11−2 手紙
「あなた、相変わらずテストを終えるのが早かったですわね」
「グルナちゃーん。あれ、ブラン先輩とローザちゃんは?」
なぜか二人と別れて、グルナディーヌだけやってくる。二人は校舎の方へ戻っていってしまった。
グルナディーヌはその後ろ姿を追うように見てから、小さく唇を噛む。
「二人きりでお話があるのですって。わたくしが聞く話ではないから、こちらに来たのよ」
声が重いわけではない。さらりと言って、座らせていただくわ、と花奏の隣に座った。
本当は嫌なんだろうな。それがわかるのは、花奏の前で見せる顔ではなかったからだ。肩に力が入り、強張った表情。我慢するように、太ももの上で、両手を握る。
この世界には彼女たちのルールがあって、それを破ることが正義とは限らない。ローザは関知していないが、注意すべきならば注意した方がいいだろうに。
花奏も知らないことだらけで、知らないうちに失礼をしている可能性大だ。気を付けなければ。
「あら、愛らしい猫ですわね。学園で飼っているのかしら?」
やっとノワールが抱いている猫に気付いて、パッと瞬きする。
「野良じゃないかって」
「まあ、どなたか飼える方はいないのかしら。病気にでもなったら大変ですわ」
「ご飯もどこで食べてるんだろねえ」
「いいよ。俺が連れて行くから」
「寮で飼えるの?」
「さあ?」
ノワールはそのまま席を立つ。もう用はないとでも言うように、そのまま行ってしまった。
「ノワール君が猫みたいだよね」
「ノワール殿下は、お一人に慣れていらっしゃるのだと思うわ」
含みのある言い方だったが、グルナディーヌは憂いげな顔を向けていた。嫌いではなかったのだろうか。心配はしているようなので、馬が合わないとか、そんな理由なのかもしれない。
グルナディーヌはブランドロワの婚約者候補になれるのだから、他国の王子の事情なども詳しいのだろう。
一人に慣れている、というところが気になるが。
一人。そういえば、青藍もあの神社に一人だ。
他に誰かが入ってくるわけではない。
花奏が行かなければ、誰も訪れないのだろうか。そんなことはないと思うが、孤独でなければいいのだが。
「あの、あなたに、相談したいことがあったの」
「はい? なんでしょうか!」
「……なぜ、そんなに前のめりなのかしら?」
「だって、グルナちゃんが私に相談なんて、余程のことでしょ? ちゃんと聞くよ。私に助言できることかな」
いつも青藍に相談してばかりで、相談事などされたことがない。
聞いてくれるだけで気持ちが軽くなるのだから、ここは真剣に聞かなければ。
「わたくしがあなたに相談したいのだから、聞いてくれるだけでもいいのよ」
「聞くよ! 秘密なことだよね。誰にも言いません。ここに誓います!」
「まあ、ふふ。ありがとう。実はね」
グルナディーヌは恥ずかしそうに頬を染めて、カバンから手紙を取り出した。白い封筒で、封が開いている。中にはカードが一枚入っていた。
「ロッカーに入っていたんですわ。差出人はないのだけれど、この日の午後、この場所に来てほしいと」
「ラブレター?」
ラブレターと言っても、「話があるので、午後、ここに来ていただけませんか?」という文が載っているだけ。名前は書いていない。裏には地図が載っており、学園の裏庭で、建物の裏側を記していた。
「男性の文字だと思うのだけれど、行くべきかしら。何の用かわからなくて」
グルナディーヌは困った様子だ。
花奏からすると、乙女ゲーイベントだよな? と想定できる。しかし、どんな乙女ゲーイベントだろう。攻略対象のイベントか、それとも別の何かのイベントか?
「グルナちゃんて、ブラン先輩以外に仲のいい男子生徒いるの?」
「突然、なんですの? わたくしは男子生徒には皆同じように接しているわ。ブランドロワ殿下とは、……婚約者候補だから、優しく接していただいているだけで」
「なら、行かなくていいよ」
「そ、あなた、はっきり言うのね」
「名前も書いてないんだよ? たとえ告白だとしても、名前くらい書くべきじゃない?」
「それは、そうかもしれないわ」
「ゴミ箱にポイしちゃいなよ」
「あなた、そこまでデリカシーがないとは思いませんでしたわ。どなたかからの手紙かわかりませんけれど、このように手紙にしたためるのならば、大切な用があるかもしれないのではないの?」
「用があるなら、自分が来いって話だよ。なんでこんな裏側に呼び出すの。誰にも知られたくないなら。グルナちゃんが一人でいるときに声かければいいじゃない。胡散臭いと思わない? 校舎裏に、グルナちゃん一人で行く? 婚約者候補であるグルナちゃんに、一人で来いって言って、来させるような男、怪しくない?」
「それは、--そうですわね」
「大切な話があるとしても、薄暗い校舎の裏に呼び寄せるやつが、まともだとは思えないな」
普通の学校ならばともかく、ここは王立学園。グルナディーヌはブランドロワの婚約者候補。そんな人が一人で行って、何か良からぬことがあれば、グルナディーヌの立場に傷が付く。
「ごめんなさい。デリカシーがないなどと言って」
「グルナちゃん、かわいいっ!」
「きゃっ。なぜ抱きついてくるの!」
「すぐ謝れるグルナちゃんがかわいすぎて。わかる。ツンとデレ。ほとんどツンなんてないけど」
「あなた、時折何を言っているのかわかりませんわ」
「グルナちゃんがかわいい、って話。その手紙、ゴミ箱ぽいが嫌だったら、ブラン先輩に言ってみれば? カバンの中に入っていて、他の婚約者候補にも渡っていないかしら、とか」
「なぜそんなことを?」
「もしかしたら、ブラン先輩を陥れるとかもあるんじゃないの? ないの? 候補者を陥れるとか」
「そのようなことは、ないと思うけれど」
「変な手紙かもしれないって、言ってみればいいじゃん。ブラン先輩に届いてるかもしれないし、グルナちゃんのこと、心配してくれると思うよ」
「そんなこと!」
グルナディーヌは真っ赤になって立ち上がった。
ブランドロワに心配されたくないのだろうか。
「そのようなことで、ブランドロワ殿下を煩わせたくないわ」
「心配してもらいたくないの?」
「そういうわけでは!」
「グルナちゃん、ブラン先輩といつも何の話してるの?」
「え、学園のこととか。ブランドロワ殿下は、王族として、生徒たちをまとめる役目を持っていらっしゃるわ。常に学園に問題がないのか確認されて、生徒たちの様子も見ていらっしゃるの。誰がどんな能力が高く、学びを行っているのかもご存知なのよ。だから、一生徒として、わたくしのお話を聞いてくださっているだけ」
「でも、グルナちゃんはもっと自分のこと話して、ブラン先輩の話も聞きたいでしょ?」
「わたくしなどのことで、ブランドロワ殿下のお時間を割く訳にはいきませんわ」
「聞いてもらえたらうれしいでしょ?」
花奏が言うと、しなびれるようにグルナディーヌは席に座った。
「グルナちゃん、いっつもブラン先輩といる時、硬い顔してるけど、ときどき笑った方がいいよ。私といるときはちゃんと笑うのに、ブラン先輩といると、全然笑わないでしょ。はたから見たら、嫌ってるように見えるよ」
「そんな、わたくしは!」
「うん。私はずっと見てるから、緊張してるんだろうなってわかるけど、すぐに視線とか逸らされたら、嫌われてるのかな。って思わない? 私だったら思うな。好きならさ、ちゃんと好きを見せた方がいいよ。言わないとわからないことも多いしね」
「そうですわね……。そ、え!?」
言いながら、なぜか青藍の顔が思い浮かぶ。
つい、眉間を寄せていると、グルナディーヌが頷きながら、何かに気付いたように、再び勢いよく立ち上がった。顔が真っ赤だ。ブランドロワが好きなことを気付かれているとは思わなかったらしい。
「え、わ、わたくし」
「ブラン先輩が気付いているかはわからないけど、話しかけるとき遠慮がちだったから、嫌われてるって思ってるかもよ。勘違いされないように、笑った方がいいよ」
「わたくし、わたくしは、」
「うん。落ち着いて。グルナちゃんは素敵な人なんだから、勘違いされるの嫌だな。まあ、あの先輩だから、そこまで勘違いしていないとは思うけど。仲良くしたいのに素っ気なくされたら、やっぱりがっかりするじゃん? 恥ずかしくても、そこはちゃんと、顔見て、相手の言葉に頷いたり、笑顔見せたりするといいと思うよ」
「き、肝に銘じますわ」
グルナディーヌは素直に頷いた。
その素直さが、またかわいい。グルナディーヌとブランドロワはとてもお似合いだと思うのだが、それを言ってもだ。身分の高い人たち、殊に王子とその婚約者候補の取り決めなどは、花奏にはわからない。そんな世界に身を置く人たちの苦労など、花奏には想像できないだろう。
「ひとまず、これは無視して、放っておくといいと思うよ。本当に何か用があって、グルナちゃんに話があるんだったら、別の方法で試してくるはずだからね」
「そうですわね。あの、あなた、いつも何も考えていないように笑っていますけれど、よく考えてらっしゃるのね」
「それ、褒めてるの!?」
「褒めてますわ!」
「そうかー、褒めてたかー」
グルナディーヌは一言余計でしたわ。と再び謝って、頬を赤く染めた。こんなところが嫌がられますのね。まで言ってくる。気付いたのならば、直せばいいだけのこと。気にしなくていいと言いつつ、花奏はグルナディーヌに言われたことを頭の中で復唱した。
何も考えていないように笑っている。
それは的を得ているかな。と、自嘲した。




