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白梅荘顛末記  作者: まふおかもづる
第二章  新茶と乙女

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第八話  青葉(二)


 山間(やまあい)を抜ける。料金所を通過すると視界が開けた。田園地帯と住宅街が混じり合う地域だ。農道で区切られた田畑が広がる。さまざまな風合いの緑と茶色で精緻なパッチワークのようだ。空も広い。梅雨前線が近づく前のほんのひと時、湿気の少ないこの時季特有の澄んだ空気によるのか、青空も高いところにある雲も濃い。

 あまり混雑していないため、紺色の古いワゴン車は軽やかなエンジン音を立てて快適に走行している。


「そうすると、県境の川が均衡の取れるポイントなんだな?」

「おそらく。川向こう、つまり東京に関しては材料がないので根拠がありませんが、白梅荘でない場所で抜き針の儀が行われていましたし、距離が遠ざかるからといって完全に影響がなくなるわけではないのだと思います。むしろ距離が遠くなりすぎると、何らかの形で白梅からの束縛が強まる可能性があると私は考えています。憶測にすぎませんが。川のこちら側についてはほぼ間違いないと思います。治癒速度が落ちています。そういうわけで単純に組み合わせて、白梅の束縛が弱くなるポイントがそのあたりにありそうだと考えたわけです」


 今回連れ出してもらったのは、白梅の影響範囲を知りたかったからだ。あてずっぽうで動いたが、勘が当たってよかった。


「できれば先日の件をお聞きしたいです。あなたに妙なことを吹きこんだのはどこの誰なんですか」

「俺のいた『島』の、俺を除くただ一人の生き残りだ」

「じゃあ、ご親戚……」

「兄、なんだろうな。父親が同じだ」

「お兄さん」

「見た目はあいつのほうが若い。年齢はさして変わらないと思う。俺の父は色々なところでハイブリッドコードの播種に成功していた、といったら分かりやすいだろうか」


 いいえ、却って分かりにくいです。

 要するに交配実績多数で実験記録装置とって優秀な種馬だったということでしょうか。それとも港ごとに違う女がいるとかいうトラディショナルスタイルの女たらしだったということでしょうか。


 有料道路から高速道路に入り、川を越える。近隣の丘陵やその向こうの山から集まった水が流れる大きな川で県央に位置する。河口から少しさかのぼったこのあたりは河川敷が広々としていて灌木(かんぼく)の生えた中州がある。その灌木が淡い新緑に彩られ、濃い青空から降り注ぐ鮮やかな日差しに映える。

 爪切りでぷちり、と指先を切る。血があふれる。


――やはり。


 この区切りを越えることで一段と治癒速度が緩くなった。仕組みがどうこうなどと考えて明らかにする時間はおそらく残されていない。ただ事実を洗い出し、そこから導き出される傾向を読み取るほかない。それでもないよりマシだ。私は、私にできることをできる範囲でやりきる。あがく、と決めたのだから。


 拡大された脳の記憶領域について、私はこれを外付けハードディスクのようなものだと考えている。こうして影響の薄れる場所へたびたび出る可能性があるのでは主記憶装置として機能しない。白梅に記憶領域をメモリとして提供しているといっても、あくまで補助記憶装置であって、すべての思考や記憶を読まれるわけではないのではないだろうか。実際、白梅は私に関して知らないことが多い。もしかしたら白梅の主記憶装置の領域はあまり広くないのかもしれない。ライブラリとして利用できる私というメモリが現れるまでどうやって記録を保存していたのだろう。圧縮して主記憶装置に押しこんでいたのか、それとも入りきらずあふれていたのか。祖父がそう指示したからだろう、白梅荘に紙やディスク、メモリスティックなど物理的メディアで記録が残されている形跡はないように見える。これも近々確認しなければ。それであればなおさら、近いうちにこちらの脳内のディレクトリ構成などを変えてより管理しやすくしたほうがいいかもしれない。現時点では個人的な記憶領域というのを設けてロックをかけているけれど。

 朝、白梅荘を出てからこちらの治癒速度のデータを、一時的な記憶領域であるバッファから個人的な記憶領域へ移動しておいた。痕跡を残さないよう注意する。サービスエリアで軽く休憩と軽食を取り、再びドライブに戻った。


「兄弟お二人だけなんですね、その――『島』で残っているのは」

「そうだ。俺よりもきみにふさわしいのは自分だから譲れ、とあいつにいわれた」

「なんでそこで素直に聞いちゃうかな」

「……」

「梅の木の前でときどき、すっごく臭くて嫌な気配のする性格のねちっこいやつに遭遇するんですが、そいつに吹きこまれたんだと思っていました」

「臭くてねちっこい性格……確かに性格はよくないが、あいつは小ぎれいだから臭くないと思う。見た目はどんな男なんだ?」

「分かりません。姿を現したことがないんです。でもケイさんのお兄さんだったらきっと同一人物じゃありませんね」

「ふむ」

「性格が悪いことにおいて人後に落ちないと自負する私をして『嫌なヤツ』と断定させるような狡猾さと腹黒さ、しかもあなたと違ってばっちくて汚らしい気配のするような人ですよ。遺伝形質レベルで対極でしょう。とにかくヘドロまみれの排水トンネルで走りまわった直後の猫とか、そういうケダモノ臭さにばっちくてねばねばどろどろした気配を……」


 ケダモノ臭さ。


「もしかしてお兄さんってハイブリッドコードキャリアなんですか」

「そうだ。父親のあの様子じゃキャリアでない兄弟もたくさんいそうだが、そこまでは把握できてない。もしかしたら父本人もどのくらい子どもがいるのか分かってなかったかもしれない。とにかく『島』の生き残りであるあいつはハイブリッドコードキャリアだ」


 うわあ、すごいな。ケイさん父の女たらしっぷりってそこまで(たが)外れてたんだ。

 それはともかく、「島」のハイブリッドコードキャリアということは獣種と融合しているということだ。


「私、勘違いしていたみたいです」

「え?」

「その嫌なヤツ、ケイさんのお兄さんかも」


 ケイさんの話す、その「兄」とやらはこういう人物だ。

 「島」内の交配実験によりケイさんは生を()けたが、「兄」は父親が「島」外の女性との間に儲けた子どもだったという。母親は発現はせずともハイブリッドコードを受け継ぐ女性だったらしい。正式な交配実験でも婚姻でもなかったらしいが、生まれた「兄」には「島」が目標とする成果の一つ「王化」が発現したのだという。

 「王化」とは、複数の異能力が発現することを指す。「島」ではこれまでにも複数の異能力、獣種が発現するキャリアが誕生しているが、いずれも能力レベルが低いまま短命に終わり、「王化」と呼ぶにふさわしい状態ではなかった。

 しかし「兄」は誕生当初から規格外に生命力が高かった。そのせいか母親が出産に耐えられず、すぐ亡くなった。「王化」は出生直後、すでに外見に現われていたのだという。それもあって生後すぐに「兄」は「島」へ戻された。

 その子どもは「王化」に耐え、さらに個々の異能力の高レベル発現に耐えられるほどの並はずれた生命力を生まれながらに有していたが、「島」ではさらに秘儀を用いて「兄」の生命力増強をはかったらしい。そうして「兄」は未だかつてないほど強力な身体強化と「王化」を体現した、最もハイブリッドチルドレンに近い男性体となった。ただし能力レベルの高さに見合って攻撃性も高かったという。


 私が祖母から(ぬえ)(さげす)まれたことを考えると、同じ複数の異能持ちであってもいろいろなんだな、と思う。私の場合、異能を複数持っていても、脳内の記憶領域の拡張と精神干渉以外はさして異能として機能していない気がするが。それにしても「王化、王化」とちやほやされるのはちょっとうらやましくもあるが、仕上がりがあれじゃあねえ。()えたばっちい気配を引きずるねちっこい嫌なヤツを思い出した。残念至極といえよう。

 「島」の人々は「王化」した「兄」の凶暴さに手を焼いたそうだ。ハイブリッドコードキャリアが減る一方だった「島」でただ一人対抗し得たのがケイさんだったのだという。


「俺の異能力はヤマアラシの獣化ひとつだけだったから実験結果としては失敗なんだが、獣化レベルが高かったこともあって、あいつが暴れるのを抑えるときに重宝された。だからあいつに嫌われているのは分かってた」

「そのお兄さんが、私のいうばっちい嫌なやつと同一人物だとして、ですよ。どうも内部事情に詳し過ぎるんですよね」

「やはり俺を」

「そうじゃありません。あなたからお兄さんに情報が漏れるとは考えにくい。あの人、あなたのこと苦手みたいでしたし」

「そうなのか」

「ええ。いいにくいんですが、あなたのことを『ネズミ』と呼んでました」

「じゃあ間違いない。あいつは俺のことをそう呼ぶから」


 これで確定だ。饐えた気配の主はケイさんの「兄」だ。



 軽く渋滞に巻きこまれたりしたものの、おおむね順調に走り、高速道路から一般道へ移動した。

 住宅街や畑など、今までと変わらない街並みのようでいてだんだんと住宅やビルの密度が高くなっている。こうして見ると、同じ県内でもほぼ東京寄りのこのあたりは多々良が浜とずいぶん雰囲気が違う。やがて車は公園の駐車場へ入った。


「ずっと走り続けだったから、疲れたろう。河川敷で休もう」


 ケイさんに手を引かれ、児童遊園を抜けて道を渡ると視界が開けた。

 県境の川に着いた。



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