40話、男爵領へ
領都ローゼンハーフェンの外門が開かれるや、その先陣を切るは白銀の甲冑に身を包む騎兵たち。その甲冑は朝日を浴びて煌めき、軍馬の蹄音が心地よくリズミカルに石畳を踏み鳴らしている。
ローゼリア自慢の騎兵隊を率いしは、我が壱の槍たる『赤槍』の騎士ヴァイス。彼の愛馬はその鬣をなびかせて、主人の揺るぎない武を表すかのように力強く前へと進む。
本来であれば、その後ろには白銀と蒼の美しい装束を纏った『蒼槍』のツェツィーリア率いる第2騎兵隊が続くのだが、此度はいつもと様相が違った。
月明かりだけが頼りの深き夜、外門は人知れず静かに開かれる。そこからツェツィーリアを先頭に、第2騎兵隊は闇に溶け込むように密かに出発したのだった。敵の虚を突くための、いるかわからぬ敵の間者に悟られぬようにと、誰にも見送られる事なく発ったのだ。
月明かりに照らされた、優しさの中の凛とした君の佇まいが、今も目に焼き付いている。
いない第2騎兵隊の代わりではないが、精鋭揃いの歩兵隊が後ろへ続いていた。
彼らが掲げる槍の先端もまた朝日を反射して鋭く輝き、鍛えられた兵達の見事な列はまるで鋼の壁のようである。
歩兵隊から長弓隊へと隊列が続いたあと、出陣を見守る民達をして、はて? と首を傾げる、全容がわからぬように白い布を掛けられた、大きな構造物が馬に引かれて後に続く。ツァハリアス叔父上の指揮の元、突貫で組み上げられた馬車砦の列だった。
出陣を見送る民たちは幾何かの戸惑いと期待を胸に、我らに向かって声援を送る。
早朝に領都を出発したローゼリア軍は、ドレイク男爵領へと続く街道を順調に進んでいた。行く先々には、収穫を終えた小麦畑が広がり、新たな小麦の作付けが始まろうとしている。
「ユリシス」
私は、隣を進む麗しき副官に声をかける。
普段から私の側にいて、ありとあらゆる事を手伝ってくれる彼女を、何と表して良いのか……侍女や侍従では無く、隊長や幕僚と呼ぶにも違う。全ての言葉が、役職が、彼女を表すのに少し足りない。
「はい、お呼びですか? 主様」
ユリシスは、すぐに返事をする。
「ワンベルク伯爵軍は、常備軍が主体だと聞いたことがあるか?」
私は、表情を曇らせながら尋ねた。
「いえ、そのような情報は入っておりません。おそらく一般的な貴族と同様、主戦力である歩兵は民兵が中心だと思われます」
ユリシスは、冷静に答える。
「作付けで忙しい時期に戦場へと駆り出されるとは、民もたまったものではないな……」
「本当に……」
小麦畑を見つめながら2人呟やき道を征く。
ローゼンハーフェンからドレイク男爵領は近い。
我がローゼリア軍は、太陽が山肌に隠れようとする頃ドレイク男爵領へと無事到着した。敵軍を迎え撃つべき場所へ陣の構築を命じると、自身は少数の護衛を連れて男爵の館へと向かう。まずは到着の挨拶と着陣の知らせを急ぐべきである。
我らは援兵とは言え他領の軍隊なのだ。味方に要らぬ警戒心を与えぬためにも、筋は通した方が良い。
ドレイク男爵家の館があるミドレの町は、一見すると平和な風景が広がっていた。
石畳の通りには、色とりどりの商品を並べた露店が軒を連ね、店主は声を張り上げて客を呼び込んでいる。しかしその声にはどこか覇気がなく、人々の表情にも笑顔は見られない。
子供たちも広場ではしゃぐことなく、親のそばに寄り添い静かに歩いている。
もう間もなくミドレを、男爵領を、我が物にせんと敵軍がやってくるのを知っているのだろう……。
「ローゼリア伯爵閣下、援軍に駆けつけてくださったこと、心より感謝いたします」
ドレイク男爵は老体に鞭を打ち、館の門前まで私を迎えに出てくれていた。
久方ぶりに会うドレイク殿はどこか顔色が悪く、辛そうに見える。
「ドレイク男爵、お顔色が優れないようですが……どうかされましたか?」
ドレイク殿の顔色を見て心配になり、つい尋ねてしまう。
領主の健康状態など、秘匿事項であろうに。
「はは、閣下は相変わらずお優しい。いやぁ、歳には勝てません」
寄る年波には勝てぬ。と『じい様が』自嘲気味に笑う。
「まだまだお若い……」
そう励まそうとしたが、ドレイク殿は静かに首を振り否定した。
「閣下は随分とご立派になられて……。見た目だけではありませんぞ? ローゼンヌや我らに援軍を下さる事もそうですが、見事先代殿の仇をお討ちなさった。じいじも胸がすく思いでしたぞ。 さぞ、先代殿も草葉の陰で喜んでおられることでしょう。おっと、伯爵閣下相手に『じいじ』はいけませんな」
「構わないさ、じい様」
じい様は、私の幼少時代から今までを感慨深げに語ると、最後に大いに褒めてくれた。深い皺が刻まれた顔を大いに綻ばせて、好々爺のような笑顔で褒めてくれた。
両家は領地が隣接していることもあり、新年のパーティーや祝い事などで会う機会が非常に多かった。ご嫡男を早くに亡くされた男爵は、私をまるで実の孫のように可愛がってくださったのだ。久方ぶりの再会ではあったが、その温かい眼差しは今も変わっていなかった。
「戦の前ゆえ、大したおもてなしは出来ませんが、宜しければ我が館にて……」
行軍で疲れたであろう? と、体調が良くない中、私や護衛の者を気遣って、屋敷で休息を勧めてくれる優しさが嬉しい。
「お心遣いありがとうございます。しかしながら、敵がいつ来るかわかりません。私は軍中にて待機したく思います。お体の調子も良くないご様子、どうぞご無理なさらずごゆるりとお過ごしください」
私はドレイク殿の申し出に感謝しつつも、丁重に断ると、ユリシスら護衛の者らと元来た道を引き返し軍中へと戻る。
◆◆
軍中への道すがら、主様がぽつりと呟いた。
「ユリシス……、力があっても何もできないのは辛いな」と。
その声には、哀愁と無力感が滲んでいたと思う。
女神様より賜ったその偉大なお力で、主様は何かを視てしまったのかもしれない……。
「主様……、何か視えたのですか?」
敬愛する主君の、声や表情から異変を感じ取った私は、それが何なのかをそっと尋ねてみる事にした。
「あぁ、じい様は心の臓を患ってるようでな……。病状はかなり重い……」
主様の答えに、私は言葉を失ってしまう。
神眼の力で状態を見通せても、未来を変えることが出来ない事もある。主様の無力感がひしひしと伝わって来た。言葉尻から、ドレイク男爵とかなり親しい間柄であったこともわかってしまった。
そんなお姿を見て、私もまた辛い気持ちになる。癒官として、外傷を癒すことはできても、体奥深くの病を治すことはできない。その現実に、私もまた無力感に苛まれたから。
「この時代の医学はまだまだ未熟です。なまじ癒官という存在があるせいかもしれません。人体の内部に関する知識が乏しく、内臓疾患の治療法が確立されていないのです。ですが、主様? 人は限りある身だからこそ、一生懸命生きるのではないでしょうか……」
救えない命を沢山見てきて感じた、私なりの想いでもあった。
「ユリシス、ありがとう。君の言葉で少し気持ちが楽になったよ」
そう言って、主様は私に優しい笑みを向けてくれた。その笑顔は、まだ少しぎこちなかったけれど、私にとっては、何よりも嬉しい贈り物だった。
「嘆くだけなら誰でも出来るな。いずれその辺りも変えて行きたいところだ。手伝ってくれるか? ユリシス」
真っ直ぐに未来を見据える瞳で、私を見つめて言う。
「はい!」
私は即答した。
癒官としての無力さを痛感する時はある。けれど、それでも、このお方の傍で働ける自分は幸せだ。主様の苦悩を少しでも和らげ、心の支えになれるように、これからも精一杯尽くしていこう。
敬愛する主に出会えた幸運に感謝を。
この方にお仕えできる自分の立場に感謝し、私は改めて決意を固めた。
◆◆
まだ夜も明けきらぬ薄闇の中だと言うのに、我が軍の陣地は静寂には程遠い活気に満ち始めていた。士官や兵士たちは来るべき戦いに備え、武器の手入れや戦略の確認に余念がない。
そして私は、組み立てられた物見櫓の上に立ち、遠くの地平線を睨みつけていた。
やがて、東の空が白み始めると、地平線の彼方に黒い点が現れる。
それは徐々に大きくなり、やがて無数の兵士の姿へと変わる。
ワンベルク伯爵軍が、ついに姿を現したのだ。
[ワンベルク伯爵軍:9800、士気70]
我が軍の兵士たちは緊張した面持ちで敵軍を見つめている。
敵の数はおよそ1万。ローゼリア軍とドレイク男爵軍を併せても倍近い兵力差だ。それでも彼らの顔に恐怖の色は無い。新生ローゼリア軍となってから我々は無敗である。その信頼と、戦いを生業とする我が兵らの、厳しい訓練を耐えてきたという自負が、彼らの心を強くしていた。
信頼と、強烈な自信。
あともう一つここに大義が、誇りが、合わされば、我が軍は真の精強なる軍となるであるに違いない。私は陣頭に立ち静かに剣を抜くと、それを高く掲げる。
「ローゼリアの兵士たちよ! 聞け! 我らの前に立ちはだかるはワンベルク伯爵家の軍勢だ。奴らはただ己の欲を満たすためだけに出陣したのだ、奴らに大義なぞ無い。思い知らせてやろうではないか、世を正すための軍がここにあることを! 君たちはただの兵ではない!」
私の言葉が陣地に響き渡ると兵士たちはその言葉に奮い立ち、鬨の声を上げる。
「うおおおおお!」
その声は大きく、空気を震わせる。
ワンベルク伯爵軍の兵士たちにも聞こえたことだろう。
小が大を破るには勝ち続けなければならない……。
私はこんな所では負けられないのだ。
戦いの幕が、今、切って落とされようとしていた。
↓ 双方の行軍ルート図はこちらです ↓
神崎水花です。
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