11−3 手紙
「笑顔はすべてを解決するんだよ。グルナちゃん。ブラン殿下の笑い方はー、嘘くさいと思うけど」
「失礼ですわ!」
「心から笑ってくれた方がいいじゃん」
「それは当然ですけれど。ブランドロワ殿下も、苦労されているのよ」
グルナディーヌによると、ブランドロワの弟は奔放で協調性がなく、王族の仕事にまったく興味を持っていないという。本来ならば学園にも通うべきだが、途中で辞めてしまったらしい。今は王族としての役目も負わず、問題を起こしてばかりだとか。
そのため、ブランドロワは王子としての役目を一身に受け、後継者として期待がかかっているそうだ。学園をまとめるのは本来王族だが、それすらもブランドロワの仕事で、常に忙しくしているらしい。
「それに……」
何か続けようとして、グルナディーヌは言葉を止めた。プライベートの話なので、花奏には話せないこともあるだろう。
「王子様だもん、大変だよね」
花奏が言うと、グルナディーヌはそれ以上追求しないことに、遠慮がちに笑む。
しかし、それで合点がいった。だからあれほど笑顔が顔に貼り付いているのか。
忙しいながら、笑顔で対応しなければならない立場で、それを崩すことは許されないのだ。
ブランドロワにあちこちで会うのも、学園のあれこれを確認しているからだろう。
「もしかして、あのチャーム」
「チャーム?」
「ううん。イケメンでも悩みはあるよね」
「いけめん?」
「カッコいー人でも」
「あの容姿でいらっしゃるでしょう? よくない令嬢からの誘いがひどくて、寮に入られたほどなの。寮であれば、王宮のように誰か手引きしたりはできないから」
「王宮の方が、警備が緩くなるの??」
「手引きをする者が多いということよ。新聞記者などにも追いかけられることがあったのよ。一人でいらっしゃる時間も少なくて、いつも気を張っていらっしゃったわ。寮に入られて少しはかわられたと思うけれど」
それは早急に王宮の警備を何とかした方がいいと思う。それでは怪しい奴らが入りたい放題ではないか。
だが、それが難しいため、寮に入ったとは。
「新聞記者、いるんだ。学園に入ってくるの?」
「学園に新聞記者? ええ、学園に、入ってくるのよ?」
「変な人いたら、通報した方がいいんだね」
「え? ええ、そうね」
何か変なことを言っただろうか。グルナディーヌは自分で言った言葉に首を傾げた。
寮から学園に行く道に人通りはある。道の先は街並みになるので、そちらの方へ歩く人はいた。毎朝会う人は同じで、都内の駅のように、ワッと人々が歩くわけではない。妙な輩がいれば、かなり目立つだろう。
ブランドロワはローザと話に行ったっきり、戻ってこない。
ベンチでのんびりしながら、グルナディーヌはブランドロワが来ないか、何度も校舎の方を見ていたが、結局戻ってこなかったので、二人で帰ることにした。
グルナディーヌに好きを見せた方がいいと言いながら、自分はどうなのだろうと考えて、いつも通り神社の方へ足を向けた。
「いただきまーす」
朝の食事は、ホテルのブレックファーストのような、パン、リンゴジュース、スクランブルエッグにウィンナー。それから、切られていない果物たち。
なぜ、果物をごろりとテーブルに置くのだ。飾りの代わりか?
疑問に思いつつ、ナイフはあるので、自分で皮を剥いて食べる。
食事はいつも一人。グルナディーヌは起きるのが早いのか、食堂で会うことはない。
それから歯を磨いて、髪の毛を適度に整え、
「行きますわよ!」
「はーい」
グルナディーヌの声を聞きながら、部屋を出る。
学園は下駄箱がないので、靴のまま。日本人としては靴を履き替えたいのだが、却下。
乙女ゲー、イケメンキャラの白制服で、白上履き、しかも黄色い指先。というのはいかがなものというところか。
ロッカーはあるので、そこにカバンを入れたりする。が、花奏は必要を感じていないので使っていない。
どうせ一限だけ。カバンは机の横に置いている。教科書は厚めで重いのだが、読めるのは三冊だけ。もう三冊入れておけばいいと、随時入れっぱなし。
カバンにぱぺを飾っているのは花奏だけなので、その辺にカバンを置いても、すぐに花奏のカバンだとわかる。
「あなた、本当にロッカー使いませんのね」
「必要ないからね。着替えもないし」
「着替えることなんてありませんわ」
「体育ないもんね。あっ」
グルナディーヌがロッカーを開けると、はらりと白い封筒が落ちてきた。見覚えのある形だ。
「あらま、二度目。昨日の今日で、早朝から置いていったと」
「そうですわね……」
封筒の中は、前回と同じカード一枚。
「差出人、書いてないねえ」
「同じ内容ですわね。時間だけが違うのかしら」
また捨てたら、また入っているような気がする。これはイベントではなかろうか。花奏が余計なことを言ったばかりに、イベントが進まなかったのかもしれない。
グルナディーヌはグルナディーヌで、イベントが発動する話があるのかもしれない。
攻略対象の好感度が低ければ、グルナディーヌに攻略対象が集まるのかどうか。ゲームのベースがどう設定されているのかわからないので、好感度によって起きたイベントなのか、ただの物語なのか、どちらとも言えない。
「ブラン先輩に報告した方がいいと思うけど」
「それは……」
昨日の今日なので、まだブランドロワには伝えていないだろう。二度目であるし、何かある前に伝えておくべきだ。
グルナディーヌは逡巡して、結局首を振った。
昨日のブランドロワとローザのことが気になっているのかもしれない。
ローザちゃん、距離感ゼロだしなあ。
ブランドロワは誰に対しても同じように接するだろうが、婚約者候補であるグルナディーヌはやきもきするに違いない。特に、グルナディーヌのように真面目な人は。
「どうする? 捨てちゃう?」
「行ってみますわ。そして、こんなことをしないでと、はっきりお伝えします。だって、わたくしはブランドロワ殿下の婚約者候補ですもの」
「かっこよー!」
「あ、あなたがおっしゃったのよ?」
「グルナちゃんがかっこいいからさー。じゃあ、私も一緒に行くね。こういうのは一人で行かない方がいいよ」
「何かあったら困ると言うのでしょう? ついてきてくださるかしら?」
「もちろんですよ。お嬢様」
花奏はニッと笑う。グルナディーヌはうれしそうに頬を染めた。デレがかわいすぎる。
場所は前回と同じ、校舎の裏側。時間も同じ。午後だ。
授業の後、花奏はグルナディーヌと共に、その場所へ向かった。周囲に誰かいないか確認しつつ、地図の通りの場所へ辿り着く。
「誰もいないねえ」
「そうですわね」
やはりイタズラだったか?
そんな気がしていたのは、二度目の手紙がすぐ届いたことである。それから、カードの内容が、同じであったこと。
本当にグルナディーヌに好意を持っていたら、一度捨てられたカードを二度送るとしても、もう少し躊躇するだろう。カードの内容も、別のものにする。
「あなたの言う通り、いたずらか、嫌がらせだったのかしらね」
「グルナちゃんに嫌がらせするって、心当たりある?」
「ブランドロワ殿下のことくらいしか、思い付きませんわ」
「だったら、罠ってことだよね?」
花奏とグルナディーヌは顔を見合わせた。
グルナディーヌをここに呼び寄せた理由とは?
その時、ヒュッと風が鳴った。
「グルナちゃん!」
「きゃあっ!」
音を立てて草むらに何かが弾けた。インクでも混ぜたのか、真っ黒な水だ。
「上から飛んできた! グルナちゃん、誰か呼んできて!」
「ちょっと、あなた!」
後ろからグルナディーヌが叫んだが、花奏は走り始めていた。
グルナディーヌを一人にしたくないが、嫌がらせなんて、許せない。
いじめだと思うと、無性に腹が立った。
グルナちゃんを守りたい。危険な真似だと言って青藍は止めるかもしれないが、花奏は止まらなかった。
三階上の窓に人影が見えた。
花奏はベランダから校内に入り込むと、階段を駆け上がった。
この校舎に何の部屋があるのかわからないが、この時間、授業はない。人の姿などもなかった。
「どこ行った?」
三階に上がり、廊下から教室を見て回る。
インクが混じった水は、水風船だった。だから、グルナディーヌへの嫌がらせだろう。
きっと女子生徒に違いない。真っ白な制服にインクが滲めば、誰だってその姿に振り向く。
「陰湿」
ガタリと教室から音が聞こえて、花奏は側の扉を開いた、瞬間、何かが飛んでくるのを、咄嗟に避けた。
背後の廊下のガラスが割れて、大仰な音を出してガラスがバラバラと下に落ちていく。
「なに、」
今のは何だ。何の攻撃だ?
それを確認する間もなく、足元に何かが飛んだ。
「――っ!」
足元に透き通った矢のような物が飛んできて、床に突き刺さる。
その矢はすぐに消えたが、床にヒビが入った。
教室から攻撃をした、その人影も探す間もなく、ビシ、と床が音を出した。
「えっ!?」
床が、今の攻撃で、バキバキと崩れていく。
まるで氷が崩れるように、床が割れ、花奏を支える床がなくなった。
「――青藍!」
花奏は悲鳴を上げながら、一直線に下へ落ちていった。




