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4. そのとき

 この後あたし達は次第に状況を理解することになるのだが、あたし達の逃亡は単に食用豚一匹を下っ端の魔法使いが盗んで逃げた、では済まないことだった。


 以下は一連の事件が終了した後に、ある人から聞いた話……。


 ***


 あたし達がランスイエルフから逃げ出した翌朝、報告を受けたランスイエルフの王、ラーシュは静かに怒っていた。


あの・・豚を盗まれた、だと」


「はい。申し訳けありません」


 そう言いながら王の前で片膝をつき、頭を下げたのは、王室付き魔法使い第3班の長、ガイルであった。


 彼の後ろには3班のメンバー11名が控え、同じように頭を下げていた。中には回復魔法を用いてもなお昨夜の戦闘の傷が癒えず、片足を引きずっている者、顔面や腕が焼けただれている者もいた。


 謁見えっけんの間。部屋の左右には幹部達が座り、その後ろを護衛官達が取り囲んでいた。


「あの豚の戦略的価値は……解っているな」


 王はため息をつきながら言った。


「はい。申し訳けありません」


 ガイルが頭を下げたまま答えた。


「儂の損失はそれだけではないぞ。ランスイエルフの魔法使いの名は、その名前を聞いただけで世界の指導者が震えあがるからこそ、強力な交渉カードとなるのだ。それが、若造一人に手玉に取られたとなると……」


 しかしその冷静な口調とは裏腹に、王の手は怒りで震えていた。


 ガイルは黙って王の次の言葉を待っていた。しかし魔法使い達の中には明らかに動揺し、怯えている者もいた。それほど、この王の感情の激しさは広く知られていた。


「そのなんとかいう若造は、あの・・豚の価値を知っていたのか?」


 王がガイルに尋ねた。


「いえ、やつがそのことを知る筈はありません。豚の方も、元の記憶は班長4名で完璧に封じていますので、自分は生来の豚だと思い込んでいる筈です。ですから豚自身から素性が漏れる恐れもありません」


「ではそいつは何故、自分の身分を捨て、お前たちに歯向かってまであの・・豚を盗んだのだ?」


「良くは解りませんが、ヤツは我々の評価基準ではどうにもならない落ちこぼれでした。おそらく、みずからの力を過剰に評価し、正当な評価を得られていないとして反逆を試みたものと思われます」


「恐れながら申し上げます」


 ガイルの発言を遮るように、3班のメンバー11名の中で最も若い魔法使いが発言した。


「彼は優しいのです。元々街のノラ猫が何匹も彼に懐いていましたし、今回も本人は豚が助けて欲しそうだったから助けると言っていました」


 彼女の発言に、ラーシュ王は露骨に不快な表情を表し、ガイルは左手で彼女の発言を制した。


「確かに元々あいつは人を殺すことを極端に忌避するような男でした。どのみち軍人としては大成しなかったでしょう。やつの魔術力に惚れ込んでしまい推薦した私の目が節穴でした」


 ガイルが言った。


「よし、もうお前達は下がってよいぞ。お前達の処分は追って伝える」


 王はいらつきを隠しもせず、そう伝えた。


「はい、なんなりと。もちろん必ずや、あの豚は取り戻してまいります」


 ガイルが最後にそう発言すると、王の怒りが爆発した。


「ふざけるなこの無能どもが! ガイル、お前にはもう何も期待していない。豚の捜索は他の班にさせる。お前は降格だ!」


「申し訳けありません。降格は謹んでお受けいたしますが、豚盗難の汚名だけは、自らの手で返上させて

頂けませんでしょうか?」


 ガイルはより深く、ほとんど床に額をつかんばかりに深く、頭を下げて言った。


「お前は儂がなぜ怒っているか解っているのか!」


 王の声が一段と大きくなった。


「お前たちは誰も死んでいない、向こうも生きている、ということは、おまえたちは本気で盗難を防ごうとしなかった、ということではないか。やつは元々お前の部下、3班のメンバーだ。おおかたお互い身内意識があり、手を緩めたのであろう。お前たちが盗難の手助けをしたのと一緒だ」


 王は溜めていた言葉を吐き出した為か、少し落ち着いたように見えた。


「おっしゃる通りです。私が甘かった。重々反省しております。ただ一度だけ、一度だけでよいので汚名返上の機会を頂けませんでしょうか」


 ガイルが重ねて王に懇願した。


「……そうか。そこまで言うのなら覚悟を見せてみろ。そうすればお前に対する一切の処分は取り消してやろう」


 王の声が再び静かになった。王の後ろで幹部の誰かが息を飲む音が聞こえた。この王が処分を撤回することの意味を、この場の誰もが知っていた。


「ガイル、おまえの部下の一人をこの場で殺せ。誰を殺すかはお前が決めろ」


 魔法使い達は狼狽を必死に隠したが、ガイルだけは冷たい目で王を見つめ返していた。


 王がガイルを睨み返すと、ガイルは視線を下に逸らした。


「アンナ、私の前に立て」


 ガイルが静かに言うと、魔法使い達に静かな動揺が走った。


「はい」


 そう言ってガイルの前に歩み出たのは、先ほど発言した、髪をハーフアップにまとめたまだ幼さの残るそばかすの女性だった。


 ガイルは剣をかまえた。が、しばらくその姿勢のまま動けなかった。


 王がガイルをさらに険しい表情でにらみつけた。


 アンナと呼ばれた女性は胸の前で手を組み、目を閉じてガイルに言った。


「いいよ、お父さん」


 アンナはガイルの娘であった。11名の部下の中に一人だけ身内がいる以上、ガイルには他に選択肢が無かった。


 ガイルの剣が横に走るとアンナの頭が固い床に落ち、ごとん、と鈍い音を立てた。


 首から上を失った体は血潮をばらまきながら前へ、崩れるように倒れた。


 ガイルは浴びた血潮を拭おうともせず、無表情でその場に立っていた。ただ、その両目からはとめどもなく涙が溢れ、流れ落ち続けていた。魔法使い達の間からもすすり泣く声が聞こえた。


 ここにエリックがいれば、アンナを押しのけ「俺を殺してください」と言ったかもしれない……と、この話をしてくれた人――実は10人の魔法使いのうちの一人だが――は、この時そう思ったそうだ。


「ガイル、お前に3週間をやろう。アービスコ攻略の準備があと3週間で整う。この間に豚泥棒を確実に仕留めよ。生かしておけは、そいつは儂の計画の邪魔をするであろう。もちろん豚は必ず取り戻せ。豚は殺してもかまわんが、殺した場合は肉が腐らぬよう持ち帰れ」


 王がガイルに命令を下した。


「ありがとうございます」


 ガイルは再び片膝をつき、ラーシュ王に頭を下げた。

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