エピローグ 終わりのその一年後
「ヴィアトリーチェ様、ご婚約おめでとうございます!」
アポなし来訪したマリーマリーハニーは自身のような可愛いバラを持って一緒にやってきた。
「え! わ、なんで、まだ誰にも言ってないのに」
「うふふ、壁に耳ありですわ」
社交のシーズンが始まってタウンハウスに戻ってきた次の日、恥ずかしながらユングリング公爵からプロポーズされた。
「お手紙のやりとりで深まる愛、そしてプロポーズ……次の歌の題材にしようかしら」
「え、あの、何故それをご存知なんですか……?」
「これでヴィアトリーチェ様も王族関係者ですので私の話ができますわ」
「おうぞく?」
「はい、ユングリング公爵は王様の落胤で臣籍降下されたんです」
はい?
「ヴィアトリーチェ様はとっても危険思想をお持ちだからてっきり反王国組織の人間かと思って徹底的に調査しても、問題なし。お墨付きです。末長く幸せになっていただけるよう国がバックアップしますから余計なことなさらない限りは安泰です」
この可愛らしいお人形のような人はなにを言っているのだろう。
「私のこともおいおい説明いたしますが、まずはお祝いをさせてください。私、あなたのように不思議な方とお近づきになれてとっても嬉しいですわ!」
「姉さん、ユングリング公爵がいらっしゃったよ。僕の客だと勘違いしてリリィが呼びにきたけど?」
「エミール様、御機嫌よう。ヴィアトリーチェ様が昨日ユングリング公爵と婚約なされたんですのよ」
「え! や、え!」
「おめでたいですわー」
「姉さん、ほんと?」
「……うん」
「そっか」
エミールがそっと私を抱きしめた。エミールは小さく震えて泣いていた。
「ごめんね」
エミールは首を振ってただただ私を抱きしめた。
「でもなんで僕がそんな大事なことを本人から聞いてないんだよ」
「あら、お祝い事は誰が言っても嬉しいものですわ」
「うるさい、スパイ」
「す、すすスパイ!?」
「エミール様やはりお気づきだったんですね。今まで黙っていてくださって優しい方」
スパイ? スパイってあれ、黒い宝石と呼ばれる高値で取引される料理に使うやつ……。
「気づかない周りに僕がおかしくなったにかと思っていたよ」
「たまにいらっしゃるんですよ。私のような人間が嫌いな方は私の正体に気付くんです」
「そうだね、嫌いだね」
「光栄ですわ。さぁ、ヴィアトリーチェ様、婚約者がお待ちですわ。私はエミール様にもてなしていただきますからお気になさらずに」
エミールがなにやら文句を言っているが、それは遠く聞こえて私は今聞いた話を咀嚼するのに必死だった。そしてその話に大元である本人に確認をしなければ。
「ユングリング公爵、今マリーマリーハニー様がいらっしゃってるんです」
「そうか」
「私、ユングリング公爵が王族に連なる方なんて知らなかったんですが」
「そんなこと子爵のあなたに言えるわけないだろう」
いや、そこで開き直られても……。
「しかもマリー様がスパイとか、なんですかね、この安い大河小説」
「仰々しいが監視役だ。私を神輿に担ぎ上げてクーデターを起こされないようにと。戦争が始まるまでは限られた人としか会うこともできなかったし、人員不足で仕官したくらい放置だった。これからもそうだろう」
長く手紙のやり取りをしていたせいか、私の記憶の宮殿のせいか、公爵と子爵という身分差に抵抗がなくなってしまっていた私には冷水ぶっかけられるような衝撃だ。
うっかりお受けしたプロポーズを今どう処理していいのか、頭はパンクしている。
「私なんかでいいんですか?」
「もちろん、と言いたいところだが1つ直してもらいたいところがある」
「なんでしょう。私、今更貴族のようには振る舞えそうもありませんが……」
「私のことはウェルと呼んでほしい」
マリー様を応接室にお通ししているのでしかたなく私の部屋に来ていただいている。
2人がけのソファに並んで座っているとすぐ顔が近づいてくる。
昨日もなれなかったが今日もまだ恥ずかしい。
「……ウェル様がそもそも顔を覚えていられない方でなかったら出会うこともありませんでしたね」
「私はどうも昔から覚えるのが苦手で……。こういう『外人』顔に馴染みがないんだ」




