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1/7

その1 はじめの一歩

 ある日の朝、女の子は冒険に行くことにした。


 あの絵本の女の子のように。

 その子は、ママを探しに小さな旅をした。


 道のりは、きっと魅力でいっぱいだ。

 少し危ないこともあるかもしれないけれど、絵本の女の子は楽しそうだった。

 自分も、あんなふうに歩いてみたいと思った。


 女の子はお気に入りのピンクのリュックに大事なものをひとつずつ詰め込んだ。


 そして、家を出た。


 女の子には目的地があったが、それがどこにあるかは分からない。


 それでも、絵本の女の子みたいに、きっとたどり着ける気がした。


 家の前で立ち止まり、左右を見回す。

 どちらの道でもよかった。冒険なのだから。

 女の子は、いつもとは違う道を選んだ。

 自作の歌を口ずさみながら、小さな歩みを始める。


 道端には面白いものがたくさんある。

 色とりどりの花、不思議な形の石、虫たちの行進。

 しゃがんで観察すると、時間がゆっくり流れていくようだった。


 ママはいつも言う。「よそ見しながら歩いたらダメよ」

 でも、こんなに面白いものがあるのだから仕方ない、と女の子は思う。


 道路が危ないのは知ってる。


 特に自転車。

 車は遠くを通るけれど、自転車はすぐそばを走り抜けることがある。

 突然、シャーッと自転車が近くを通り過ぎていく。


「気をつけてよ、おじちゃん!」


 思わず小さく叫んで、自分の小ささを感じる。


 次に出会ったのは散歩中の犬。


 女の子の前でぴたりと立ち止まった。

 思わず一歩うしろへ下がる。

 胸の奥がきゅっとなる。

 好きなのに、少しこわい。

 その二つの気持ちが同時に胸の中で揺れて、言葉にならないまま、ただ目の前の犬を見つめた。


 犬は首をかしげた。

 まるで「どうしたの?」と聞いているみたいに。


 女の子はそっとつぶやく。

「今日は近づかないでね。ひとりだから」


 その声は、小さかったのに、

 犬はなぜかそれを聞き取ったように、鼻先をひくりと動かした。


 そして——

 小さく、ほんとうに小さく「ワン」とひと声。


 それは、

「わかったよ」

 と返事をするみたいな、やさしい音だった。


 犬はそのまま歩き出し、女の子の横をすり抜けていく。

 すれ違う瞬間、ふわりと毛並みの匂いがした。

 あたたかい、匂い。


 女の子は胸のきゅっとした感じが少しだけほどけて、

 犬の背中が遠ざかるのを見送った。


 喉が渇いて、斜めがけしているお気に入りの水筒を開ける。


 この水筒は、じいじが買ってくれた。

 じいじは、怖いけど優しい。

 じいじは、最後まで話を聞いてくれる。


 自分でもうまく話せなくて分からなくなる事があるときも、話を遮らないで真剣に聞いてくれる。だから好き!


 ふと、寂しさが胸に落ちてきた。

 今日はひとり。隣にママはいない。


 女の子はリュックからぬいぐるみを取り出す。

 これはばあばが買ってくれたもの。

 ばあばは賢くて強くて、いろんなことを教えてくれる。


「このぬいぐるみに、あなたを守ってくれるよう頼んだの。

 悲しいとき、寂しいとき、この子に話してごらん。きっと力になってくれるよ」


 そう言われてから、女の子はいつもこの子に話しかけている。

 悲しくないときも、ずっと。


 ぬいぐるみを抱きしめて立ち上がり、また歩き出す。


 お腹がすいてきた。


 女の子は周りを見回し、そっと財布を取り出す。

 これはパパが買ってくれたもの。

 パパは優しい。優しすぎて、ちょっとだけうるさいなと思うときもある。

 それを言うと落ち込むから、言わないであげている。


「財布は大事なものだから失くさないでね」

 そう言われたけれど、


 でも、時々自分の物が消えてしまう。ふしぎだな、と思う。


 きっと、あのアニメのように寝ている間に冒険をしていて、すぐには帰れなくなるのだ。

 忘れたときに見つかるのはそういう事だ。と女の子は思う。


 お腹がぐ~うっとなる。


 パン屋さんを見つけた。


 女の子には店のドアを開けて「これください」と言うには、まだ心の中に小さなまよいがあった。


「うまく言えるかな」「お店の人は優しいかな」

 そんなふうに、いろんな気持ちが頭の中でぐるぐる回る。


 そのうちに、「今日はやめておこう」という気持ちが、ふんわりと降りてきた。

「きっと明日ならできるかもしれない」

 そう思うと、なんだか少しだけ気持ちが楽になる。


 今日の女の子には、知らない人と話す勇気が足りないようだ。


 立ち止まったまま、女の子は空を見上げる。雲の切れ間から光が優しく降ってきた。


 そして女の子は、考えた。


「このまま冒険を続けたい気もする。」

「でも、お腹がすいて力が出ないかもしれない。」


 そんなふうに、ふたつの気持ちが、まるで両手を引っぱり合うみたいに、心の中で行ったり来たりする。


 お腹のぐうは、ただの音じゃない。

「そろそろ帰ろうよ」と体がそっと声をかけてくるみたいだ。

 冒険のわくわくよりも、少しだけ強く引っぱる瞬間がある。


 そして、女の子は決めた。


 ――今日の冒険はここで終わり。家に帰ろう。


 来た道を戻りながら、女の子は静かに決意する。


「次は、食べ物を持ってこよう」



 女の子は、


「きょうはうまくいかなかったな」


 と思いながらも、


 “つぎはだいじょうぶ”を見つけたみたいに、


 ポケットの中でちいさな手をぎゅっと丸めて、


 そのちいさな歩みは、とても軽やかでした。


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― 新着の感想 ―
応援できればと思い来ました(^ ^) 読み進めるうちに、幼い一人称の裏で別の事実が積み上がっていく作りに気づかされました。書く側だと、語り手が理解していないことを読者にだけ伝える手つきがいちばん難し…
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