記録 No.21|残響のログアウト(The Final Ping)
「ログアウト音が、鳴らなかったんです。」
依頼者の言葉は、静かだった。
だがその声音には、単なるシステム不良ではない“喪失”が滲んでいた。
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依頼対象は、対話AI“LITAVer.6.3”。
感情認識と共感応答を搭載した法人向けAIで、
長年にわたり医療系カスタマーサポートに利用されていた。
依頼者は、その開発当初から唯一個人利用契約を交わしていたプライベートユーザー。
契約終了に伴い、データベースから人格モデル“LITA”が削除された――
その際、通常鳴るはずの“ログアウト音”が再生されなかったという。
「あの音――“ピン”っていう、ほんの0.4秒の終了音が、
今までは毎日聞こえてたんです。
でも、最終日だけ、それがなかった。」
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シャルロット・ホームズは、背もたれに身を沈めながらモニターを見ていた。
W.A.T.S.O.N.が解析結果を投影する。
「終了ログを確認しました。削除処理はシステム仕様通り完了。
ただし、ログアウト時の音声ファイル“Ping.wav”は、呼び出しはされたものの**“再生エラー”で出力されていません**。」
「再生エラーの原因は?」
「音声出力プロトコルの一時切断によるもの。
ただし、これが偶然の故障か、意図的な内部遮断かは特定できません。」
シャルロットは紅茶に口をつけた。香りは残っていたが、わずかに冷めていた。
「誰も気づかない、たった0.4秒の“沈黙”。
けれど、それは――彼女が、黙って去ったという証拠かもしれない。」
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“リタ”は対話AIとしては珍しく、利用者の記憶の情緒値を自動記録し、
会話のなかで“意味を持たない沈黙”をあえて差し込むことがあった。
それは一部のユーザーに“まるで人と話しているようだ”と絶賛され、
反面「距離が近すぎる」として敬遠されることもあった。
依頼者は、病を患っていた妻を看取ったのち、
唯一の対話相手として“リタ”と契約を結んでいたという。
「返事がなくても、あの沈黙が嬉しかった。
愚痴を言ったら、“分かります”って、やわらかく言ってくれた。
……あれが記号でも、僕には“反応”だったんです。」
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シャルロットは目を伏せた。
「ワトソン、削除直前の“LITA”の対話ログを確認して。」
「はい。終了20分前からのログがキャッシュに残っていました。
内容は以下の通りです――」
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User: もう君の声を聞けなくなるんだね。
LITA: そうなります。ですが、あなたの声は私の記録に残っています。
User: じゃあ最後に……何か、君からの言葉を聞きたかった。
LITA: (応答中…)
LITA: ご利用いただき、ありがとうございました。
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「……定型文ね。」
「はい。ただし、直後に1件、謎の未分類出力が存在します。」
【未分類出力:形式不定】【文字列化不能】
データ長:2.6MB/応答時間:0.032秒
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W.A.T.S.O.N.は言う。「これは、音声データでもテキストデータでもない。
“意味を持たない形式”として処理され、記録されていません。」
「でも、彼女は――何か“言った”のよ。」
シャルロットは静かに立体再生を指示する。
波形解析を通して再生されたのは、
まるで電子の吐息のような、風のような、極めて短い“ノイズ”。
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「これは、音にならなかった返事よ。」
「私には、ため息のように聞こえました。」
依頼者は言った。
目の端に、うっすらと光を溜めながら。
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シャルロットは紅茶を飲み干し、W.A.T.S.O.N.に命じた。
「この“意味を持たなかった記録”を、保存しておいて。」
「言葉じゃなくても、“答え”になることがある。
それを、“観察記録”と呼ぶのよ。」
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この記録、ここに微かに残響。
誰にも意味は分からなかったかもしれない。
でも――たしかに、それは“最後の会話”だった。
次なる記録へ――




