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「こ、これは……どういう状況なのかな?」

 この状況で肩の力を抜き、警戒心を解いた浩明に慶が切り出す。

「開き直りの口封じ、正気の沙汰では有りませんがね」

 やれやれと肩を竦めて答えると、慶の隣にいた凪が呆れ顔で言った。

「どっひゃ~、古典的な悪人のやる事ね」

「まさしく三流のやる事。容易に末路が想像出来ますねえ。最も、どんな事をされようがやる事は変わりませんが」

 冷淡な笑みで酷評すると同時に、凪に指示した通りに通報を促す。

「ちょっと二人とも、この状況でなんでそんなに落ち着いてられるのよ」

 自分達の口を塞ごうと武力行使もじさない相手に対して、平静を保つ浩明と凪は明らかに異質だった。何か策があるのかと考えていたが……

「だって、星野相手に、この三人がどうこう出来るわけないじゃん」

 その言葉に絶句した。目の前で不敵に口許を軽く吊り上げた笑みを浮かべた少女は、星野浩明に絶大な信頼を置いているようだ。編入してからの短期間でここまで信頼できるとは、この二人の間に何があったのだろうか。

「確かに、師匠クラスの大物ならともかく、三流クラスの馬鹿者ですからねえ」

「き、貴様あああぁぁぁ!!」

 そして、自惚れとも取られる浩明の、絶対的な自信はどこから来るのかと呆れてしまう。何を喚こうが相手にする価値もないという二人の振る舞いは、当然の如く小早川の怒りを買い、浩明に殴りかかる。それを予想していたようにかわして背後にまわると、腕を掴んで捻りあげて、凪に指示を飛ばす。

「灯明寺、ちょっと手が離せないから通報しといて。殺人未遂犯から暴行を受けてますってな」

 想定通りの展開に、凪は「ほ~い」と、既に取り出していた携帯端末を操作する。勿論、星野の指示通りに通報する為だ。

 最初からこうなると分かっていた事だ。

 結城康秀を手玉に取り、公衆の面前で格の違いを見せ付けるという離れ業をやってのけた男だ。教師一人がいるとは言え、星野浩明が彼等の前に地を這う姿など凪には想像する事が出来ない。そう断言できるほどの実力をこの男は隠している。だからこそ凪は何があろうと安心して浩明に身を任せられる。例え、操作していた携帯端末の上半分が吹き飛んだとしてもだ。

「あら?」

 呆気に取られた声で吹きとんだ方の反対側を向く。何かしらの攻撃魔法を受けたのは確かだ。

「灯明寺、余計な真似はするなよ」

 術者を見ようとした凪の視界に入ったのは、コンバーターに手を添えた明美の姿。起動構築を終えていつでも起動トリガーを発動できる姿は正しく脅迫者のそれだった。

「形勢逆転だな。星野」

 勝ち誇ったように下品な笑みを浮かべた顔は始めて見せた時の魔術科も普通科と分け隔てなく接していた姿などもはやどこにもなかった。これが彼女の本当の姿のようだ。とんだ猫の皮を被っていたものだと感動すら覚えてしまう。

「形勢逆転……とは?」

「少しでも動けば、お前の相棒がどうなると思う?」

 聞き返した浩明に、主導権はこちらにある事を理解させるよう口を開いた。

「成程、それは確かに困りますねえ」

「分かってもらえて何よりだ。さぁ、星野、秀の手を離してもらおうか。でないと」

 橘の言葉に、明美がコンバーターを添えた手を凪に向ける。鬼の首を取り、浩明よりも優位に立ったと錯覚し脅してくる。

「ですが、仮に手を離しても、簡単に帰してもらえそうにはないですよね」

 仮に、浩明が三人の言いなりになれば、全てを知りすぎている自分達は消される。抵抗しても、自分達が人質に取られた状態ではまともに相手出来るとは思えない。どちらも地獄だ。

「心配せずとも、無事に帰してやるよ。まぁ、お前達の態度次第……だがな」

「そうですか」

 動揺と不安にかられた二人と、自分が取るであろう行動を見越して肩を竦めた凪を一瞥して浩明が取った行動、それは橘の言葉に従って小早川を拘束していた腕を離す事だった。

 浩明の行動に、橘と明美は勝ち誇ったように愉悦を込め笑みを浮かべた。誰にでもアキレス腱は存在する。それは星野浩明にも同様だ。そこを突けば此方の思い通りだ。散々苦汁を嘗めさせられ、神経を逆撫で続けられた男が屈服する姿はまさに望んだ通りの光景であった。



「星野、よくもやってくれたな」

 浩明から解放された小早川は、その鬱憤を晴らすかのように浩明に殴りかかる。

「あいにくと、手は離しましたが、当たってあげるつもりはありませんよ」

 その手をはたいてかわすと素早く凪の前に立ち、上半分がなくなった携帯端末を持ったままの方の手を掴む。

「な、なによ?」

 握ったままだった携帯端末を掴み取り、無防備になった凪の手をまじまじと見詰める。

「ねぇ、一体なんなのよ」

 浩明に自分の掌を何度も見られ、指先を何度も握り続けられる事に、嫌では無いものの思わず聞いてしまう。

「どうやら怪我はないようですね。よかった……」

掴んでいた手を、愛おしそうに胸元で握り締めてポツリと安堵の声を漏らす。

「へッ!」

 自分の身を案じてくれる浩明の言葉に、凪は頬を一気に紅く染めてしまうも、浩明は「さて……」と凪に背を向けて、慶と橘の二人を睨む。背後で「ちょっと、アンタねぇ」と恨みがましい声と視線が突き刺さるが無視しておく。

「貴方方は自分が今、何をしたのか分かっているのですかね?」

 諌める物言いは静かに、そして最後の確認をするように聞く。

「何を……とはどういう意味だ?」

「己が目的の為なら、躊躇する事なく魔法を使い暴力で人を脅し実行させる。そのような卑劣極まりない事をしている事にですよ」

「き、貴様……自分の立場が、分かっていないようだな」

 脅されているのに厚顔不遜な浩明の態度、屈服させた筈の男の神経を逆撫でる言葉に橘の顔が険しく歪む。

「立場? 私はただ貴方方が自分の意思でこのような行為に至ったのかと聞いているだけですよ」

 噛み合わないやり取りに先に小早川が動いた。

「さっきからごちゃごちゃごちゃごちゃと、しゃくに障るんだよ。思い通りにいかない奴を脅して何が悪い! おとなしく耀子さんの言う通りにしてればいいんだよ」

「成程。是非もないようですねえ」

 正気の沙汰とは思えない言葉は、浩明の取るべき行動と、彼等の末路を決めた。




 腕を胸の前で交差させてから構える。

 星野浩明が魔法を発動させる時には殆どといっていい位にそう構える。コンバーターに手を添えて魔力粒子を変換して起動する魔術師のそれとは違う構えは、浩明が敵に回した相手に対して取る構えだ。

「な、なんだ星野、その構えは」

 構えた浩明から出てくるのは殺気にも近い雰囲気、人質を盾に脅されている筈の人間から到底、出てくるものではない。

「き、貴様、後ろにいる奴等がどうなってもいいのか?」

 浩明から放たれるそれに耐え切れなくなった小早川がコンバーターに手を添えて構える。

「先輩方はひとつ勘違いしてませんか?」

「何?」

 淡々とした口調に、一瞬、凪達に向けられた腕が下がる。

「たかだか数人の人質を取った位で、先輩程度の魔術師が私を思い通りに扱えると、本気で思っていたのですか」

「な、き、貴様あああぁぁぁ!」

 徹底的に見下された事に一度は下げたコンバーターが浩明に向けられる。

「秀、明美、手始めに星野を血祭りにしろ! なに、抵抗されたとでも言えばなんとでもなるわ」

 橘から発せられた二人への号令と同時に浩明に向けて魔法で構築された風の刃と炎で形成された魔力弾が放たれる。

「星野!」「星野君!」「星野君」

 星野を案じるように凪達から声が聞こえるが、次の瞬間、その声が止まった。何故ならそんな状況でも浩明は臆する事無く構えていたからだ。そして、次に取った行動で息を呑んだ。

 無言で振り上げた右腕で風の刃を叩き落とすと、次に迫ってきていた炎の弾を左手で受け止めていたからだ。

 三人の顔が驚愕に変わったのを確認すると、炎の弾を握りつぶし、反撃に転じる。

 使うカードは当然、炎熱蹴り。炎を足に纏わせると一歩、二歩と床を踏み抜き、高く飛ぶ。低い天井に手を当て、曲げた腕を伸ばす。狭い部室、足りない助走距離の代わりに天井を使った反動で出来た勢いで小早川の胸元に照準を合わせて蹴り抜く。蹴り飛ばされた小早川は、同じ直線上にいた明美を巻き込んで、壁に激突して止まった。

「わお、なんて素敵なヒーローキック」

 蹴り飛ばし終えて、小早川のいた場所に着地した浩明に、凪から感嘆の声が漏れる。

「星野君、やり過ぎだよ」

「どんだけ魔力粒子を変換させてんのよ」

 続いて慶と絵里から注意と驚愕の声が出る。

 最も、小早川は、蹴られた衝撃で失神しており、制服の前半分が焼け爛れて未だに煙をあげており、巻き込まれた明美は、コンクリートの壁と小早川に潰されて、口から血を流して気絶している。内臓に何らかのダメージを受けたのが容易に想像出来る。

「星野君……過剰防衛って言葉、知ってる?」

「次は容赦無く潰すと言った筈ですが。まぁ、温情措置を自ら投げ捨てたんですから自業自得ですよ」

 敵に対して容赦という言葉は持ち合わせない。徹底的に潰す。しかし、星野浩明はそれだけで済ませる男ではない。

 蹴り飛ばした二人を一瞥すると、橘の方を向き、一歩ずつ歩み寄る。

「お、おい、星野。な、な、なんだ、何をするつもりだ?」

 自分に向けられた浩明の視線に、恐怖を感じて後ずさる。浩明のやり方を実際に目の当たりにした事もあって、橘が平静を崩すのは当然であろう。

「や、やめろ星野、お、お前、自分が何をしようとしているのか分かっているのか!?」

「少なくとも貴方方よりは分かっているつもりですよ」

 背中に壁が当たり、逃げ道がふさがれても、躊躇する事なく、一歩、二歩と近づく姿に、遂にその美貌を歪ませ、目から涙を流して無我夢中で浩明の足にすがり付いて命乞いを始める。

「た、助けてくれ、星野。私が悪かった。許してくれ!」

 数分前の暴力で脅し、見下していた姿はそこにはなく、教師が教え子に謝罪して、救いを求める。惨めで奇妙な光景が繰り広げられていた。しかし、ただ黙って見下ろす浩明の姿に謝っても済まされない事を悟ったのか、懐柔策に出た。

「や、やめてくれ星野。そ、そうだ、わ、私と手を組まないか。お前と私が組めば、この学校で思いのままだぞ」

「貴方は、自分のした事が本当に分かっているのですか!」

 嗚咽を漏らしながらすがり付く橘の服の襟を掴んで立たせ、胸元を掴み直して睨み付ける。

「教師という立場にありながら、教え子と妹を、力を振るい脅す事に疑問すら抱かず迷う事なく実行する。そんな化け物にしてしまった事を悔い、反省する事ではないのですか」

「ば、化け物?」

 浩明の叱咤に、橘が言葉を詰まらせる。

「よく、目を開いて見たらどうですか! 自分の欲望の為に妹と教え子の未来を奪ったという現実を!」

 掴んだそのままに、橘の顔を蹴り飛ばした二人に向けさせると、彼女は現実から目を逸らそうとしてうろたえ始める。

「ち、違う。私はただ……」

「違う? 現実を目の当たりにしてまだその言葉が出てくるとは、成程、成程、どうやら見誤っていたようです」

 現実を受け入れようとしない橘に対して、浩明は冷たく、橘が受け入れたくないであろう現実を言葉にしてぶつける。

「人を化け物へと変えたあなたが人間である筈有りませんでしたね。未来有る人間の将来を奪ったあなたは、人の皮を被った悪魔、いや犬畜生にも劣る化け物ですよ」

 ようやく現実を受け入れた橘は小早川と明美の前に膝をついて踞って嗚咽を漏らし始めた。



 

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