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きみが死なない、その朝まで  作者: 夜行(やこう)
第四章

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4-6『毒』

「今のご職業は勇者ではないと? お気持ちで勇者になったりやめたりできるのですか?」

「闘技場に行かなかったから知らないのだろうが、最後に立っていた者なら誰でもその名をもらえた。思い通りにつけかえられる名前なんだ」

「貴方は主体的に意思をもってそれを受け入れたのでは? それとも人間にみえるだけで動物でしたか?」

「意味もわからなかったが、何もないところから見返りを生み出さねばならなかった。金はなく、食べ物も、家も。だけど剣をふる力だけがあった。依頼を受けたのは生きがいを失うわけにはいかなかったからだ……私が貴方たちに害をなす存在になったことは、その時には考えていなかった」

「なんという知性の無さ。他人に自分の不幸を押しつけないでください」

「……いつも突然やってくる。人生を変えてしまう瞬間に、用意周到にはできなかった」


母の死、ふたりの病、初めて生き物を殺したときの鼓動、色々な記憶が過ぎ去った。それは人生の終わりにみるものに似ていた。


「…………恥知らず、無知、要領が悪い。貴方は銀の鎧をつけた座棺だ」

「……」

「なんです? その顔」

「受け皿になろうとしている」

「良い心がけです。そんな風にずっと緊張していてください。ここには私が足元に及ばないほどの人間嫌いばかりですから、泣き喚けばよろこばれますよ」


煙管の頭が勢いよく皿を叩いた。

話に幕を引いて戻ってきた魔王は、長い脚に肘をついて煙管をくゆらせる男と、鬱屈をくわえた顔立ちをした女が膝を突き合わせていることにも興味を得ないらしかった。

もっとも両者を一瞥したあと男の方を見咎めたようだったので、折り目正しい挙措(きょそ)で立ち上がった男は後方に下がって、ゆるぎなく立っている魔王に敬意を表した。


対面の丸椅子に魔王が腰かけるとは思えず、ルカもまた半ば無意識に立ち上がった。種族の違いについて考えさせられたあとだったから、魔王の耳上から伸びる角や髪に落ちる重厚な影を視線でなぞる。


やや疲れた顔をしているルカをみていた魔王は女の全体に漂うこわばりに気づいている。彼は一度だって彼女を大事にしなかったことはなかった。俯いた襟元から銀の髪を滑らせ、魔王はルカに小箱を手渡した。中には清らな硝子瓶が二つ並んで収められていて、革の包装が着せられ、さらに光沢のある布が敷き詰めてあった。


「王国で猛威を振るっている病は、初めに高熱が起こってから数か月症状が長引く。放置すれば血管が膨らみ、いずれ裂ける。名を焔咳病(えんがいびょう)、それがお前の弟妹が患っているものだ」


ルカの顔が昼月のように白くなり、小箱をもつ手が震えた。

目には明瞭に弱みが映っていた。唾液を嚥下した喉が微動する。


「……薬を使ってくれると約束してくれた。治ると……」と、息も絶え絶え返した。

「薬が効いていれば、まだ生きているだろう。だが王国で使用している薬は症状を緩和させるだけで、投薬を続けると別の症状が強く表れることもわかっている」


丸椅子が倒れた。ルカは大きく後退る。体の軸が乱れ、棚板を掴んでようやく立っていた。いつの間にか忍び寄ってきた影に手足を絡められ、ひっそりと開いた大穴に落とされた気持ちだった。


「そんな話は聞いていない……」

「病と戦うということは、そういうものだ」

「何が、起こる…?」

「視力の低下、視野が狭くなり光を失う。出立からの期間を考えれば覚悟をしておくべきだ」

「あぁ……」


時計屋は(そびら)を返した女の肉体を眺めた。棚にしなだれかかり、むりやりに熱を抑えようとして耳の下の肉を掴んでいる。顔面はたちまち赤くなり、これが同胞であればうしろから毛布で包んでやっただろう。


感情の始末に骨を折っていることは容易に感じ取れるが、あの病にかかれば死を迂遠(うえん)にすることはできず、治療所に入れば助かるという無知独特の甘さが際立った。よほど国に残してきた弟と妹のことが気がかりなのだろう。

病の話をしおに、否応なしに女の顔になったことも寒気がする。


が、やや冷静になれば、彼女もまた残酷に引き出された感情に翻弄されているだけで、「用意周到になれなかった」といった言葉には非常に共感があった。死はいつも突然にやってくる。

人間を軽蔑したい思いはあるが、これまで人間側に犯された罪と目の前の女をいっしょくたにするのは卑怯なことだともわかっている。

だが女の存在が時計屋を、魔族たちを深く傷つけているのも事実なのだ。


銀の胸当てと腕輪が生育不良の細い体をほんのかすかに覆っている。王国から魔王城までの広漠とした土地を踏破してきたことは事実だが、いささか受け入れ難く、何一つ特異なものが見られない女は多くの謎をまとっている。

身の丈に不釣り合いな無骨な剣は男の手にこそなじむものと想像するが、白銀の剣は納得して腰帯に滞在しているようにもみえた。






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