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【毎日8:10更新/9章:クライマックス開幕!】きみが死なない、その朝まで  作者: 夜行(やこう)
第九章

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9-7『一頭の羊』

魔王の口から微かな応えが漏れた。その瞬間、将軍は満足げに目を細め、口元を歪めて歓喜の気配を隠そうともしなかった。味わい。嗜好。手の込んだ料理が盛りつけられた皿、それらが並んだ食卓を挟んで座っているかのように、うなずいて両手を広げた。


「魔王よ、もしここで悩み事を打ち明けたとしたら、その短く、簡潔な言葉で助言をくれるだろうか。それとも、言葉にしてしまえばこれほど短く、他愛のないものだったと、己の苦悩の浅さに打ちひしがれるべきだろうか」

「……大層な御託の割に重みのない言葉だな」

「俺があの女を飼育していたと言ってもか?」


魔王のこめかみが微動する。飼育という言葉が、自分の中に在るたった一人の女と結びつかず、抑えられず反応していた。将軍の目には当惑しているように映っただろう。下を向いて上半身を弾ませて老人は笑う。魔王はこのときと感じて将軍の表情を観察した。


白髪の太い眉、額や目尻には深い溝が幾本も刻まれている。太い首の乗った頭をゆっくりとめぐらせて、鼻から嘲笑を漏らしながら、虚空に幻想を見ている。魔王は男の窪んだ眼窩の中を覗き込もうとした。男の目には執着が歴然と残っていたからだ。


この男は「彼女」を皿の上に乗せようとしている。豪奢な食卓の上に、死ぬまで首を押さえたあとの女の体を横たえて、何もかもを暴きたいのだ。人の言葉に耳を傾けるどころか、自分以外のどんな言葉も、飲み込むつもりがないことは言葉選びから伝わってくる。今もまた自分の傷を確かめようとするかのように、言葉を手際よく摘出して見せてくる。空いた穴を見せびらかしているのではない。自分がいかに崇高な存在であるかを示したいのだ。――魔王がそう結論付けると、指先が痙攣で応えた。拒絶か、軽蔑か。動いたのは、あの涙を拭った指だった。


魔王は足元の水たまりを見た。揺らめく水面では、目を合わせることも姿を見つけることもできない。だが、背中に視線が乗っている。きっとまだ、そこにいる。


一瞬の間を置いてから、魔王は答えた。


「女に裏切られたことが堪えたのなら、そう言え」

「そうではない。空想を話してお前に気まずい思いはさせんよ。だが、興味があるはずだ。結局お前は人間を生かそうとする愚か者だが、すべてを助ける訳ではない。この城に人間の匂いが充満し始めて、鼻を削ぎ落したいほどに苦痛を感じている。家を壊され、何人かは俺たちの巻き添えを食って死んだ。死者のために王としてやるべき事はわかっている。が、お前はそれでも女を守っている。何を待っている? 女の加勢か? それとも寝台の上と同じ言葉を言うつもりか? 枕を噛んでいろ、と」


将軍は、魔王の目の色が変わるのを見た。だが、まだ満足してはいない。


「お前が人間を庇っているということは、世間向けには決して宣言することはできないだろう。お前の手であの女を殺した方がよほど民の為になる。だが、できない。口を開けることができないのも、同じ理由だろう」

「妄想が逞しいな」

「あれに何を感じる? 思考は至極単純で、蒙昧の域を出ない。引き出す言葉は弟妹に関することのみで、この女を動かすには弟妹を引き合いに出せばいいということは、心理分析を施す必要もなく分かった。あれは、——」


言葉の終わりを待たず、魔王の体が地を滑った。

得物を持たぬまま、魔王は水を蹴って将軍の懐へと突進する。しかし、将軍の予測通りだった。将軍は突き立てていた大剣の柄を掴むと、引き抜く勢いのまま刃の腹で魔王を叩き返した。硬い鉄の身が魔王の肩口を捉え、その突進の軌道を強引に側方へと受け流した。魔王は煉瓦壁を蹴り、すぐに体勢を立て直した。

二人の距離は僅かに開く。二人が接している通路には常夜灯の柱がいくつか立っていたが、衝撃波で残骸と化した今、形を保っているものはさして多くはなかった。将軍と魔王のそばには二本の柱が残り、対面する男たちの立つ場所を儀式の舞台のように飾っていた。


「あの女は受け答えできない弟妹を揺さぶると、散々女らしい興奮気味の振る舞いをした。それから自分の情けなさに傷つけられた顔をして、俺が助けてやるといえば、振り返って目の中に希望を湧かせていたよ。それは死だった。希望という名の死が、とぐろを巻いていたのだ」


老人は可能な限り身振りをつけて、より自分を大きく、彼女がいかに愚かであるか見せようとしていた。さらにひどいことに、男の迫力のある声に驚いた鳥が羽ばたき、喝采を付け加えたのだ。


「生活のかたわらに死を招き入れたのが自分であると、あの女はいまだに気づかない。何故か。仕方がないな、あの家には鏡がない。全身が棺桶の形を成していると気づくことはないのだ」


魔王は、段々と熱を込め、演説じみた口調の中に、本題がにじみ出るのを待った。そしてそれが来た。






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