10話、地獄の中の希望
何事かと部屋を飛び出すと、 駆けて来たメイドが息も絶え絶えに、私に助けを求めるではないか。一体何があったと言うのだ?
「ハァハァ、ハ、ハーマン様ここに、うっ、おられたのですね」
「何があった?」
「うっ、うう……マリア様と、グスッ、カミラ様が、ううぅ」
「泣いていたらわからん、落ち着け! 場所はどこだ」
「ううっ、マリア様の寝所です」
「ユリシス殿、申し訳ないがお二人お借りして宜しいか?」
「ええ、すぐ行ってください、私ならまだ大丈夫です。若様の事はお任せを」
駆けつけたメイドに、ヴァイス、癒官の二人を伴いマリア様の寝所へ急ぐ。
マリア様の寝所に着くと、メイドは余程慌てていたのか、寝所の扉が開きっぱなしになっており、部屋の中が丸見えとなっていた。開いたドアの内側を軽くノックし、中に進むと立ち込めるは血の匂いと死の気配。
ヴァイスは念のため柄に手をやり、何時でも抜刀できる体勢だ。
暗い部屋を中ほどまで進み、寝台へ視線を移した私は、そのあまりの光景に思わず絶句してしまう。
「な、なんという事だ……」
「マリア様……カミラ様……」
ドサッ
メイドが力なく床に崩れ落ちた。
「ヴァイス、念のため曲者が隠れていないか調べてくれ」
ヴァイスに調べさせたが、犯人は既にこの場を去っており危険は無いようだ。
一見するとこの不可解な状況も、先ほどのヴァイスの報告と照らし合わせればピタリと符号するではないか。
ゾフィー様あるいはその従者が寝込みを襲い、襲撃に気づいたカミラはマリア様に覆い被さるように身を挺し守ろうとしたが、カミラごと貫かれたのだろう……。ゾフィー様らは急いで脱出を図ろうとしたが失敗した。そんなところか?
二人から目を離し連れてきた癒官達に視線を移すと、視線に気づいた彼らはただ黙って首を数度振った。
「…………」
「……」
「奥方様、つろうございましたな」
奥方様とカミラの瞼をそっと閉じ、礼をする。
この年齢になりもう涙は枯れたと思っていたが、頬を涙がつたう。
「若が目を覚まされた時、こんなお姿では会わせられまい。出来るだけ綺麗にして差し上げてくれ」
崩れ落ちたメイドに、奥方様の着替えと死化粧を頼み、部屋を去った。
「ゾフィー様と侍女は屋敷の牢にお入り頂く」
もはや簡単な取り調べではすまない。
すませるものか。
誰が直接手をかけたのか、その背後関係も含め徹底的に調べねばならぬ。脱走されぬよう屋敷の地下牢への移送を命じた時。
「ハーマン様、私もお捕らえください」
ヴァイスがまるで血の涙を流すような、悲壮な表情を浮かべ私に言うのだ。
「私にとって恨みしかございませんが、父ヘルマン、叔母ゾフィー、兄アウグストのした事は人の所業とは思えませぬ。ですが私もそのレーヴァンツェーンに連なる者」
ヴァイスの父は確かに、レーヴァンツェーンのご当主ヘルマン殿だ。
しかし、継承権も無く名乗りすら許されていない。ゆえに彼の家名はレーヴァンツェーンではなく、母方のゼーレヴァルトを名乗っている。
ヴァイスの母を見初めたヘルマン殿は、既に嫁いでいた彼の母を無理やり奪い、手籠めにしたのだ。そうして翌年男児を授かるも『誰の子かわかったもんではない』とのたまい、彼へ愛情を注ぐことは無かったそうだ。そんなヴァイスは12歳の頃、隣領(ローゼリア家)への修業名目で放逐されたと聞かされていたのだ。
「それを決めるのは私ではない。いずれ若の判断を仰ぐがよい」
「わかりました」
「だがな、ふふ……そうだな。今ではまるで信じられんが、其方が幼くしてやって来た当初は自信が無く、常に何かに怯えたような大人しい子だった。正直務まらんと思ったよ。そんな其方に若は何か近しいものを感じたのだろう。それ以来若と其方はまるで血を分けた兄弟のようであった。そんな若が非情な裁きをくだすとも思えんがのう」
まだ小さく何とも頼りなさげで、それでいてお優しそうな若の幼顔を思い出し少し心が晴れた。深く暗い曇天のようであった心に一条の光が差したような気分だ。
そうだ、若はきっと快方される。
捕虜の尋問は終わっておらずフランツ様の行方は依然不明のまま、奥方様は亡き者にされ、若は毒により意識が戻らない。この家はこれから一体どうなってしまうのか不安であったが、違う、そうではない。若が目を覚まされるまで皆で守るのだ。と強く心に誓うハーマンであった。
「ヴァイス、若が目を覚まされるまでは、何があろうとこのローゼリア家を守るぞ」
「はっ、我が命に変えても必ずやお守りします」
↓ ヴァイス挿絵です ↓
ほんのひと時、アレクスの部屋の方角へと視線を向けた後。決意を新たに、二人は力強く歩き出す。
◆◆
ここはどこだろう?
暗闇の底でふわふわとたゆたう。
暗く何も聞こえないが不快ではない。
まるで母の胎内にいるような仄かな温かみに優しく包まれ、安らぎや多幸感さえ感じるような、そんな不思議な感覚に身を委ねていた。
『いつまでもココにいたい』そう思わせるような至福な時間はやがて終わりを迎え、少しずつゆっくりと闇が払われ、じんわりと明るくなっていく。
ああ、考えるのが面倒くさい……、邪魔をしないでくれ。
「ぐうっ、ぐあああああ」
何もかもが真っ白で、閃光に包まれたような眩しさに覆われたかと思った瞬間、視界が強烈にゆがみ、頭は割れるように痛む。
「だ、誰か、助けてくれぇ」
余りの頭痛に情けなくも助けを求めてしまう。
こめかみの上あたりを抑えもがき苦しんでいると、まるで1人の人間の成長記録を写すかのように様々な情景が次々と脳内に浮かんでは消えていく。
な、なんなんだこれは。
あの強烈で頭が割れるような頭痛が少し収まったかと思えば
[ピコン]……。
[ピコン][ピコン]は?……。
[ピコン][ピコン][ピコン][ピコン][ピコン][ピコン]おい辞めろ!
くそっ、頭痛が少し収まったかと思えば今度は耳鳴りか? なんなんだ一体!
心中で激しく毒づきながらも痛みと耳鳴りに耐えていると、今度は目がかすみ視力まで奪われ始める。
「真っ白な世界だ、別に見えようが見えまいが何も変わらん。ただ白く眩しいだけだ」
不安を払拭するかのように口に出し、強がりを言う。
こ、こんな……訳がわからないまま、お、終われる……ものか……。
◇◇
「お、お目覚めになられたのですね?」
眼が覚めると、シスターのような白い修道服に身を包んだ金髪の美女が、目に涙を一杯に浮かべながらも私の手を強く握りしめ、心配そうに顔を覗き込んでいた。
綺麗だけれど、か、顔が近い。
シスターらしき女性は握られた手をそっと離し、ベッドを離れ膝まずき一礼する。
「皆を呼んでまいります。少しのご辛抱を」
そう告げ終えると、シスターは急いで部屋を出て行った。
まだ幾分か頭がぼんやりとするものの、何とか上体を起こし、立ちあがろうと下半身へ力を込めるがフラフラと崩れてしまう。体に力が入らない。
まだ無理かな? 立つのは諦めベッドへ座ることにした。
ゆっくりとベッドに腰を掛け冷静に周りを見渡すと、ここは、見た事のない調度品に部屋の誂えだった。先ほどのシスターらしき女性も覚えがない。
理解不能な状況に、思わずたじろいでしまう。
ここはどこだ? 一体どうなっている? 訳がわからない。
『ここは王宮ではないのか!?』
「ぐああっ」
頭が強烈に傷む。
くそっ、この強烈な頭痛覚えがあるぞ……。
頭が歪みそうな程の強烈な痛みに妙な既視感を感じると、それが引き金となったのか、色々と思い出す事ができた。
「そうか、私? はアレクスであり、アレクシアでもあるのだな」
と、暗い部屋で独りごちる。
私? 僕? まだ記憶が混同気味で一人称が定まらないが、自分は死んだのだ。
家臣の裏切りにより父王を殺され、母上や幼き兄弟を守るため近衛を率い戦うも、多勢に無勢でやられたのであったな。そしてアレクスも裏切りにより父が行方知れず……か、蘇るにしても皮肉がすぎるだろう。ええ? 女神シュマリナよ。
廊下がやけに騒がしい。
そう言えば先ほど、シスターが皆へ知らせにいくと言っていたな。そのせいか?
ドン! とドアが勢いよく開かれると同時に、大勢が部屋へなだれ込む。寝室はそう広くなく大勢入れるものではない、あ、圧が強い。
「若!」「アレクス様ぁ」「若様っ」
皆、歓喜の涙と鼻水まみれである。
アンネマリーはボロボロと大泣きしているし、ヴァイスは涙と鼻水まみれだ。
もはや美男子の影も形も無いな。汚男子だ。
見ればあのハーマンまでもが目にうっすらと涙を浮かべているではないか。
「くくく、ハーマンの泣いてる姿は初めてみるな」
「わ、若、目を覚ました途端憎まれ口とは!」
「ぷっ」「わはは」「くすくす」
言いながら当の本人も廻りもみんな満面の笑みである。
皆本当に心配をかけた。
「状況がさっぱりわからない。誰か説明してくれるかな?」
「ユリシスと申します。では私からご説明を」
と言い、先ほどの金髪美人シスターが私の前で膝まづく。
確か修道院で癒官をしている娘だったと思う。修道院で何度か見た事があるがなぜこんなにも仰々しいのだろうか? こんな娘では無かったはずだ。
↓ ユリシス挿絵です ↓
「アレクス様は頬に傷を受けておりました。刃物に恐らく毒が塗ってあったのでしょう。かすり傷だからと特に何もせぬ間に毒が全身に回ってしまわれ、かなり危ない状態でした」
「私ども癒官で懸命に治療させて頂きましたが、治療の甲斐なく日々お体は弱り、もはや明日をも知れぬ状態でした」
彼女の説明を邪魔せぬようにと、皆が無言で聞いていた。
「脈もいよいよ止まりそうになり、皆様をお呼びしようとしたその時、アレクス様のお体が淡く金色に輝き始めたのです!」
ユリシスの話のトーンが急に変わり、熱く力説しだす。
「金色の光の中にはうっすらと、羽のようなものも見えました。その神々しく神聖なる様に目を奪われ動けないでおりましたが、アレクス様を包んでいた聖なる光が淡く消えたところで慌てて確認させて頂きましたら、お目を覚まされたのです」
「これは女神シュマリナ様の奇跡に違いありません!」
話し終えたのか、膝まづきながら彼女は再び頭を下げる。
なるほど、神の奇跡で急速に快方したと、信心ゆえのその振舞か。納得が言った。
周りを見るとユリシスの話を聞いたゆえか、手を重ね神へ感謝の祈りを捧げる者達が何名もおり、ここはさながら小さな教会のようになっていた。
本当は快方ではなく、上手く説明できないがアレクスと私が1つになったような感じなのだがきっと誰も理解できまい。彼らに言う必要もないだろう。
「では私からも少しご報告が、よろしいですかな?」
言葉には出さずただ黙って頷いた。
「若は病み上がりですので手短にご報告致します」
「あぁ、頼む」
「捕らえてくださったアウグストからの情報により、アルザス様とレーヴァンツェーン家が手を結んだ事が判明いたしました。若がお目覚めにならぬ内にもしもの事があってはならぬと思い、守備兵に戦地より戻った兵士を加え、追加で予備兵を招集し、都合1500名程の兵士を交代で防衛と訓練の任に当たらせております。フランツ様の事も含め詳細はまた明日、今日はゆっくりとお休みください」
「皆良くやってくれた、ありがとう。感謝する」
ハーマンが一礼すると、皆も併せてたどたどしく礼をした。
「では、若は病み上がりゆえ無理をさせてはならん、皆下がろう」
そう言った瞬間、まるで絶望したかのようにアンネマリーが落胆する。
皆まだ居たいのだろうな、それ以外の大勢もハーマンを恨めしそうにひと目見てはとぼとぼと部屋を退出していった。
「アンネマリーだけ置いていきますゆえ、本日はゆっくりとお休みください。頼んだぞアンネマリー」
「はい! お任せください!」
この世の終わりのような表情から一変して、今度は満開に咲く花のような表情を見せるアンネマリー、表情がコロコロと変わり見てて飽きない。
相変らず面白く、可愛らしい娘だな。
神崎水花です。
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