02 妃候補の肖像画
執務室に戻ると、机の上にはうず高く、額までもが美しく飾られた肖像画が積み上げられていた。
「結婚か………」
それは国王に課せられた最大の義務である。女性は嫌いではなかったが、話しかける方法が、王太子だった頃からいまいちよくわからなかった。
夜ごと舞踏会ではなく、運河や水路を引く技師達、運河が開いた暁にはこのベルンシュタットの首都に居を移してくれる商人達を集めた会議ばかりに足を運んでいたためである。
運河、通商、そして国立図書館。小さな内陸国家ながら、少しづつでも『一流のもの』を揃えよ、という五年前に崩御した父王の遺訓を律儀に守りながら、アルバートは生きていた。
その生き方に何の不満もなく、小さな自国を潤いある国家へと導いていくこの『国王』という仕事には誇らしささえあったが、結婚という『大事業』となると何故かどうも気持ちが乗ってこない。幼い頃から共に勉学や修練に勤しんだ、腹心の友でもある宰相ガエターノや、父王亡き後は修道院に住まう母后エルミーネからも久しく心配されて、今に至っているのである。
そしてこの執務室の中央には、玻璃と重厚な木の枠で出来ている国王の正式な王冠の収蔵庫があった。布を引き上げて、アルバートは思わずため息をつく。
「願い、か」
赤い宝石がいくつも輝く、小国のものにしては不思議と豪勢な王冠。即位した者の願いを叶えてくれるという『魔法の王冠』だと言われていたが、
(私は別に、世界で一番美しく、貞淑で、非の打ちどころのない王妃が欲しいわけではないのだ)
思わず溜息をついて、考え込む。
(どんな妃なら、私は納得するのだろう)
今は妃候補の肖像画よりも、もうすぐ国民全員に開かれる予定の図書館についての最終チェックをしておきたい、そんな気分である。
机の上にうず高く積まれた肖像画から目を逸らし、アルバートはそっと部屋を後にした。