41話、大義と欲の衝突
「おい、聞いたか? 敵は数えるほどしかいないらしいぜ」
「ははは、所詮男爵家だからな。伯爵様の軍隊にかなうはずもない」
「まぁ、どちらしろすぐに終わるさ。問題はその後よ」
「宝石や貴金属はもちろん、女も連れて帰れるかもな」
「早い者勝ちだからな。おい、俺が美人を捕まえても恨むんじゃねえぞ?」
兵士たちの間では、軽口と笑い声が飛び交っている。
大軍ゆえか既に勝利を確信し、戦利品への期待に胸を膨らませる者たちもいた。徴集された兵達の中には、略奪行為を目的に戦に参加している者も少なくなかった。
「報告します! 敵軍中にローゼリア家の旗を確認しました!」
「数は!」
「まだわかりません。わかり次第ご報告いたします」
物見からの知らせに、ワンベルク伯爵は一瞬眉をひそめる。
ローゼリア家が援軍を送ってくるなど予想外だったのであろう。
「奴らは仇であるレーヴァンツェーンとの戦いですら、3000ほどの兵しか出せなかったのではないか? 援軍でそれを超えてくることはまずあるまい」
その程度であれば、まだ兵力差は倍以上あり我らの優位は変わらず。と考えたのか、伯爵は軽く手を煽り、報告に訪れた伝令を下がらせた。
「ローゼリア家の連中も出てきたか……。だが、奴らだけでは戦況を覆すことはできまい。油断せず、各部隊に警戒を徹底させれば十分であろう」
「閣下、仰る通りです。ローゼリア家など、我らの敵ではありません」
伯爵以下、彼の幕僚たちも不敵な笑みを浮かべ、まだ見ぬ敵を侮る。
ワンベルク伯爵軍は、上は幕僚から士官に始まり下は末端の兵士たちに至るまで、緊張感のかけらもなく、談笑しながら進軍を続けている。彼らにとっては、この戦はただの消化試合に過ぎないのだろう。
「いかんな、緩み切っている」
「勝ったほうが東部で大きく台頭する、ここは大事な局面でしょうに」
ある百人隊の隊長と副長の会話だった。
彼らのように経験豊富な、所謂叩き上げと言われる一部の兵たちには、ローゼリア家の参戦に警戒心を抱いている者も少なからずいた。だが彼らの位は総じて低く、その声が上に届く事は無いだろう。
「なんだあれは?」
ローゼリア軍に、もう間もなく迫ろうとしていた、ワンベルク伯爵軍の先鋒部隊が俄かに騒ぎ始める。
「ほ、報告いたします!」
先鋒部隊から使わされた伝令は、息を切らして駆け付け、慌てた様子でワンベルク伯爵に頭を下げる。
「何事だ、落ち着いて話せ」
伯爵は苛立ちを隠すことなく、伝令に発言を促す。
「は、はい。 敵陣の様子ですが……、見たこともない巨大な箱のような物が、等間隔に並んでおります」
「巨大な箱だと? 馬鹿を言うな! 見間違えであろう。仮にあったとしてそんなものが戦場で何の役に立つというのだ」
伯爵は伝令の言葉を一笑に付した。
周囲の幕僚たちも、クスクスと笑い声を漏らしている。
「閣下なにとぞ、一度前線でご確認いただけませんか?」
伝令は必死に説得しようとするが、伯爵は聞く耳を持たない。
「閣下、相手の馬鹿さ加減を一度見ておくのも宜しいのでは?」
幕僚の言葉に、伯爵は不敵な笑みを浮かべる。
「確かにな、それもおもしろいか。わかったもうよい、下がれ。確認には行くと前線の司令官に伝えよ」
伯爵は供回りを引き連れ、愛馬の腹を蹴り前線へと向かう。
「箱の様なものが並ぶだと? ふん、箱に何ができると言うのだ」
伯爵は前線へ向かう道中、鼻で笑いながら前を見つめた。
しばらくすると、敵の陣地に大きな構造物のような物が並んでいる事に気づく。
「あれか?」
「そのようです」
「ふむ、なんだあれは? よく見れば車輪が付いておるな。馬車か?」
伯爵は首をかしげ、不可解そうに呟く。
「少ない兵をごまかすために、大きな壁のような馬車で隙間を埋めているのでは?」
幕僚の一人が恐る恐る推測を述べると、伯爵は眉間に皺を寄せ、腕組みをして考え込む。
「ふむ…確かに、そのような戦術もあり得るな」
伯爵は納得した様子で呟いた。
そうであれば何ら恐れる事は無い。攻撃の準備に入れ!
そう命じようと伯爵が声を発する直前、ローゼリア伯の演説が風に乗って聞こえてくると、ワンベルク伯爵の顔はみるみるうちに紅潮し、握りしめた拳は怒りで震え始める。
「奴ら、よくもぬけぬけと!」
伯爵は怒号を上げ、手元の杯を床に叩きつけると、恐怖で立ちすくむ従者たちを気にする様子もなく、早口でまくしたてた。
「大義がないだと? 世を正す? 笑わせるな! 奴らの偽善を打ち砕き、東部をわがものとするのだ」
伯爵は息を切らし、肩で激しく呼吸を繰り返した。
腹立ちと欲にその目をギラつかせて。
「全軍に告ぐ! ローゼリア軍を殲滅せよ! 奴らの血でこの地を染め上げるのだ。我々の力を思い知らせてやれ!」
伯爵の怒りの叫びが、戦場に轟き渡った。
◆◆
「閣下、敵が進軍して来ます」
物見櫓の下から、上へいる私へ向けて伝令の声が届く。
見れば敵軍の無数の旗がはためき、まるで黒い波が押し寄せてくるようだった。
「主様の宣誓が、余程腹に据えかねたのでは?」
同じく物見櫓に立つユリシスが、そう言ってくすくすと笑っている。
「やれやれ、思い通りにいきすぎるのも困ったものだ」
馬車砦を見た敵が、臆して攻めてこないようでは困る。相手を挑発する目的も兼ねての激だったのだが、効果はてきめんのようだった。
1万もの軍勢が織りなす人の波。大地を踏み鳴らす足音は轟雷となって、空気を震わせる。軍旗は風にうねり、その数は星の数にも勝るほどあるに違いない。
全ての準備は整えた。我が軍は兵力以外の、全てにおいて敵に勝るだろう。
それでも、総勢1万もの敵兵が押し寄せる迫力は圧巻だった。緊張に自然と唾を飲む。
すると、すっとユリシスが私の斜め前方に位置を変えた。
万が一に備えて自分を盾にするためだろう。彼女には本当に頭が下がる思いだ。
仮にその時が来たとしても、私はむざむざ彼女を死なせるつもりはないがな……。
いざとなれば守ってやるぐらいのつもりではいる。女神様のお陰で戦う力を取り戻せたのだから。でも、彼女の心根はありがたい。本当にうれしく思う。
大地を轟かせる地響きと共に敵がやって来る。
それを迎え撃つ我が軍は、等間隔に連なる馬車砦の間を縫うように、重装歩兵たちが盾を構えて密集隊形を形成している。彼らは馬車砦同士の隙間を守り、敵の攻撃から長弓隊を守る盾となるのだ。
もし全ての隙間を防いだらどうなるか? より堅牢になるのではと思うか?
隙が全く無い敵に押し寄せる馬鹿はいない。少数の兵が隙間を守るように見せる。突き崩す事が出来れば勝利は間違い無し。と思わせるのが肝要なのだ。その隙を隙で無くすための重装歩兵だった。
ちなみに、私の前で献身的に私を守ろうとしてくれている彼女は重想美人だ。
懐かしいフレーズに一人ほくそ笑む。
ただ、最近は重いと感じなくなってしまったが……。
戦場に突如現れた巨大な防壁の矢狭間からは、長弓隊の鋭い矢が雨のように降り注ぐ。至近で放たれた長弓の矢は空気を切り裂いて、甲冑を打ち破り敵兵の肉を貫く。悲鳴と怒号が入り乱れる戦場で、アイリーンが率いる長弓隊は冷徹なまでに正確に、そして容赦なく敵を射殺していく。
太陽は既に中天を過ぎ、その身を傾き始めようとしていた。
しかし戦場の熱気は一向に冷める気配を見せない。重装歩兵たちは、血と汗と埃にまみれながらも、馬車砦の周囲に鉄壁の防御陣を築き上げている。彼らの盾は幾重にも重なり、敵の矢や、槍での突きをことごとく弾き返す。
馬車砦の台上でアイリーンは弓矢を番えながら、部隊を指揮していた。
凛とした佇まいで、その表情は真剣そのものである。
矢を番え弦を引き絞ると、矢は音もなく放たれて、前方の敵兵の胸を正確に貫いた。
「次!」
アイリーンの声が響くと、背後に控える兵士が素早く矢を差し出す。アイリーンはそれを受け取ると、間髪入れずに次の矢を放つ。その動作は流れるように滑らかで、無駄がない。
馬車砦の後ろでは、矢の補給係が忙しなく動き回っていた。彼らは、矢筒から矢を取り出し、それを次々と射手たちに渡していく。その手際のよさが、次々と放たれていく無数の弓矢の正体だった。
長時間の戦闘で疲労困憊した射手たちは、馬車砦の台上を降り後ろの交代要員と入れ替わる。交代した射手は台上へと駆け上がると、アイリーンの指揮の下、弓を射続けるのだ。
アイリーン率いる長弓隊は、もはや一つの暴力と言って良いかもしれない。彼女の指揮のもと組織的に運用され、矢は絶え間なく降り注ぎ、敵兵を次々と倒していく。その光景は、敵からすれば地獄以外の何物でもないだろう。
そして、この馬車砦の最たるポイントの一つが、射出角度だ。
戦場で良くある、山なりに打ち合う弓矢の応酬であれば、後ろでふんぞり変える伯爵たち幕僚にもわかりやすいのだが、馬車砦から、押し寄せる敵へ放たれる矢は水平射だ。後ろの奴らには見えないのが大きい。
気が付けば兵が死んでいた。という状況になるだろう。
しかし敵もまた、容易に屈するつもりはないように見える。
彼らは数で勝ることを最大の強みとして、波状攻撃を仕掛けてくる。重装歩兵たちはその度に盾を構え直し、歯を食いしばって耐え忍ぶ。彼らの盾は傷つき、疲労の色が濃くなっていく。
[ワンベルク伯爵軍:9800→7910、士気70→56]
皆の奮戦により、敵は既に二千近い戦死者を含む脱落者を出していた。
「まだ攻めるのか? 兵が無数に死んでいるぞ……」
「民兵がいくら死のうが痛くも痒くも無いのかもしれません……」
「主戦力である騎兵をつぶさねば止まらぬか……」
ユリシスの言葉を聞き、私は口を真一文字に引き結び眉間にわずかな皺を刻む。
敵とは言え、戦場で無駄に命を散らす民兵たちに胸が痛むのだ。しかし、ここで引くわけにはいかない。民のため、国の未来のために、我らは戦い続けなければならない。
神崎水花です。
デビュー作を読んで下さり本当にありがとうございました。感謝申し上げます。
ほんの少しでも面白い、続きが読みたい、または挿絵頑張ってるじゃんと思っていただけましたら作品のフォローや★★★★★のご評価頂けますと嬉しいです。
皆様が思うよりも大きな『励み』になっています。
どうか応援よろしくお願いいたします。




