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【毎日8:10更新/9章:クライマックス開幕!】きみが死なない、その朝まで  作者: 夜行(やこう)
第七章

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7-1『花殻を撫でる』

居住区は魔王城の建物の中でも一番下にあって、高い壁や円塔に四方を取り囲まれているから空が狭かった。家屋の見た目も似通っていて褐色の壁は迷路のように入り組んでいる。

星や山の形を頼りに何となく歩くということができず、ルカはよく道に迷い、居場所を確かめるために屋根の上にあがることがしばしばあった。少し高いところからみれば居住区の地形もいびつで、塔内部に組まれた昇降機を利用して別区画に移動する人の流れや、玄関前の踏み段に腰かける老女、籠を背負って坂を上がる若い女などがよくみえた。


活気溢れる中心部から目を離すと、横長の堅固な建物が居住区を見下ろしている。六十の病床を抱えた城内随一の診療所は、町を取り囲む幕壁とつながっているため城外の負傷者たちの受け入れも素早い。

数日前、東の集落より逃げてきた窮民の多くが診療所に運び込まれた。一時的に満床となって、所属する医官は昼夜を徹しての加療を続けたが、そこへさらに王城より帰還した五人が秘密裏に運び込まれた。


魔王から事情を聞いた補佐官は怒りを通り越して無表情が支配し、ルカやノクス、アルバに背筋も凍る視線を送る。ルカは言い訳をするつもりはなく、まず魔王の手や、時計屋の肩口の傷について話し、子供たちが焔咳病(えんがいびょう)に掛かっていることを伝えた。


牢に入りどんな罰でも受けるから子供たちだけは助けて欲しいと頭を下げて頼み込んだ。想像もできぬほど空気が渦巻き、重く、沈む。

扉の向こうで様子を窺っていた治癒師たちにもルカの懇願が届いており、移送を手伝った立番の兵士と顔を合わせて「人間…」と声を潜めて言った。そこには屈辱と恐怖、そして治癒師としての信条が混じっていた。


だが驚いたことに、魔王が口を開く前に補佐官はノクスとアルバを療養させると断言した。それどころか包帯を乱し、血の雨に降られたままにしているルカにも治療を受けてもらうと言ったのだ。

翌日には時計屋と魔王は診療所から別の場所——おそらく私室に移され、診療所にはルカら三人が残された。


所内には寝台を敷き詰めた軽症者用の大部屋のほかに、重症あるいは隔離を目的とした個室も準備されており、ノクスとアルバは一隅にある個室を使うことを許された。

しかし病に臥せる子供といえど、端から見れば死神を匿っていることと同義であり、治癒師の中にははっきりと診療を拒絶する者もいた。その為、ノクスとアルバの治療は医官を率いる医官長、当人も優秀な治癒師であるフッセルルに一任され、焔咳病(えんがいびょう)の患者を隔離しているということだけが全体に共有された。


しばらくするとフッセルルが診療のついでに魔王からの手紙を持参してきた。

簡素な紙片は手紙というよりは言伝に近く、ルカに与えていた居室にノクスとアルバを移す準備があると書かれていた。ルカは寝台を使うほど重症ではなかったので二人の看病についていたが、焔咳病(えんがいびょう)の治療薬ができるまではまだ時を要し、さらに薬ができたあとも長い期間を弟妹とともに戦い抜かねばならないことを理解していた。


魔王は、ルカが時折食事や入浴の為に居室に戻っていることを知っているから、そうした往復の手間を省けると伝えてくれている。ルカ自身も個室を占拠する現状に、どうしても後ろめたさを感じていた。居室と個室を往復する際に、顔や角のない頭を見られないように人気を避けて、住民が寝静まった時間を狙って行動している。診療所の中でも他の患者や治癒師に逢わないように窓を出入り口にしていた。そういった状況も何もかも、ひどく「いびつ」であることは理解している。


ルカは悩んだ末に、今日もよどみのない手つきで診察を終えた主治医フッセルルに紙片をみせることにした。彼は三人が人間であっても患者として扱ってくれる人だった。


フッセルルは短髪の小柄な老人で、死の森を抜けたあと焔咳病(えんがいびょう)を発症したシェリングや、負傷した兵士に駆け寄ってきてくれた治癒師の一人だった。

耳の上にいつも尖筆をさしていて、ぼろぼろに裂けて膿んだ傷をみても、あれこれ軽妙な口をききながら直ぐに縫合してしまう。ここに運ばれてきたときには、補佐官や文官たちを追い出し、兵士たちを自由自在に動かしていたので、あまりの的確さに縫合されながらルカは変に感動していた。






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