた身体がバラバラに千切れてしまう恐れがある。だから精霊の詩では禁術とされ、精霊の旋律を禁忌として定めた。禁忌というわけではないが、七聖女も転移については制限されている。
森の聖女が転移を使えるのは森があるところだけ。
空の聖女が転移を使えるのは空があるところだけ。
そう言った制限があると、七聖女のことを記した本には書かれていた。正確にはそれしか記載されておらず、精霊の詩のような危険性があるのかまったくの不明だ。
だからもし、容易に手を出せばどうなるのか――ラインハルトは知らない。
「起きろ、リィン!」
だからと言って、見捨てることは出来ない。
「眼を開けて、力を使え!そこから抜け出すんだ!!」
護ると約束したのだ、リィンと。
面倒くさがりで、惰性から約束なんて早々にしないラインハルトが、言葉にしたことが果たせない。
リィンの身体が視界から消えていく。
黒い空間に飲まれ、手が出せない場所へ行ってしまう。
駄目だ。
それは駄目だ。
見つけたのに、ようやく見つけたと言うのに傍から離れてしまうなんて駄目だ。約束だけではないその想いに、無意識に右手が伸びた。
あと少し、あと少しでリィンに届く。術の展開を妨害した代償を考えず、ひたすらに腕を伸ばして――――。
「ライ・・・・・・さ、ん?」
「リィン!」
指が、空を切った。




