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大人になれない少年と王国騎士  作者: 高丘楓
第三章:旅路に見る夢

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3-4 少年と瘴気と意思と

 スプリア渓谷の夜は冷える。夏ならば程よい涼しさで過ごしやすいのだが、季節はまだ春だ。

 観測拠点は結界石で守られているとはいえ寒さまではどうにもできず、ツヅルはユウゴと同じ布団に入ってその寒さを凌いでいた。寝る前はエイダンが一緒に寝ようとしていたが、ユウゴよりかしっかりとした体つきのエイダンとではベッドのサイズが足りなかった為に断念するしかなかった。


 ユウゴの腕を枕にして胎児のように丸くなりながら眠るツヅルを意識してか、ユウゴは姿勢を変えずに眠っている。


 朝ツヅルが目を覚ました時にはもうユウゴとエイダンは起きて支度を整えていた。

「おはよう、お兄ちゃん、パパ。…………寝坊してごめんなさい…………」

「おはよう、ツヅル。寝坊じゃないから安心しろ。ここまで野宿続きだったんだ、ゆっくり休めたか?」

「うん!お兄ちゃんと寝たからあったかかった!」

「そうか。ならよかった。とりあえず着替えて出掛ける準備をしろ。今日は瘴気溜まりまで行くからな」

「うん」


 観測所が用意してくれていた寝巻用のチュニックを脱いで、ツヅルは昨日のうちに洗濯しておいた旅用の服に着替えていく。

 昨夜観測所の温泉に浸かったことで体の汚れもきれいに落ちたぷにぷにと柔らかい肌が二人の大人の前に晒され、そして隠されていく。

 ここ数日見慣れた格好になったツヅルは、いつものようにバックパックを背負おうとするが、それをエイダンが止める。

「瘴気溜まりはここから二時間ほど歩いたところだ。今日はそんな大荷物はいらねぇから、代わりにこっちの小さい荷物を持って行け。と、その前に、ここのやつらが朝飯準備してくれてるから、しっかり食べるぞ」




 食べ終わってトイレも済ませ、三人は玄関でクレアとの打ち合わせをする。

「昨日の段階で瘴気溜まりの危険度は例年通り、まだ魔物が集まる程では無かったみたいです。とはいえ、野生の魔物達も出るかもしれませんから十分気を付けて下さい。王国最強の戦士として名高いエクレウス様に何度も訊くのは失礼になるとは思うのですが、本当にこちらの騎士達を付けなくても大丈夫ですか?」

「あぁ。一応第三王子からの依頼でもあるから、今日は儂らだけで大丈夫だ。何かあったらそのときは協力を要請させてもらう」

「わかりました。では、気を付けて」

「あぁ」


 瘴気溜まりまでの道はある程度整備がされていて、迷うことなく予定の場所まで行くことができた。

「クレアが言っていたように魔物が集まるようなレベルではないな。だが……」

「あぁ。あと数週もすれば危険レベルまで行くだろうな。ツヅル、早速だが浄化できるか?」

ユウゴとエイダンは視線をツヅルに向ける。

 ツヅルはその二人の希望に応えるように頷き、背負っていた聖樹の槍の包みを外して構える。

 祈るように柄を握り締め、大地に語りかけるように手を添える。


 あの時と同じ。

 シタン村で起こしたあの奇跡と同じように。


 だが、ツヅルのお話しに答えたのは好意的な意思ではなく、言ってしまえば敵意だった。

 「やだ……、ちがうよ…………!」

戦いたいわけじゃない。

 戦いたくない。

 なのに…………。


 「だめっっ……!!」


 ツヅルの小さな叫びにエイダンは即座にツヅルを抱きかかえ、瘴気が渦を巻いて形を成そうとしている場所から距離を空ける。


 「ユウゴ、来るぞ。やれるか?」

「……ウッス……」


 魔力を含んだ精霊銀と呼ばれる特殊な金属を使い作られた手甲を拳に装着し、瘴気に向かって構えを取る。


 渦巻いていた瘴気が強い咆哮と共にオークとなり、抱きかかえられているツヅルに向かって敵意ある瞳を向ける。

「オーク……?瘴気が魔物になったのか?」

「気を抜くなよユウゴ。瘴気から生まれる魔物がまともであるわけがねぇ」


 直感が告げている。

 ただのオークにユウゴが負ける要素は一つもない。

 だが、このオークが放つ威圧感は、通常のオークの比ではない。サイズもだ。通常のオークの倍以上はある。このオークが、ユウゴやアラム達が苦戦したというブラッドルプスに相当するのを、エイダンは長年の戦士としての直感で感じ取った。


 丁度いい。

 ユウゴがどれだけ強くなったか見るのには。

 小さく震えるツヅルを抱きしめながら、エイダンは彼に見えないように笑みを浮かべる。

 ツヅルが瘴気を浄化できることは知っている。が、瘴気を魔物化させることができるとは聞いていない。

 どうやら無条件で、全てをリスク無しで浄化できるわけではないのだろう。検証できる事例が無さすぎるのも問題だ。何度か聖樹の槍の力を使ってみないと正確な判断はできないだろうが、エイダンは確信する。


 瘴気にも意思があり、ツヅルの言う『おはなし』に応じることもあれば反することもある。今回の瘴気は後者だ。

「大丈夫だツヅル。お前の兄はしっかり鍛えたからな。あんな敵なんぞすぐに倒す」

「でもぼく、おはなし、いやだって、だめだって……」

「人間も同じだ。話を聞いてくれる奴もいれば、聞かずに襲ってくる奴もいる。瘴気も魔物も同じだ。そこに意思があるのなら、な」


 お話を拒絶されて魔物を生んでしまったことに罪悪感を覚え、明確な敵意を向けられて泣くツヅルに、エイダンは諭すように話しかける。

 まだ幼い。幼いまま。

 だからこそしっかりと伝える必要がある。ツヅルがこれからの運命から逃げない為にも。

 オークはその咆哮で渓谷の木々を揺らし、ツヅルとエイダンを守る様に立ち塞がるユウゴに向かって走り出すと同時に、剛腕を振り下ろす。が、ユウゴを捉えることはできず、逆に隙を見せてしまう。

「当たるかッ!」

振りかぶった拳がオークの右肩を貫き、強靭な骨が砕けていく感触がユウゴの拳に伝わっていく。通常のオークの血とは異なる黒い血に汚れながら、血肉にめり込んで抜けにくくなる直前に拳を引き抜き、オークの体を踏み台にして跳ぶと一度距離をとる。


 万が一再生能力が高かった場合、拳ごと肉体に取られる可能性があった。見た目はオークでも、瘴気から生まれたということから特殊な個体であることくらいは想像がつく。

 幸い、再生能力が高い様子も無く、血が止まること自体は早かったが骨が再生している様子も無い。

「一気に畳み掛けろ、ユウゴ」

「ッス!」

エイダンの指示にユウゴは地面を蹴り飛ばし、オークの懐に一気に潜り込み、突きと蹴りの連撃をオークの肉体に浴びせ続ける。

 肉が抉られ、削がれ、黒い血を吹き出しながら抗えずに蹂躙されていくオークは、しかし違和感があった。


 「……アイツは魔物ですらねぇな。魔物になろうとしているだけの瘴気か……?」

手応えも、肉の感触も、骨の硬さも、溢れる血も、全てが生物のようで、しかし、根本が違う。

「ツヅル、お前は光のエンチャント魔法は使えるか?」

エイダンの問いに、ツヅルは胸に顔を埋めるように押し付けながら首を振る。

 だとすれば、少し厄介かもしれない。

 ユウゴも魔法が使えるが、火属性で、しかも身体強化にしか使えない。

「一旦引き返すか?だが、アレを放置するわけにもいかねぇしな……」


 「光よ、彼の者の力となれ」


 思考するエイダンの耳に凛とした女性の声が響き、直後にオークが激しい叫びを上げて痛みと苦しみを伝える。

 ユウゴの手甲が仄明るく光りながら、オークの体を溶かすように心臓の場所に突きいれられている。


 「ゴメンなさい…………」

オークが今際の際に伝えた声に、ツヅルは瞳に涙を浮かべながら謝る。


 消えたくない。


 オークが伝えたのはただそれだけだった。

 ツヅルを敵視したのは、ツヅルが脅威だと感じたから。ツヅルによって物体となり、存在を手に入れたから、その存在を消すことができるのもツヅルだった。

 ただそれだけだった。


 「オークの消滅を確認。瘴気も消えたぞ」

ユウゴはオークが光の粒子となって消えるのを見届けると、振り返ってツヅルを安心させるために報告する。

 が、ツヅルは泣き続けていた。

 怖さからではなく、罪悪感から。


 「アレは命なんてもんじゃねぇ。気にするな」

「でも……でも…………」


 「嫌な予感がして後から来てみれば、この渓谷には出ない筈のオークと戦っていて、エクレウス様が光のエンチャント魔法の話をしていて、戦っている君に使ってみたらオークと瘴気が消滅して。……一体何がどうなっているんだい?ユウゴ」

泣いているツヅルに近づけずにいたユウゴに、白地に青のラインが入った騎士団服に身を包んだ女性が歩み寄って声をかける。


 「クレアだったか。あの魔法は。…………ツヅルが持つ槍は瘴気を浄化する力がある。が、どうやら素直に浄化できるわけでも無いらしい。瘴気が魔物になることもあるみたいだ」

「なら、その瘴気の魔物を倒せば浄化か。わかりやすい仕組みだな」

「初めての浄化のときはこんなことにはならなかった。まだまだわからないことだらけだ」

「……でも、それを解明する為にこんなことが繰り返されたら、君の弟は大丈夫なのかい?」


 クレアからの言葉にユウゴは軽く息を飲む。

 対話ができてしまうからこその苦しみがそこにはあった。

 ブラッドルプスのときもそうだ。

 槍の力を使って圧倒していた戦いでも、苦しみの表情を隠せずにいたことくらいはわかっていた。


 ツヅルが戦うことに向いていない性格であることは、自分はここにいる誰よりも知っているはずだった。


 「クレア。……助けてくれたことには感謝する。が、ここで見たことは他言無用で頼む。……一応―――」

「期間限定の出向に関係しているのだろう?安心してくれ。この状況の特殊さを考えたら秘密にする意味も理由もわかるつもりだ」

「悪いな、クレア」

「いや、いい。気にするな。だが、そうだな……。貸し一つだ。今度どこかで会ったときには、食事くらい奢ってもらおうか」

学生時代のノリで笑いかけてくるクレアは、軽く握り拳を突き出す。そして、ユウゴは承諾したという意思を示すように、その拳に自分の拳を軽く当てた。


 「ユウゴ、撤収だ。ツヅルは儂が抱いたまま連れて行く。観測所に戻るぞ。ピクター隊長、ご助力感謝する。そいつも言ったと思うが、この事は―――」

「他言無用、ですね。わかっています、エクレウス様。ご子息もお疲れのようですし、先に観測所に向かって下さい。殿は私が務めましょう」


 泣いてうずくまるツヅルを抱き上げてエイダンは歩き出す。

 ユウゴはツヅルとエイダンに危険が無いように先を歩き、魔物が出ないかを警戒していく。


 クレアは瘴気溜まりがあった場所を見つめる。

 昨日の報告では濃度が危険領域になるまであと数週というところまで来ていたのが嘘のように、そこには春の陽気に包まれた穏やかな渓谷の風景しかなかった。

 緑、黄、赤の三色で瘴気濃度を知らせる観測計を確認しても、安全値であり、危険性が無いという意味の緑色でしかない。


 「…………ユウゴ。…………君は何を拾ってしまったんだい?」

前回更新から間がとても空いてしまい、申し訳ございませんでした。


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