第九話途方のない旅=余生
いくら主人の身の回りの世話が完璧でも、食事である以上味の悪い奴に意味はなく、居場所はない。当然の摂理です。例え話ですが、不味い料理屋が軒を置き続けたことなんてただの一度もないのですから。
「血も伴わないといけないんですから、いくら使用人として出来が良くたって、皆さん血を求めてますから」
「そっか。これから実家に帰って、吸血鬼とは一切関わらないように暮らすんだ」
「……他に当てもありませんし、今のご時世、人間でも使用人を雇っているところなんてないでしょうから」
吸血鬼の皆様から願い下げでしょう。そうでなければ、点々とした中で一人くらいは手を差し伸べてくれたはずです。
しばらく沈黙が流れて、クリスカさんは問います。
「誰も恨まなかったの?」
「恨むなんて、とんでもない。立場が違いますから」
「でも、それだけ捨てられ続けたら、吸血鬼の事を恨むのは当然ではなくって?」
「すべて、私が悪いんです。期待に応えられないダメな娘だから」
棄てられる痛みは知っています。だからこれ以上、その槍が突き刺さり続けるのならば、いっそ離れて静かに人間としての長い余生を全うしたい。
悪い噂はすぐに回ります。現に七見家の長女は、と囁かれていたのを私は耳にしました。
私の父も、その噂を耳にしているはずです。だから私は家族の皆から嫌われてしまったのかもしれません。少なくとも、かつての主様から直接小言を言われていた父は、きっとそうなのでしょう。
一家に泥を塗り続ける地獄から抜け出せるなら、実家でひっそり培った技術を存分に振舞えるなら、それでいい。甘んじてその運命を受け入れたい。
いや、もう選択肢なんてないのかもしれません。これしか道は。
袖で目元を拭って、立ち上がった私は、静かに別れを告げようとしていました。この短い旅で見えたのは己の惨めさだけでした。クリスカさんはきっとこんな話を聞くために付いてきたわけじゃないし、続ける意味などもうどこにもありません。
自己解釈で勝手に決めつけて、背中を向けました。一度立ち止まって、さよならを発そうとしたとき、彼女が引き留めました。
「待って」
「……もう旅は終わりました。クリスカさんの要望とは離れてしまいましたけど、こんな無様な私に用はないでしょう?」
「私の旅をあなたが勝手に決めるのは許さない」
「……どうしてですか」
強張る金鈴の声音。クリスカさんの方へ振り向くと、その表情は明らかに不快感を示し、私の意思なんて無視するようです。
「逆に問うわ。なぜ終わりなのか」
「終わりです。私の事はすべて話しましたし、戻らないといけませんから」
「戻らないといけないから? それがあなたの意思なの?」
「その、意思というか」
今までの話、聞いてました? そう問い詰めたいところですが、間髪入れずにクリスカさんから追及を受けます。
「あなたの意思なら、引き留めはしないわ。けど、仕方ない、全て自分が背負っていれば、何も問題なんて起きないと思っているなら、今なら考え直せる。それにこの旅自体は私が嗾けたこと、あなたが勝手に終わらせるなんて許さない。次の目的地まであなたを連れて行く」
「……強引ですね」
「でないと、貴方の本音が知れない気がするから」
放っておいてほしいですが、抗ってもしがみついて話さない気配をそれとなく察したので、もう止めません。
結局、私の実家に辿り着いた時点で、門前払いを受けるだけでしょうから。嫌な気分になるのは自明です。
「じゃあ、私行きますから」
あとは何も語る口を持ちません。それでもついてくるというのなら、私にはどうしようもできないことです。
クリスカさんも立ち上がって、その後ろを少し離れたところで追ってきます。まるで、餌をおねだりする野良猫のように、その相貌は一転して和やかで、とても不愉快でした。
二人で文化村を後にして、一路新たなお屋敷へ旅立った私でしたが、運命の悪戯は逆転どころか天地を入れ替えたような予想だにしない場所へ連れて行ったのです。




