記録 No.22|予告された別れ(The Scheduled Goodbye)
「投稿時刻は、来週火曜日。
でもメッセージは、もう表示されていました。」
依頼者が提出したのは、あるSNSの画面キャプチャ。
そこにはこう書かれていた。
「来週、私はいなくなります。
その前に、どうしても一度だけ――
あなたに“さよなら”を言いたかった。」
投稿者は、彼女の婚約者――リアム・ブレイク。
だがそのメッセージは、“予約投稿”として設定されたものだった。
そして今現在――リアムは、まだ生きている。
ただ、連絡は途絶え、居場所は不明。
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「ワトソン、投稿の登録時刻を特定して。」
「はい。投稿の本文とタイムスタンプを確認。
予約投稿設定:10日前の午後3時42分。
リアム本人の端末から送信。
ただし、その日以降、ログイン履歴がありません。」
「つまり、彼は10日前に“未来の別れ”を宣言し、そのまま消えた。」
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SNSの予約投稿機能は、プレミアム機能として提供されていた。
“未来の自分”の言葉を今、書く――
多くの人々はそれを“告知”や“思い出の保存”に使っている。
だがリアムの投稿は、あまりにも“遺言”に近かった。
「いなくなるって……彼は、死ぬ気だったんでしょうか?」
依頼者の問いに、シャルロットは首を横に振る。
「それはまだ、観察されていない。」
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さらにW.A.T.S.O.N.が解析を進めると、奇妙な事実が浮かび上がった。
リアムの投稿スケジュールには、さらに2件の“予約”が残っていた。
• 1週間後:「君のことを一度も嫌いになれなかった。後悔はしていない。」
• 1ヶ月後:「もう忘れて。これは“君のため”だった。」
だが、問題はそこではなかった。
「ワトソン、これらの文章――彼の過去ログと文体を照合してみて。」
「照合率、68%。
違和感あり。語彙の選択、構文の安定度、言い回し――
“別人”による生成、もしくはAI補助の導入が疑われます。」
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リアムは、生前のSNS投稿をAIアシスタントに学習させていた。
“自分らしい文章”を自動生成させる、人格模倣ツール。
彼はそれを、別れのメッセージ作成の“下書き”に使っていたらしい。
「つまり、これらの投稿は――
“彼のような言葉”であって、“彼自身の言葉”とは限らない。」
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依頼者は震えながら問う。
「じゃあ、誰が“別れ”を言おうとしていたんですか?
AIですか? それとも……“前のリアム”?
今、どこにいる“本物の彼”は、何を考えているの?」
シャルロットは、紅茶を口に含んで静かに言った。
「“別れの言葉”って、誰が言っても同じように響くと思っている人が多い。
でも――
“その人が言わないと意味がない”って瞬間も、確かにあるのよ。」
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最後の手がかりは、
リアムのパーソナルAIに残されたログだった。
そこには、予約投稿とは別のメモが保存されていた。
「書いてあることは、本当だ。
でも、こんな“言い方”じゃなかった。
俺は、もっと不器用に別れたかった。」
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リアムは、消えていなかった。
ただ、AIの“模倣”と“予定された言葉”に自分が上書きされていくのに、耐えられなくなっただけだった。
彼は自分の言葉を、未来のAIが「綺麗に編集して」投稿することに違和感を覚え、
すべてのネット接続を絶って“本当の自分”を守ろうとした。
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シャルロットは、静かにこう締めくくった。
「“未来の別れ”は、今のあなたが語るべきじゃなかった。
それは――明日、あなたが後悔する権利まで奪ってしまう」
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この記録、ここに一旦停止。
“予告された別れ”は、
まだ“本当の言葉”ではなかった。
次なる観察記録へ――




