探偵とストーカー
犬も歩けば棒にあたる。
犬も出歩けばなんらかの出来事に遭遇するということだ。
犬が歩きまわるだけであれば、棒にあたるだけで済むが、世の中に関わるなら、棒以上に厄介な出来事に遭遇する可能性が非常に高いという事を誰もが知っている。
探偵はその厄介な出来事に、大抵首を差し出すかのように突っ込んでいく。
それこそ正義感、快楽、自己防衛、好奇心、自己満足と色々ではあるだろうけれど、それでも首を差し出す。
何故そのような事をと思う事は、山ほどあるけど、腐る程に思っていたけれど、お嬢様の熱に当てられてフラフラと出来もしない探偵と名乗る職業になり、首を差し出し突っ込んでいる最中の僕が思う事は間違っているだろう。
首を差し出し突っ込んでいるという部分に対しては、探偵のようなものがあるものの、基本的に探偵としてのスペックがあるわけでもない僕に探偵としての依頼がもたらされた。
この屋敷周辺に不審者がウロウロしはじめているので、見つけて報告するようにと、川中さんに言われた。
「不審者とは所長の事ではないですよね」
「その方は変質者です、つまり変態ですね」
何故川中さんにその事を再確認させたのだろうか、いつも通りと言えばいつも通りではあるが、先のエロ本の件といい、余計な事をするロボ和歌子初号機である。
しかし、不審者とは穏やかな話ではない、この屋敷には、少々邪な事を考えていたとしても、それを実行にうつすことを躊躇うしか無いほどの大きさだ。
さぞかし立派な防犯システムが搭載されているだろうと身構えるに違いないと思うのは、僕が小心者だからでは無いと信じたい。
しかし、不審者がいるのであれば、警察への連絡のほうがいいのでは無いだろうか、何せ僕は荒事が得意ではない、殴られたり蹴られたり、罵倒されたり、噛みつかれたりとそういう方面には経験が人様よりは多いというだけだ。
特長という特長も提供されぬまま、いや単に聞くことを忘れてしまったというだけではあるのだが、その事をぬきにしたって屋敷周辺の不審者探しという不安が、不審者に襲われるというイヤな妄想が先行してしまう。
このままでは門からでて5分もしないうちに引き返そうかと思ってしまうと思いはじめた時に、出会ってしまった。
木登りをしようとしている姿が微笑ましいといえるのか、それこそ不審者と呼べばいいのか判断はつけたくはないが、この場合は四対六の割合で不審者として接した方がよいだろう。
「何をしているんですか?」
「所長、木登りをしているに決まっているじゃ無いですか」
たとえカメラや双眼鏡を首からぶら下げて何やら大きめのリュックサックをかついでいて、近づいては、いけない不審者に対して、いい天気ですねという挨拶の類いをしているのではないのだが。
木登りをしている不審者はどちらの声かけに集中力を切らし、滑るように木の幹から落下した。
苦悶の声をあげるほどに痛かったのであろう涙目と顔を真っ赤になりながら僕を撮りはじめた。
「変態が自ら飛び込んでくるとは」
僕とて、記憶力が左程いいわけでもないが、おそらく初対面の人に変態扱いされる事に見におぼえが全く無い。
「君、警察呼びますよ」
「私の監視に気付いた事は褒めてあげるわ、流石は和歌子様いえ折神家のお嬢様が呼んだことはあるわね」
お嬢様の知り合いでいいのだろうか、いや会話の成立というものが何処かへと置き去りにされている感じがビンビンするのだけれども、そのような事を御構い無しに彼女は高らかにさけんでいる。
まるで、勢い良く誤魔化すように。
「でも勘違いして貰っては困るのは、私がいつか折神家の陰謀を解きあかし、華々しくTOKI敏腕記者として返り咲いてみせるのは変わらないということかしら」
TOKIというと確か電車に乗っている時にとてもやる気の無い中高年の男性がパラパラと見ていたスポーツ紙だ。
記事の信憑より、グラビアアイドルなどの袋綴じがメインの印象だ。
そんなスポーツ紙の記者が取材のため木登りしているというのは、なくはないだろうが、とりあえず彼女がお嬢様が通う学校の制服姿で登っていた時点で注意ぐらいはしてもいいだろう。
「いや、君敏腕記者じゃないよね」
「所長、彼女誤魔化しているんですから気がつかない振りをするのが、マナーです」
僕達のありふれた指摘に彼女は酷く狼狽し、先程の落下時よりも泣きそうだ。
「流石は和歌子様がスカウトしてきた、名探偵です、なるほど納得ですね」
名探偵でなくてもわかる、その場に居合わせたのならば、誰だってそう指摘したのだから。
いや、むしろ僕すら出番の必要性がないものだったといえよう。
もちろんそんな事はいわないが。
「私は和歌子様が好きで仲良くなりたくて、和歌子様が探偵の小説が好きという情報を得てから、和歌子様に関する情報を収集したり、物品を集めたり、隠れて証拠写真をとったり、あんぱんを食べながら遠くの和歌子様を一日見張ったり、和歌子様の家からでるゴミで生活を推理していたのですが、エロ本を集めるような変態と貴方を見誤る推測を立てて、私の油断を誘っていたのですね、もう私は和歌子様の探偵を諦めます、和歌子様には名探偵がいるようですから、あとこれお返しします」
あの行動の中のどれだけの自信があったのかわからないが、彼女は思いの丈をありったけ吐き出した後に、リュックサックから、先日メイドの川中さんに捨てられた筈の大量のエロ本を僕にわたし去って行った。
「所長、ちなみに彼女のはストーカーといいます、つまりは不審者の類いです」
「知ってた」
不審者に関しては、むしろ僕すら出番の必要性がないままに解決を迎えたのだから、エロ本の処分についても僕に関わりなく、解決してほしいと願うばかりだが、これまた誰だってわかる。
きっとまた、川中さんに怒られる。




