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きみが死なない、その朝まで  作者: 夜行(やこう)
第四章

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4-4『毒』

ルカはその目で彼が死んでいるのを見た。

四角い牢屋の中で、それまで陽気に歌っていた男は血だまりに頭をうずめ、左右の手で鉄格子を握ったまま果てていた。


つい先ほどまで花束代わりの鎖を胸に抱いて「ありがとう、ありがとう」と向かいの牢屋、すなわちルカのいる方に手を振っていたのに看守と何かしら言葉を交わしたあと、あらゆる興味を捨てて死を選んでしまった。

看守の言葉が発端となった事は疑いようがなかった。彼の世界は消滅してしまった。ルカは呆然としながら、耳に残った歌声を抱いた。


「巧く歌い終えたあとって、ああ感想なんていらないという気持ちなのに、あの看守はわざわざ求めもしない所感を並べたんです。とぼけた文句ばかり、とにかく荒廃した印象がありました。人生によほど充実感がないのでしょう。せっかくの気分が台無しになったので、死にました」


唖然とするルカの前で男はほうと息を吐いて、胸元から取り出した刺繍入りの手巾で頬をおさえた。涙をぬぐう(てい)をみせるも「目に睫毛が…」と言って今度は手鏡を取り出す始末だ。


ルカは手近な丸椅子に腰を下ろした。目の前にいる男の顔も、仕草や言葉、すべてが「嘘」と合唱しているようで、混乱が達した体では立っていられなかった。


室内には三人の男がいる。魔王、白衣の研究者、そして軽薄な芝居をする男。

魔王と研究者は、ルカが受けた告白にはすこしも興味はなく、物が乱雑に積み重なった壁に備え付けられている、物が乱雑に広がった机の前で専門的な話に耽っている。薬効、期限、生産体制、そのような言葉が途切れ途切れにきこえた。


この部屋に来たのは彼らが作成している薬について知るためだった。

王国の外からきた流行り病は患えば死に至るといわれている大病だ。薬の入手は困難で、その材料は魔族領に存在しているため王国では入手する方法がほぼない。だから魔族領を手にしなければならないのだと王国の騎士は言っていた。


ついてくるように言われ向かった城内の一角。廊下は中庭で途切れ、そこに大木の一群があった。円形の広場を囲った木々はひび割れた樹皮や垂れ下がった球果の豊かさからして、濃厚な安らぎを放っていた。

ゆるやかに見上げていたのは大体数秒だったが、魔王を追いかけると彼は陰の中に立っていて、急ごうとしていたルカをみてふと笑った。ほんのかすかに口端があがっただけだったが、立ち眩みを感じさせるには充分だった。


中庭に面したいくつかの扉を横切り、魔王は足を止めた。銀色の看板には製薬室と刻まれている。中に入ってみれば大量の器具やむきだしの配管、羊皮紙の山がひしめき奥が見通せなかった。身をよじれば、壁際に後頭部がひとつみえた。


薬をつくる、というのは命を救う素晴らしい行いだ。それが大病を退けられるというなら、いまだに他人の気配にも気づかず作業に没頭している男にこそ勇者の名が相応しいとルカは思った。


易々と先を行った魔王に続こうとしたが、液体の入った硝子管や送水機器、その他の器具にあふれて整理のついていない状態だったので、どこに足を置けばいいのかわからなかった。

案の定体勢を変えた途端に枯れ木のような細い器具を剣先で引っかけてしまい、腰をひねるも危うく躓きそうになっていた。


そこへ遅れて入室してきた男が支えてくれたのである。感謝を口にしながら、目を合わせようと顔を見上げたルカはすくみ上った。目の前の男は「どうしました」と気遣い、後ろに椅子があると薦める。ルカは探り探り言った。


「貴方は、亡くなった、はず…」


そして利己的な告白が続いた。

いかに人生そのものを演じきったというように清々しい顔をしている男は、今も芝居をしているのだろうか。牢屋で歌っていた男とたしかに同じ顔だが、散々打ち付けていたはずの額は無傷で、美しいしなやかな指で時計を撫でている。


「またお目にかかりましたね。私のたった一人の観客」

「…………」

「あぁ、今のは少し脅迫めいていましたね。断っておきますが貴方を追いかけて此処にいるわけでも、貴方の前で死んでみせるために牢屋に閉じ込められていたわけでもありません」

「……」

「一体どうしたことでしょう。死んだのは私の方だったというのに今は貴方の顔の方がよほど死人にみえます」

「……私の家族のことを魔王に教えたのは貴方か」


魔王は、答えに逢っている、と言っていた。牢屋で死んだ男、死を偽っていた男の事を示していたのだ。

あのとき床に広がっていた血は本物にみえていた。それが他人の血であった、もしくは他の液体だったのかも知れないと考えてみる。例えば男のうしろに並んでいる硝子管の中の赤い液体だったとして遠目に見分けはつかない。






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