第五十五話 血の盟約
そして私達は血の盟約を交わしました。
方法は簡単で互いから抜き取った血を輸血するというだけです。互いの血を混ぜ合わせて永遠を誓う。交わせば吸血鬼は太陽への免疫と半永久の命を手にすると、主様が耳元で囁くように言いました。
「けれど、急激に変質した血は私達吸血鬼にとっては少し危険なものなの」
私は首を傾げます。
主様の体温が触れ、その色香を吸い込んだ身体はもう自由に動かせません。太い採血用の針で200ccほど血を抜いたのもあるけれど、同性なのに惚れ惚れしてしまう美麗に、今にも理性の箍が外れそうです。
きっと吸血による快楽がそう本能に刻み込んでいるのです。
「変化が激しかった故に生じる弊害。それは痛み。急速な変化を遂げた血液は吸血鬼にも多大な負荷を掛ける。耐えられなかったら私は」
「わかっています。その時は私も受け入れます」
「だからね。一つだけお願いがあるの」
「なんでしょう?」
「もしね。私が死んでしまったら、この唇にキスをしてほしい」
「キス……ですか?」
「そうキス」
スキンシップかもと考えましたが、主様の頬は紅潮していました。
「美喜恵さんへの片思いはどうしたんです?」
「れ、恋愛感情じゃない……わよ」
「照れてる。主様照れてる」
「意地悪しないの。というか、最後かも知れないからお仕置きしておこうかしら」
「えぇ……存分にしてくださいまし」
「抵抗しないの?」
「はい。もし、これで最後であるなら、喜んで受け入れます。大好きな主様のお仕置き」
「……はぁつまんなーい! ヤメよヤメ。百歳迎えた一番最初にしてやる」
「そうですね。なんか私もしんみりしたお話をすいません」
主様に笑顔で応えて、私は主様の血を、主様は私の血を注射器で打ち込みます。繋がれた管が透明から赤色に模様を変え、さながら私達を繋ぐ運命の赤い糸のようです。
腕から主様の冷たい血が入り込んでくる。主様を成す肉体の一部が私の物になっていく。その感覚がとても心地良い。
今までの私が消えて、私と主様の一部に書き換わっていく。二人の血が一つになって、互いが互いで居なくなる。けれど怖くはない、そんな不思議な体験が頭に焼かれていく。
そしてふわりとした浮遊感。意識が果てのない何処かへ連れ去られようとしたとき、風船のような私の精神を繋ぎ留めたのは主様の手でした。
繋がれた左手。冷たいけれど暖かい、事実と現実が矛盾したその手。ぎゅっと力が入った時、思考をすべて引き戻して私に認識させます。
主様は戦っているんだ。答える様に両腕で私を緩やかな稜線の胸に引き寄せて、閉ざされた扉の向こう側へと踏み込もうと主様の手を引っ張ったのでした。
「おやすみなさい……クリスカ」
「光莉?」
安心させるように囁くと、主様は心底驚いていました。
……だって最後かも知れないのだから、救ってくれた人の名前くらいは呼びたかったのです。
そうすれば身体を走る焼けるような痛みが、柔らかいお仕置きに変わるような気がしました。
そして夜が過ぎ、満月の下で主様は——。
「ねぇ光莉。起きなさい」
開け放たれたカーテンの前には瞳をキラキラと輝かせた主様の出で立ちがあって、朝日に陰るシルエットはあまりに現実離れした光景でした。
寝ぼけた私は眼を擦って視界の霞みを晴らして焦点を合わせます。
神々しく燦然と輝く彼女の面影。私の血が役に立った。一人の命を繋ぐキーになったことに感無量で身体を震わせて涙を流しました。
「太陽ってこんなに温かかったんだ」
「……そうでございます。主様」
ギュッと抱きしめて私は泣き笑いを見せます。そして主様は屈託のない笑みで私の首筋に嫋やかな口づけをするのでした——。




