9−3 テスト
グルナディーヌは隣に座ったブランドロワを見たりせずに、姿勢良く顔だけを傾けて視線を下ろしている。高貴な方の顔を見ず、けれどそちらに向いて話を聞く姿勢を取っているように見えた。
そこには王子に対する敬う態度だけではなく、初々しいよそよそしさを感じた。ブランドロワに失礼がないように、広げていた教科書も閉じていたが、体を強張らせている。
グルナディーヌは婚約者候補と言っていたが、隠しきれない気恥ずかしさが垣間見られる。
好きだけれど、王子として扱いすぎて、距離を取りすぎているようだ。
ブランドロワの微笑みからはグルナディーヌへの好意はわからない。だが、二人で隣同士で座っていると、贔屓目に見ずともお似合いに見えた。
「ブランドロワ殿下は、新入生まで目を掛けてるんですね。ご苦労なことで」
「王立学園だからね。生徒を見守るのは僕の役目でもあるよ」
「崇高な考え方でらっしゃる」
いきなりノワールが喧嘩を売り始めた。グルナディーヌが鋭くノワールに視線だけ向ける。ブランドロワはうっすら笑い、ノワールは肘をついたまま、だるそうにしながら目を眇めた。
何事!?
空気が張り詰めるような会話に、どういう状況なのか、ヴェールに視線だけで問うが、ヴェールは軽く首を傾げて肩をすくめた。
ノワールは視線をどこかに向けて、グルナディーヌはノワールを睨み付ける。仲が悪そうとは思ったが、ノワールはブランドロワを嫌っているのか、態度が悪い。その態度がグルナディーヌは嫌なのだろう。ブランドロワを気遣うような視線を向ける。
「あー、こんなとこにいたんですね。探したんですよー!」
空気の悪さをぶち破るように声が届いた。ローザだ。
やっと見つけたと言って走り寄ってくる。
あちこち探したのか、ローザは息せき切って、膝に手を突きながら息を整えた。
「もう、みんなテスト終わるのすごい早いんですもん。探しちゃったじゃないですか」
「先生に怒られちゃったんだよ」
「出てくの早すぎなのよ」
ローザは花奏に怒るように言って、椅子に座った。
グルナディーヌがさっと顔色を曇らせる。ローザがブランドロワの隣に座ったからだ。
「あなた、その席は」
「どうかしました?」
「構わないよ。グルナディーヌ嬢」
その会話に、再び花奏はヴェールに回答を求めた。なんで隣に座っちゃダメなの? の視線に、ヴェールは、今回は理解しているとでも言わんばかりに、花奏の視線を無視する。
なんで座っちゃいけないんだ?
ブランドロワの左隣が空いたので、どこに座っても良いとは思うが、空席の隣にノワールが座っていたので、ローザが座ったことにより、両脇が王子二人になった。それがいけないのだろうか。よくわからない。
グルナディーヌは花奏のボケた顔を見て理解したか、隣に座っていた花奏に「本来は許可を得るべきなのよ」と耳打ちしてくれた。
王子の隣に座るならば、あらかじめ許可を得なければならないらしい。ノワールの隣にヴェールが座って良かったのは、ノワールが座ろうと言ったからだろうか。それは許可になるのかもしれない。難しい。
王子ならば許可を得るのは当たり前か、そう考えると、王子から許可を得ることもダメなのでは?
ローザはそんなことは知らないと、ブランドロワに話しかける。
「ブランドロワさんも、もうテスト終わったんですね。皆さんとっても早くて、私とっても焦っちゃって」
「人がどんどん減っていくのを見ると、急かされている気分になるからね」
「そうなんです。すっごく焦っちゃって、私、急ぎすぎて間違えちゃったかもしれません」
「人の速さを気にする必要はないよ。自分の速さで回答するといい」
「そうですよね!」
ローザはブランドロワに話しかけるのに緊張はないようで、ブランドロワの方を向いて気安く話しかける。花奏からすれば気になることではないのだが、グルナディーヌはテーブルの下で手をしっかり握り、何かを我慢しているように見えた。
ブランドロワとの会話に嫉妬しているというよりは、失礼をしないか、失礼をしているのになぜ気付かないのかと、やきもきしているようだ。
ローザも身分のない国から来たのだろうか。感覚が花奏と同じように見える。なんなら花奏の方が結構失礼な対応をしていただろう。思い出されるこの間の自分。絶対グルナディーヌに怒られる。
会話は二人で進み、のけ者のようになったノワールはブランドロワの方を見ず、木に登っている野良猫を眺めていた。ヴェールはすべてを無視して教科書を読み始めている。グルナディーヌだけが、二人の会話する姿をずっと見て聞いていた。
ローザは楽しそうだ。だが、ふと、花奏と目が合った。かすかに笑って、すぐに視線をブランドロワに戻す。
なんだ、今の。
まるで、鼻で笑われたような。
「ここの問題、答えわかったか?」
二人の会話をよそに、ヴェールが花奏に話しかけてくる。どの問題かと思って出された教科書をのぞいた。しかし、その教科書は真っ白だ。なんの問題なのかわからない。
「えーと」
「あれ、今日のテスト、満点だったんじゃないの?」
ローザの声が飛んできて、一斉に花奏に視線が集まった。
「どの問題のことかしら?」
「これだよ。問題集の答えがわからなかった。あんたわかったか?」
「残念だけれど、わたくしもわからなかったわ」
それ、教科書じゃないの? それを口にしないように、花奏は口を閉じる。問題集なんて、花奏が持っている本の中にあったか? もしかして、すべて真っ白だった本のひとつか?
それを問われても困る。その問題集の問題も、花奏には見えないのだから。
「あれ、満点だったんじゃないの……?」
ローザがあまりに不穏な雰囲気でつぶやいた。
やめてもらえないだろうか。その、まさか、不正したの? みたいな言い方。しかも言っちゃいけないことを言ったみたいに、すぐに両手で口を隠す。目が真剣で、なおさら不正が事実っぽく見える。周りもまさかという顔を向けてきた。
違うからね?
「ごめん、私、実はあんまり目が良くなくて。問題、読んでくれない?」
「なんだ、先に言えよ。ここは、」
ヴェールは疑いもせずに、問題を口にし始める。問題には覚えがあった。このモンスターはなんの種類なのか。という変化球の問題だったのだが、問題内容が、背骨のあるモンスターをなんと言うか、とか、温度が変わっても体温が一定に保たれるモンスターは? などの質問で、それ脊椎動物とか、恒温動物とかじゃない? とすぐに推測できたため、事なきを得たのだ。
「脊椎どうぶ、いや、脊椎モンスター? じゃなかった?」
「ああ、脊椎モンスターか。よくわかったな」
いや、それ、中一レベルだから。ねえ、どうなってるの? ベータ版だよね。ベータ版じゃなかったら、プレイしてる人たち、アホらしくなってくるよ!
漏れ出そうになる心の声を封じて、花奏は軽く笑って見せる。
グルナディーヌとヴェールが、真剣にノートに何かを記した。しかし、ノワールが一瞬だけ目を細めて見てくる。カンニングしたとか思っているのだろうか。勘弁してほしい。
そんなことより、その問題で気になったのは、モンスターというところだ。モンスターがいるのか? 問うていいだろうか。いや、ダメかも。青藍に聞くしかない。
青藍、助けてほしい。なんだかここにいると、居心地が悪くて落ち着かない。
空気が妙すぎる。
「あなた、図書室では遊んでばかりだったけれど、しっかり勉強なさったのね」
「そうなのかい?」
「ヤマが当たったんだと。次は教えてもらう立場だな」
褒められているかもしれないが、ただの中一レベルである。むしろあれで満点だったことが申し訳ない。そこは乙女ゲー、そしてベータ版。主人公がよいしょと上げられるイベントだったに違いない。
今座っているベンチも、スチルっぽい雰囲気がある。ここはきっと、頑張ったのね。すごいぞ。みたいに褒められるシーンなのだ。




