第088話 星鎖祭り
「出かけたくない」という気持ちを抑えながら、扉に鍵を閉める。
そしてそろそろ慣れてきたビルの階段を5階分降りて、蒸し暑い街に足を踏み出す。
真夏の夜は蒸し暑い。だけどこうして外に出たのには理由があった。
それは、由衣との約束で星鎖神社で行われる星鎖祭りに行くからだ。
本当は行きたくない。めんどくさい。
だが約束した以上、行かなければならない。
あれから、何度か俺の家に集まって課題をやった。
志郎と鈴保は毎回は来れなかったが。
志郎がほとんど課題に手を付けていなかったり、俺の家に集まって課題をやり始めたときに澱みが現れたり……など色々あったが、由衣は約束通り課題を終わらせた。
つまり、今ここで行くのをやめると約束をやぶるのは俺になる。
それはよくない。
そう思いながら、俺は慣れた道を歩き白上家へ向かう。
近くなってきたので「もうすぐ着く」というメッセージを送り、道を曲がる。
少し歩き、また道を曲がる。
すると、見慣れた白上家が見えてきた。
そして玄関には見慣れたはずなのに見慣れない感じがある、2人の幼馴染がいた。
由衣が俺を見つけたようだ。
「来た来た!ま~く~ん!」と軽く飛び跳ねながら手を振っている。
一方日和はいつも通り、静かに待っている。
……やっぱり由衣はいつも通りだ。
残念感と言うか安心感と言うか、謎の感覚を覚える。
そんなことを思っている間に、白上家の前に着いた。
その瞬間、由衣は「いつもと変わらない服じゃん!!」と言って来た。
俺はため息を堪えながら「浴衣を持ってると思うか?」と言葉を返す。
「それなら言ってくれたら……」
そんな由衣の言葉に、「ないでしょ」という日和の突っ込みが飛んだ。
「……流石にない」
「由衣1人っ子なんだから。あったほうが驚く」
そんな会話をしている2人の幼馴染が見慣れない感じの理由。
それは彼女達の服装が俺と違い浴衣だからだろう。
由衣も日和も普段より髪型などが気合入っているのが、流石の俺でもわかる。
由衣は普段からお洒落に気を遣ってるらしいが。
……というか今更な話だが、由衣も日和も可愛らしい顔に見える。
今日は普段よりも力が入ってるからだろうか。
……再会してからもう4ヶ月ほど一緒にいるのに、何故今更そう思ったのかは自分でも不思議だが。
そんな事を考えていると「まー君?どうかした?」と由衣に言われて、我に返る。
俺は「何でもない。行くぞ」と返し、星鎖神社に向けて歩き出す。
何故星鎖祭りに行くメンバーが堕ち星と戦う5人ではなく、俺と由衣と日和の幼馴染3人なのか。
それは色々と訳があった。
まず智陽には断られた。
まぁ、そうだろう。あいつはこういうの好きじゃないから、わかっていたことだ。
実際にあの勉強会の日にも断られていたし。
鈴保は部活仲間でもある友人の2人と行くそうだ。
だから向こうで会えると言っていた。
志郎は……「まぁ向こうで会えるからな!」と言っていた。
由衣は「だったら一緒に行こうよ!」と言っていたが、何故かそれは断られていた。
そんな訳で「じゃあせっかくだし、ひーちゃん呼んで3人で行こうよ!」といy由衣の言葉で、日和が誘われた。
日和には「由衣と俺だけで行く。だが神社では他の友達にも合うことになる」と伝えておいた。
そうしてこの3人になったという訳だ。
そして、星鎖神社に登るため階段が見えてくる。
そのとき、いきなり後ろから背中を押された。
左側に気配を感じるので見てみると、少し後ろを歩いていたはず由衣が隣にいた。
「というわけで決まりね!」
「何がだ」
「由衣がこれ飲みに行きたいんだって」
右側に来た日和がそう言って、反対側の由衣のスマホを指差している。
俺は由衣のスマホを覗き込む。
表示されていたのは有名コーヒーチェーン店の限定商品の画像だった。
「課題も終わったしいいでしょ?」
そう聞いてきた由衣の目はキラキラと輝いている。
……面倒だが、断った方が面倒なことは目に見えている。
そのため、俺は「わかった」としか言えなかった。
それとほぼ同時に、星鎖神社への階段の下に辿り着いた。
階段の下は星鎖祭りに行く人であろうが、多くいる。
そして俺達は人が多い階段を登りながら、お互いの予定を確認する。
行く日が決まり、階段も登りきった。
そんな俺達の目に飛び込んできたのは、煌びやかな出店の明かりと楽しそうな人々の姿。
星鎖神社は1つ目の階段の先は広場になっており、こういう行事の日には出店が出る。
本殿は広場の奥のもう1つの階段を上った先にある。
そしてお祭りの会場を見た由衣は「懐かしい〜!!」と嬉しそうな声を上げた。
「去年も一緒に来たでしょ」
「でもそのときはまー君いなかったじゃん!」
「それは……そうだけど」
そう呟いた日和の声は、少し暗かった。
そして次に口を開いた由衣の声も、暗い声だった。
「……ゆー君とさっちゃん。どうしてるのかなぁ」
「……連絡取ってないのか」
「年賀状は毎年来てたんだけど……今年は来なかったんだ……」
「私も。あの頃はスマホ持ってなかったから、メッセージでも繋がってないし」
ゆー君とさっちゃんこと、児島 佑希と児島 佐希。
俺達の幼馴染の双子の兄妹で小学校低学年の頃は毎日のように5人で一緒に居た。
しかし2人は小学校中学年の頃、親の仕事の都合で転校していった。
俺もこの街から出るまでは、2人と同じように年賀状を送り合っていた。
……だが、毎年来ていた年賀状が今年だけ来てないのは少し妙だな。
俺は街を出てしまったから、そもそも年賀状すら中等部の頃から受け取れていないが。
2人の話に何か引っかかるものを感じる。
だけど、確認する術がない。
少し考えていると、日和が「暗い話は終わり」と口を開いた。
「お祭りを楽しむために来たんでしょ」
そう言った後、日和がお祭りの熱気の中に向けて歩き出した。
由衣がその背中を「待ってよ~!」と言いながら追いかけていく。
……置いて行かれるわけにはいかない。
そのため。俺も2人の後を追って、お祭りの熱気の中に飛び込んだ。