第三十九話 あの子らしいわね
用意された料理に舌鼓を打ちながら、私はクリスカさんと出会ったきっかけや場所、どんな雰囲気だったかの顛末を事細かに話していました。
「あの子らしいわ。好奇心のままに人と仲良くなるの」
物凄く的を得ていて深く頷きます。私をこうして拾ってくださったのはまさに高速列車のホームで涙を流していた姿に手を差し伸べてくださったからなのです。
「私はクリスカさんのおかげでとても救われたんです。家が代々吸血鬼に仕える従者を排出していた一家で、慣例にならって私もその使命を全うしようと思ったのですが、私の血の味は最悪なようで、初めての吸血で使用人をクビになることが多かった」
「それも酷い話よね。血の質だけが人間ではないのに」
「そうかも知れません。でも吸血鬼の主様達にとって血の安定した供給は死活問題、ライフラインの一つです。人間は意志や人格、人権を持った食材。吐いて捨てる程の人、つまり食材があるのなら良質なのが最低条件になります」
同情を肯定的に受けつつも、現実はそうでないことを言うと、美喜恵さんの顔は曇っていきます。
しかし本質は人と一緒で、普段スーパーや市場で食材の品定めをするように、吸血鬼も人間を性格や能力、血の質で評価し、使用人や眷属として適正があるかを見極めて屋敷に置くのです。
何も吸血鬼に限った話ではない。私は理解しつつもあの何度も咽るような過酷な日々を思い出して唇を噛みます。
「終わったことですから、幾ら足掻いたってもうどうしようもない。理解していますから私は」
恨んでなどいません、その言葉を思い起こしたとき途端に詰まりました。
心の底からこれまでの仕打ちを恨んだことなどなかったはずなのに、いざ言葉にしようとすると頬を一粒の煌きが伝っています。
そもそも根本、本質は吸血鬼や人間という種族の問題ではないかも知れない。捨ててきた個人に対する怒りや憎しみという感情。
「どうしてだろう。泣きたくないのに」
分からない。焦点も合わない視線で薫さんと美喜恵さんを交互に見つめて言葉を、泣いている理由を問い掛けるように視線を向けていました。
「泣いていいのよ」
足音を殺して接した美喜恵さんが私を胸に抱き寄せます。
「泣きたいときは一杯泣きなさい。涙を我慢することなんてないの。溜め込んで吐き出せずに抱えていると、いつかっ自分に返ってくるから、いいの。辛いことを思い出させてしまってごめんなさいね」
力強い抱擁。言葉にならない嗚咽で、ありがとうと答えます。
生きている。心臓の鼓動がする。温かくて強い脈拍は冷たいクリスカさんのとはまた違う安心感がある。私は人間であることを再認識させられます。
「突然、こんな距離感を見誤ったことされるのは嫌いだったかしら?」
「とても暖かくて、癒されました」
「なら良かった。こんな私で良ければ何でも相談に乗るから教えて頂戴」
「じゃ、じゃあいいでしょうか」
「えぇ。勿論」
促されて私は秘めていた悩みや想いを打ち明けることにしました。
「クリスカさんと旅をする前、私は彼女から対等だと言われました。けど、イマイチそれがわからなくて困っています?」
「それは——どうして?」
「私はクリスカさんの一族に仕える使用人です。だから対等という関係は畏れ多いと言いますか、想像に難くてどうしたらいいのでしょうか」
たびたび口にする言葉です。薫さんにそう念押しして言っていたのは記憶に新しい所で、しかしそれを彼女は感覚的に呑み込んだように見受けられます。
かくいう私も努力はしています。クリスカさんが本音を望むならそれに応え、隠すことなくすべてを打ち明けているつもりです。
でも、対等ではないとクリスカさんは言います。
「多分、対等という意味の取り違い、相違だと思うわ」
「相違?」
「変な気を遣わなくていいとか、多分口にすることはだいたいわかるわ。彼女はね、昔から一人だったの。使用人の人達はいるみたいなんだけど、その方々もほっぽり出して旅に出てるからずっと一人。畏怖と敬意である意味差別され続けているから同じ立場の友達が欲しいのよ。あの子の青春ってやれ戦争だ純血の継承だーってシガラミが多かったから」
外見は年頃の乙女。裕福が故に青春を謳歌できなかったから、形だけでも平和になった世界を旅してみたい、外へ出て誰も知らない街や場所で人間関係を作りたいと思ったのだそう。
私には想像もできません。親の敷いたレール、始まりも分からない先代たちが築き上げた誉高い地位を守ると、母のように凛として使命を全うするのが夢だった己とは、あまりに異質過ぎたから。
ようやく腑に落ちる答えを導いて貰えた気がします。けれど、自分の遣る瀬無さにも苛まれていました。
「ありがとうございます。けどごめんなさい。本当はその答えを自分で見つけなきゃいけないのに」
「その姿勢が大事」
「え?」
「これは私の勝手な想像だけれど、貴方はきっと一人で何でも背負いこんでいなかったかしら?」
息が詰まって言い淀みます。見透かされたようで、私は眼を泳がせてから一度深呼吸。
「……そうですね」
首肯して目配せしました。
「相談できる人もいないように思えたし、何より私が弱音を吐いていたら周りの人達が不快な気分になるんじゃないかって、とても怖かった。でもクリスカさんとの旅で変わってきたような気がします」
「あの子には人を変える力があるの。まぁ私は梃子でも動かなかったけれど」
懐かしむように遠くを見つめて美喜恵は呟いた。




