1-3 少年と神々と対話
神々とユウゴが対話していたとき、ツヅルに起きていたこととは?
自分にできることなど無かった。
自分は無力で無知で、足手まといだった。
だから、魔物達が村を襲ったときに何もできなかった。
明日になれば洗礼式で、村の友達と一緒に参加して、配られるお菓子を食べながら楽しんで、普段は鉱山で出稼ぎをしているパパも家に帰ってきて、ママも一緒に三人でご飯を食べて、最後は村のみんなで花火を上げてお祝いをするって。
でも何も叶わず、何にもならず、奪われるだけ奪われて、全てを失った。
「絶対に声を出しちゃ駄目。魔物の声が完全に聞こえなくなったら出てきてもいいから。できるわね?」
「パパとママが必ずお前を守ってやるから。ツヅルはここで大人しくしているんだ。明日は大切な洗礼式なんだ」
「ツヅルには、元気で明るく生きていて欲しいから。だから、ちゃんと待っているのよ」
「ツヅル、どうか幸せになってくれ」
結界石が力を失って村の中に魔物が押し寄せてから一緒に逃げ、傷つきながらも庇ってくれた親の言葉を大切に、暗く閉ざされる地下倉庫の中で仄明るいランプだけを頼りにツヅルは膝を抱えて必死に堪えた。
どれだけの時間が過ぎたかわからない。
外の音も、人間と魔物が争う音が消えて、魔物達の雄たけびや声だけが村に響いた。泣きたくても泣けない。泣いたら声が出てしまうから。親との約束を破ってしまうから。必死に気持ちを押し殺して、ただただ嵐が過ぎるのを待つしかなかった。
その日、ランプの明かりが消えた。
暗闇となった空間に押し潰されそうな気持ちが悲鳴を上げ、それまで堪えていた涙が瞳から零れ落ちる。嗚咽のような悲鳴の泣き声と共に。
親から言われたことを破ってしまった。
それも考えたが、しかし、一度溢れ出した感情は止まることを知らずに零れ続ける。
『大丈夫だ。……助けに来たぞ』
光と共に現れた男は騎士団の団服を纏い、暗闇から引き上げるように手を差し伸べた。
その手を取れずにいたら抱きしめて、ずっと一人だった体に人の温もりを伝えてくれた。
『……怖かったな……苦しかったな……辛かっただろ……?……大丈夫だ。……オレが来たから、オレが守ってやるから、な?』
少年にとっては熊の様な大きさにも感じられる青年は、一言一言言葉を選びながら、少年が落ち着くように、少年を壊さないように包み込むように抱きしめてくれた。
『オレがお前の兄ちゃんになってやるから、兄ちゃんが守ってやるから』
『それが嬉しかったのですね?ツヅルは』
光の中で、自分の心と神々の心がシンクロして問いかけられる。その場にいるユウゴもアラムもリゼも認識できない中、会話は続く。
『あのとき、お前もわかっていたのだろう?もう父母はいないと』
外の音から人間の声が聞こえなくなってからその思考には至った。しかし、不安に押し潰されると本能が理解したから、その思考を切り捨てた。
『……ぱぱぁ……ままぁ……』
思い出し、消え入りそうな声で大切だった家族の名前を呼ぶ。
家にはたまにしか帰ってこれないけど、カッコよくて頼りになって、優しくて、家族を守る為に一生懸命だった父親。
父親が不在でも家を守って、優しく、ときに厳しく、きれいで、穏やかながらも凛としていた母親。
両親のことが大好きで、甘えん坊と言われても抱き付いたり手をつないだり、友達にも最高の親だと自慢して。
その二人がもういない世界はツヅルの中では、もう元の世界ではなかった。その中に一人取り残されて、自分が在る意味など分からなくなっていた。
だが、一人の、見ず知らずの、それでも知っているような温かさで家族になってくれると言ってくれる者が居た。
『お前の世界はあの小さな村の中で、その世界も一度壊れてしまった』
『ここにいる者達は皆、ツヅルが新しい世界で生きていくことを望みました。幼き貴方に未来をと、希望をと』
『我々神は本来、世界の個に対して干渉は行わぬ。全ては流れのまま、全ては理の中の出来事。人間が栄えようとも魔物が栄えようとも、それが世界の個達が導いた答えであれば関与はせぬ』
『ツヅルの世界だった者達の想いや無念。ツヅルの生を望む者達の祈り。その純粋な気持ち。偶然かもしれませんが、その声が我々に届いたのです』
ゼフロスとアルリヒトがそれぞれに言葉を繋げていき、そして問いかける。
『憎しみを持って戦いたいか。悲しみを持って静かに生きたいか。希望を胸に生きたいか。それとも、この世界からも消えて、父母の魂の下へ行きたいか』
『選びなさい、ツヅル。貴方の道を。我々は貴方の選択を尊重し、祝福します。しかし、選択にはどんなことであれ代償があることも世の理。それを受け止められますか?』
投げかけられる選択。
父親と母親に会えるなら、それが一番幸福なことだろう。
自分の世界を壊した魔物に復讐をしたい気持ちも無いわけでもない。
何もせずに、何も失うことの無いよう静かにただ生きたい気持ちもある。
自分だけが生き残ってしまったことを後悔している幼い心に、楽になりたいという気持ちが積もっていく。
『ツヅルには、元気で明るく生きていて欲しいから』
『ツヅル、どうか幸せになってくれ』
しかし、両親が自分を守る為に残した言葉が脳裏に蘇る。大変で極限の状態なのに優しく、落ち着いた声でツヅルを包むように贈られた言葉が。
『オレがお前の兄ちゃんになってやるから』
初めて会った自分を気遣って、自分の為に生きてくれると言ってくれた者もいた。慣れていないような優しさを頑張って搾り出す騎士の青年は、不器用ながらもカッコよく、温かかった。
『ボクは…………希望がほしい…………。パパもママも、ボクの幸せを願ってくれたんだ。お兄ちゃんも、ボクを守ってくれるために、優しくしてくれて……。だから、ボクは希望がほしい!ボクも、誰かの希望になりたい。そのための力がほしいです!』
ツヅルは意識の中の神々に強い意志が込められた視線を送った。
『そうか。ならば、希望と調和、風と光の力、受け取るがいい』
『力は人を惑わします。力を手に入れることは、痛みと苦しみも受け入れるということ。貴方は折れず、希望を胸に生きて下さい』
言葉と共に差し出された二人の手が、意識の中のツヅルの胸に当てられる。
強い熱が全身を襲う。それは体の中で渦巻き、細胞の一つ一つを破壊し再生させ、力を受け入れる為の器へと作り替えていく。
激流のように変化する体への違和感と、全身を駆け巡る暴力と呼べる力の奔流は、ユウゴに抱きしめられている次元の体にも作用し、苦しみを他者に訴える。
この痛みも、この苦しみも、今までのツヅルの世界が背負っていたものであり、ツヅルの世界からの贈り物だった。
村の皆の希望は、明るく、平穏に、誰も悲しまず、幸せに過ごすことだった。静かで穏やかな日々が続くこと。
その希望を紡ぐための力。
涙を流し、想いを受け止め、それでも受け止めきれずに挫けそうになる。
決めたのは自分。それでも、今まで味わったことの無い、普通に生活していたらまず味わうことは無い痛みは、幼い少年の心を折るのには十分だった。
『俺がずっと支える。兄ちゃんがお前をずっと支え続ける。…………ツヅル、受け入れろ。―――お前の中の希望を。力を―――』
そんなときに意識の外から聴こえた強い言葉。優しい言葉。伝わる人の熱。
それらを意識した瞬間に体の中の力が一点に収束し、そして、体が神々が与えた力の痛みと苦しみから解放される。
『―――汝らに、我らの仔らに祝福を―――』
神々の声は祈りだった。せめて彼が、彼を大切に思う彼らに幸せがあらんことを。
神でも、運命を操作することはできない。だからこそ、個の力で掴み取っていくことを祈ることしかできない。
『我々の力の欠片。貴方の願い。貴方の世界だった者達の願い。貴方を見守る者達の願い。その力の結晶、聖樹の槍。それは貴方の成長を糧に、貴方と共に成長します。聖樹の槍の特性は対話と癒し。そして、力として揮えば暴風のように貴方の敵を打ち倒すことが可能でしょう。その力で、世界に希望と調和をもたらさんことを―――』
神々の言葉を聴いて自分ができることを理解し、そして、心の中で消えゆく二人の神に礼をする。
目が覚めたら、ユウゴさんになんて言えばいいんだろう。
神様が力をくれたことをちゃんと言わないといけないかな。
まだ助けてくれたお礼をちゃんと言えていないな。
まだ、お兄ちゃんって呼んでいないな……。
そんなことを思考しながら少年は深い眠りに落ちていく。
R-15指定にはしているものの、それっぽい描写が未だに出てこないという状態。
正直、R-15描写がどこまで許されるかにもよるから迂闊に書けない部分もあるけどどうなんだろうと、興味はがっつりある。
ツヅル以外の騎士達は基本大人ばっかりだから、なんとなくそういったことも書いていきたい今日この頃。
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